108 / 152
……いちゃいちゃ?
しおりを挟む光国議会殿の隣には、議会に出席する王侯貴族の警護を担う光騎士や衛士たちの休憩と交代のための詰め所があり、軽食や飲み物が用意されている。
他の光騎士が交代でレイティアルトを警護しているときが、リイの休憩時間だ。
秋の昼の光が茶碗のなかで揺れる。
詰め所の簡素な木の椅子に座ってお茶をすすったリイは、肩を落とした。
「──……おかしなことになってる」
「美味い菓子の相伴に与れるのは役得だ」
「あ、ダルムのお菓子だ! もーらい!」
どんな時もキールとコルタは変わらずに、いつも隣で笑ってくれる。
「キールとコルタと一緒で、うれしい」
目を点にしたコルタとキールが、真っ赤になった。
「ぐは……!!」
「リイ、攻撃力を落としてくれ──! 頼む!」
紅い頬で涙目になるコルタとキールは、大変可愛い。
言動と挙動は謎だけど!
「こら、リイ。
議会が終わる前に待機してろ。
俺が働いて、お前が遊んでるとか嘘だろう!」
リイの首に腕を回すレイティアルトに、コルタとキールは慌てたように敬礼した。
詰め所にまでレイティアルトが顔を出すなんて、リイが傍付きになるまでなかったことらしい。
「レイティアルト殿下、失礼を承知で伺います。
あの、本気でリイと……?」
胡桃の瞳が心配そうに揺れて、リイはわたわた腕を振り回した。
「そんな訳ない!」
あわあわするリイに、レイティアルトが笑う。
「リイにつけこむなら、今しかないだろう」
翠の瞳を閃かせるレイティアルトは、光輝あふれるレイサリア千年光国王太子殿下だ。
底辺の平民が、つりあうわけない!
拳をにぎるリイの訴えは、三日月型の目をしたコルタには届かない。
リイの腕を引いたキールは、凛々しい眉をさげた。
「──よく落ちないな」
「いや、あの……ぐらぐらする」
うわあん!
ルフィス、たすけて!
最近涙目が加速してる!
「光騎士始まって以来の第二妃誕生だよ!」
はしゃぐコルタに仰け反った。
「ありえないから!」
騒ぐ三人にレイティアルトは笑って、キールの腕から奪うようにリイの腕を引いた。
「おいで、リイ。
仕事」
するりとリイの腰に腕を回すレイティアルトに、衛士や騎士たちから悲鳴があがる。
「やはりレイティアルト様は、リイのことを──!」
「まったく全然ちがうんです────!!」
必死で否定するリイの頬が熱かったのが、よくなかったらしい。
だって、めちゃくちゃかっこいー顔が、近い近い近い!!
しかも物凄くいー匂いするんだよ!
なんだこのイケメン!
わたわたするリイを抱えるレイティアルトが貴族諸侯の前で楽しそうに笑うのも、滅多とないことだったらしい。
リイとレイティアルトが熱愛中だというありえない噂が、王宮中に吹き荒れた。
王太子執務室は、相変わらず書の泉だ。
汲んだと思ったら、湧いてくる。
「ごめん。コルタとキールが、失礼なこと」
頭をさげるリイに、レイティアルトは首を振る。
「リイを心配してるんだ。よき友だ」
レイティアルトの笑顔は、すぐに消えた。
「グルド璃爵の動向は上がって来たか?
最近、不穏な動きが多いな」
眉を顰めるレイティアルトに、報告書をまとめながらリイも頷く。
「貴族の不正が、こうも続くなんて」
「容易に見つかりすぎる。だが見つかった不正を放置する訳にもいかない。
これらの貴族を断罪されて益を得る人物の洗い出しは?」
「進んでる。証拠が出ないから決定打に欠けるんだ。
機密院のクグが奮闘してくれてる」
「急いでくれ」
レイティアルトの指示を伝えに、扉の傍に控えていた光騎士が機密院へと走った。
見送ったリイは、吐息する。
「不正が露見するのは、レイティアルトが優秀すぎるんだよ。
処罰、少し厳しくないか?
グルド殿は璃爵だろう、面目を叩き潰すのは……」
「配慮すれば高位の貴族が断罪できない。
正せるのは王の権限を持つ者だけだ」
迷いのないレイティアルトの瞳には、覚悟が漲る。
軋轢が生まれることを承知で、それでも正しきことを行う目だ。
「……すまない。失言だった」
項垂れるリイに、レイティアルトは僅かに笑んで首を振った。
「厳しい処罰は、俺に批難が集中するからな。
リイが心配してくれてるのは俺のことだって、解ってる」
レイティアルトの長い指が、リイの髪に伸びる。
長い指が、黒髪をやわらかに梳いた。
「……リイ」
名を呼ぶ声が、かすかに掠れる。
レイティアルトの肌の熱が近づいて、涼やかななかにも仄かに甘い香りが胸を満たす。
かっこよすぎるかんばせが近すぎて、熱くなりそうな頬を慌てて隠した。
「……お茶にする?」
「今日のお茶は?」
「おすすめは──」
お疲れ気味のレイティアルトの体調を思って、壁一面に並べられた茶筒を選ぶリイの髪を、後ろからレイティアルトの指が撫でる。
腰にレイティアルトの腕が回ってくるんですが──!!
女だと解ってから、密着度合いが増しているような気がするのですががが──!
「……動き難い」
ふくれたら、レイティアルトが喉の奥で笑う。
「俺を癒すのもリイの役目だろう?
……リイ、いい匂いがする」
レイティアルトの吐息が、耳朶にふれる。
跳びあがったリイは、思わず叫んだ。
「耳元で甘い低音で囁くのを止めてください──!!
髪とかうなじとか、長い指でいじらない!!
人のうなじに顔を埋めて、くんくんしない!!」
わたわたするリイに、レイティアルトが吹き出して笑う。
「いや」
ぎゅう、と抱きしめられたリイは、発火した。
男だと思われていた時も抱きついたりされていたので、多分いつもどおりの二人のはずなのに、リイが女だと、あらぬ誤解が生まれるらしい。
「し、ししししし失礼しました──!」
機密書を携え、やって来た機密院のクグが真っ赤になって部屋を出た。
首を傾げたリイが扉を開け、駆け去ろうとしていたクグを呼び戻す。
レイティアルトは肩を揺らして笑った。
応援ありがとうございます!
7
お気に入りに追加
46
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる