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畏れ多い!
しおりを挟む「リイに意地悪したら、許さないから!」
星の海の瞳を吊りあげて叫んでくれるレミリアに、熱い頬で笑う。
「レミリアさま」
つながろうとした指の間に、レイティアルトが割って入る。
「わかったから、もう行け」
「兄さまの、いじわる」
頬をリスのように膨らませたレミリアが、レイティアルトを越えてリイの指を握る。
「リイは、私の騎士。
誰にも渡さない」
星の海の瞳に、心が軋んだ。
『俺は、ルフィスの騎士です』
言えない唇が
『俺は、女です』
打ち明けたい唇が、ふるえた。
唇を引き結び、胸に手をあて膝をつくリイに、レミリアは花の唇を噛み締めた。
「……リイの、いじわる」
離れた指が、ひるがえる。
残り香が、心を刺した。
レミリアがいなくなると、広やかな王太子執務室は、静けさに包まれた。
初日に挨拶に伺った時と同じく、書の峻峰に囲まれたレイティアルトは、扉を見つめる。
「舞踏会の時は、人気のあるきみを跪かせるのが楽しいのかと思っていたが。
これでは醜聞どころの騒ぎじゃない」
黒髪をかきあげたレイティアルトは吐息した。
「レミリアのためを思うなら身を引けと言いたいが。
──レミリアは泣くだろう」
長い溜め息が、音のない部屋を揺らした。
「レミリアは千年光国レイサリアが王女。
しかるべき大国の王太子と結ばれる身だ」
氷の瞳に射抜かれた。
「醜聞は避けろ。
光国の顔に泥を塗るな」
秘めるなら、花のきみとの逢瀬を黙認すると言ってくれたも同義だった。
痛いほど目を瞠ったリイは、首を振る。
「…………俺は……ルフィスの、騎士です」
絞り出す声が、ふるえた。
亜麻色の髪に、蒼と碧の瞳に、逢いたくて
もう一度、笑って欲しくて
もう一度、名を呼んで欲しくて
きみの騎士に、なりたい。
きみが、もう、忘れていても
きみだけの騎士に、なりたい。
正式な光騎士となれたのは、すべてあなたのおかげなのに。
…………ごめんなさい、レミリアさま。
唇を噛み締めて俯いたリイに、レイティアルトは吐息した。
「…………ルフィス、か」
「時間があれば調べてくださると仰いました……!
何か、手がかりは──!」
縋るように聞いたリイに、レイティアルトは首を振る。
「調べてみたが、公には残らぬ名らしい」
縋る希望が、消えてゆく。
「…………隠し子」
リイの呟きにレイティアルトは頷いた。
「だろうな。
レイサリアには、いないのやもしれぬ」
絶望に染まるリイの肩を、レイティアルトの掌が叩いた。
分厚い手には、鍛錬の痕が見える。
これだけ執務に励んでいながら、どこに鍛錬する時があるのか謎だったが、見るとレイティアルトは鍛えあげられた身体をしていた。
光騎士たちのように、筋肉の塊ではない。
しなやかな黒豹のようなレイティアルトに息をのむ。
リイの目を覗き込んだレイティアルトの、深い翠の瞳が閃いた。
「歳近い者が傍に来るのは初めてだ。
……義弟になるのかと思っていたがな」
「そそそそそそんな、おおおお畏れ多い!」
燃える頬で首を振るリイに、レイティアルトが唇の端をあげる。
「こき使うのは嘘じゃない。
覚悟しろ!」
「はい!」
紙の海で、笑った。
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