【完結】きみの騎士

  *  ゆるゆ

文字の大きさ
109 / 152

やさしい気持ちを、ありがとう

しおりを挟む



『浮いた噂のひとつもなかった王太子殿下が、光騎士リイと恋仲に!
 二人は執務中も互いをいたわり、髪にふれ、囁きあい、抱きしめあうほど熱愛中!』

 翌日爆発した噂に、リイの目が座る。

「──……震源は、クグか?」

 剣に手をかけるリイに真っ青になったクグは、千切れそうなほど首を振った。





 秋に染まる噴水の中庭で、リイは厚い雲に覆われた空を見あげた。

 冷たい雨が、落ちてくる。


 いらしてなんて、くださらない。

 わかっているのに。
 リイは毎日、苦手な早起きをして、噴水の苑に向かう。


 ずっと、ここに、来れなかったのに。

 敵国に、行きたい。

 そう思ったら、最後にお目に掛かりたいと、願ってしまった。


 毎朝やって来るリイに慣れた鳥たちが、雨の雫に驚いたように飛び立った。

 雨に烟る世界が、歪みゆく。



 ルフィスだけを思い、きみのために生きたい。

 きみに、逢いたい。


 レイティアルトを、コルタを、キールを、ザインを、レミリアを、裏切りたくない。

 引き裂かれる心のまま、日々は過ぎた。


 ギゼノスに渡る方法を、ひとりで探し続けたが、結果は捗々しくなかった。

 光星レイサリアの魔力は、一度得たら捨てられないらしい。
 闇星と呼ばれるギゼノスは、特にその魔力に敏感だという。

 光騎士を辞したとしても、入国できずに惨殺される可能性が高い。

 それでも、ルフィスのための騎士となるなら、赦してもらえないだろうか。



 光騎士殿に朝の出勤の挨拶に顔を出すたび、リイの心は潰れた。

 裏切りたくない。

 きみに逢いたい。


 眉間にしわを寄せっぱなしのリイは、お茶の葉とお菓子を携えて魔道具研究室へと向かう。
 扉を開けると、闇のなかに燈る魔石の光が迎えてくれた。

「メデュ、元気にしてた?」

 リイが笑うと、研究室の一番奥でドラキュラみたいなメデュがこくりと頷いた。

「お茶とお菓子を持ってきたよ。
 横流しで申し訳ないけど、食べきれなくて。協力して」

 お菓子の箱を開けるリイに、メデュが細い眉をあげる。

「……王太子といい仲だそうだな。
 ルフィスはどこに行った?」

 目を見開いたリイは、吐息した。

「噂がおかしいんだよ。
 ……皆を裏切りたくなくて中々決心がつかないうえに、光騎士はギゼノスの国境で惨殺されるらしい」

 息をのんだメデュに、リイは肩を落とす。

「レイサリアの魔力を持つ者は、殺される。
 ……レミリアさまから、雷精の力を賜ったから。……ギゼノスに入るのは無理かもしれない」

 ふむ、と頷いたメデュは、闇に光を放つ魔石に指を滑らせた。

「魔力を消す魔道具……なら、作れる、かも」

「ほ、ほんとか!?
 ……あ、でも、パソコンの方を先にお願いしたい。
 レイティアルトさまと、レイサリアの民のために」

 座ったままのメデュは、立ってお茶を淹れるリイを見あげる。

「……もうすぐ、形になる、かも」

「本当か!?
 ありがとう、メデュ!」

 思わず手を握ったら、メデュはほんのり紅くなって、こくりと頷いた。
 きゅ、と長い指がリイの手を握り返してくれる。

「パソコンができたら、魔力を一時的に消す魔道具を造ってみる。
 絶対、ひとりで先走るな」

 真摯な桔梗の瞳に息をのんだリイは、メデュの手を握る。

「……ありがとう、メデュ」

 ふうわり紅くなった耳で、メデュはこくりと頷いた。

「お菓子」

「今日のはメデュの大すきな、さくさくのパイだよ!」

 桔梗の瞳がきらきらして、笑ったリイは顔を伏せた。

「……皆を裏切ろうとしてるのに、メデュはやさしいね」

 メデュがちいさく笑う。

「裏切りたいわけじゃなく、ルフィスに逢いたいだけだろう。
 たぶん、皆、解ってくれる」

 …………そうかもしれない。
 思うと余計、拉がれた。

 皆に、とても、とてもよくしてもらったのに。
 返すのが裏切りだなんて。

「リイが選ぶ道に、ついてく」

 メデュの薄い唇が、やわらかに弧を描く。

「…………どうして」

 零れた呟きに、メデュはぶすりと膨れた。
 拗ねたみたいに尖った唇が、ぽそりと呟く。

「……転生仲間だから?」

「うわあん! メデュ、ありがとう!」

 抱きついたら、真っ赤になったメデュは、こくりと頷いてくれた。

「お菓子」

「いっぱいあるよ!」

 滲む涙を拭って、お菓子を並べる。
 両手にお菓子を持ったメデュは、ほんのり赤い頬で微笑んだ。

「一緒に、行こう」

 微笑んでくれるやさしいメデュを、レイサリア随一の頭脳を誇るメデュを、巻き込めない。

 繋がる指を、びっくりするような魔道具を造りあげる指を、ぎゅうぎゅう握る。


 絶対、一緒に行けないけれど。
 その気持ちが、微笑みがうれしくて。

 滲む涙を隠すように、笑った。






しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。 そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。 ──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。 恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。 ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。 この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。 まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、 そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。 お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。 ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。 妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。 ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。 ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。 「だいすきって気持ちは、  きっと一番すてきなまほうなの──!」 風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。 これは、リリアナの庭で育つ、 小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。

【完結】悪役令嬢は何故か婚約破棄されない

miniko
恋愛
平凡な女子高生が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。 断罪されて平民に落ちても困らない様に、しっかり手に職つけたり、自立の準備を進める。 家族の為を思うと、出来れば円満に婚約解消をしたいと考え、王子に度々提案するが、王子の反応は思っていたのと違って・・・。 いつの間にやら、王子と悪役令嬢の仲は深まっているみたい。 「僕の心は君だけの物だ」 あれ? どうしてこうなった!? ※物語が本格的に動き出すのは、乙女ゲーム開始後です。 ※ご都合主義の展開があるかもです。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します

天宮有
恋愛
 私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。  その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。  シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。  その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。  それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。  私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

処理中です...