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やさしい気持ちを、ありがとう
しおりを挟む『浮いた噂のひとつもなかった王太子殿下が、光騎士リイと恋仲に!
二人は執務中も互いをいたわり、髪にふれ、囁きあい、抱きしめあうほど熱愛中!』
翌日爆発した噂に、リイの目が座る。
「──……震源は、クグか?」
剣に手をかけるリイに真っ青になったクグは、千切れそうなほど首を振った。
秋に染まる噴水の中庭で、リイは厚い雲に覆われた空を見あげた。
冷たい雨が、落ちてくる。
いらしてなんて、くださらない。
わかっているのに。
リイは毎日、苦手な早起きをして、噴水の苑に向かう。
ずっと、ここに、来れなかったのに。
敵国に、行きたい。
そう思ったら、最後にお目に掛かりたいと、願ってしまった。
毎朝やって来るリイに慣れた鳥たちが、雨の雫に驚いたように飛び立った。
雨に烟る世界が、歪みゆく。
ルフィスだけを思い、きみのために生きたい。
きみに、逢いたい。
レイティアルトを、コルタを、キールを、ザインを、レミリアを、裏切りたくない。
引き裂かれる心のまま、日々は過ぎた。
ギゼノスに渡る方法を、ひとりで探し続けたが、結果は捗々しくなかった。
光星レイサリアの魔力は、一度得たら捨てられないらしい。
闇星と呼ばれるギゼノスは、特にその魔力に敏感だという。
光騎士を辞したとしても、入国できずに惨殺される可能性が高い。
それでも、ルフィスのための騎士となるなら、赦してもらえないだろうか。
光騎士殿に朝の出勤の挨拶に顔を出すたび、リイの心は潰れた。
裏切りたくない。
きみに逢いたい。
眉間にしわを寄せっぱなしのリイは、お茶の葉とお菓子を携えて魔道具研究室へと向かう。
扉を開けると、闇のなかに燈る魔石の光が迎えてくれた。
「メデュ、元気にしてた?」
リイが笑うと、研究室の一番奥でドラキュラみたいなメデュがこくりと頷いた。
「お茶とお菓子を持ってきたよ。
横流しで申し訳ないけど、食べきれなくて。協力して」
お菓子の箱を開けるリイに、メデュが細い眉をあげる。
「……王太子といい仲だそうだな。
ルフィスはどこに行った?」
目を見開いたリイは、吐息した。
「噂がおかしいんだよ。
……皆を裏切りたくなくて中々決心がつかないうえに、光騎士はギゼノスの国境で惨殺されるらしい」
息をのんだメデュに、リイは肩を落とす。
「レイサリアの魔力を持つ者は、殺される。
……レミリアさまから、雷精の力を賜ったから。……ギゼノスに入るのは無理かもしれない」
ふむ、と頷いたメデュは、闇に光を放つ魔石に指を滑らせた。
「魔力を消す魔道具……なら、作れる、かも」
「ほ、ほんとか!?
……あ、でも、パソコンの方を先にお願いしたい。
レイティアルトさまと、レイサリアの民のために」
座ったままのメデュは、立ってお茶を淹れるリイを見あげる。
「……もうすぐ、形になる、かも」
「本当か!?
ありがとう、メデュ!」
思わず手を握ったら、メデュはほんのり紅くなって、こくりと頷いた。
きゅ、と長い指がリイの手を握り返してくれる。
「パソコンができたら、魔力を一時的に消す魔道具を造ってみる。
絶対、ひとりで先走るな」
真摯な桔梗の瞳に息をのんだリイは、メデュの手を握る。
「……ありがとう、メデュ」
ふうわり紅くなった耳で、メデュはこくりと頷いた。
「お菓子」
「今日のはメデュの大すきな、さくさくのパイだよ!」
桔梗の瞳がきらきらして、笑ったリイは顔を伏せた。
「……皆を裏切ろうとしてるのに、メデュはやさしいね」
メデュがちいさく笑う。
「裏切りたいわけじゃなく、ルフィスに逢いたいだけだろう。
たぶん、皆、解ってくれる」
…………そうかもしれない。
思うと余計、拉がれた。
皆に、とても、とてもよくしてもらったのに。
返すのが裏切りだなんて。
「リイが選ぶ道に、ついてく」
メデュの薄い唇が、やわらかに弧を描く。
「…………どうして」
零れた呟きに、メデュはぶすりと膨れた。
拗ねたみたいに尖った唇が、ぽそりと呟く。
「……転生仲間だから?」
「うわあん! メデュ、ありがとう!」
抱きついたら、真っ赤になったメデュは、こくりと頷いてくれた。
「お菓子」
「いっぱいあるよ!」
滲む涙を拭って、お菓子を並べる。
両手にお菓子を持ったメデュは、ほんのり赤い頬で微笑んだ。
「一緒に、行こう」
微笑んでくれるやさしいメデュを、レイサリア随一の頭脳を誇るメデュを、巻き込めない。
繋がる指を、びっくりするような魔道具を造りあげる指を、ぎゅうぎゅう握る。
絶対、一緒に行けないけれど。
その気持ちが、微笑みがうれしくて。
滲む涙を隠すように、笑った。
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