最愛の番になる話

屑籠

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「はい、咲ちゃん。いってらっしゃいのぎゅーっ!」

 ぎゅー? と戸惑いながらも、啓生の抱擁を受け入れた。
 今日から学校に通うことになる。啓生も大学の授業があるけど、俺も高校に通えることに。
 まぁ、少しの間なら通っていたので、通えることに、はオカシイのかもしれないけれど。

「よかったですね、咲也様」
「え?」
「問題なく出発できて、大変よろしゅうございました」

 車に乗り込み、風都の運転で出発すると、ホッとしたように風都が言う。
 俺は、問題なくと言う意味がわからない。
 多分だけれど、それは啓生に対する信頼なのか。
 
「問題なく?」
「最後の最後で啓生様がごねる可能性もありましたので」
「……ごねる? 啓生さんが?」

 啓生は十全といえど、四方の血筋なのかとても軽いように見える。
 けれどあの日、諦めてと俺に言ったこと以外で強制された事は何も無い。
 四方の檻にだって、俺は別段出ていきたいとも思っていなかった。
 
「咲也様の事であれば、ご自身が納得してもしなくても、叶えようとなさいます。けれど、最後の本能と理性で本能が勝つと、咲也様はこの一年弱の間、お部屋から一歩も外に出ることは叶わなくなるでしょう」
「啓生さんが、一度決めたことを覆すとは思えないけど」
「そうですね。ですが、それがアルファの本能と言うものです。啓生様もとても我慢強い方です」
「そう、なんだ」

 やはり、アルファオメガについては分からないことだらけだ。
 これが、一般的なオメガなら、光也なら、受け入れられたのかな?

「そう言えば、風都さんは大学とかは?」
「私は、啓生様たちよりも少々年上でして、昨年卒業いたしました」
「そう、なんだ。え、じゃあ啓生さんたちは?」
「あと二年は学生ですね。スキップができないのが、大学の面倒なところですね」

 国外には、飛び級制度があるらしい。聞いたことだけある。
 この国には無いけど、有ったらきっと啓生はさっさと卒業していると思うけど。
 そうなったら、あの駅で会うこともなくて、俺は今どこに居たか分からない。

「そう言えば、通学は車なの? ずっと?」
「えぇ、学校の方にも許可は得ております。オメガ科があるので、当然認められます」
「そうなんだ。オメガ科で、オメガとかアルファのことって教えてくれるのかな?」
「そうですね、たまに有ったかと思います。普段は、国語や数学など一般的な学校と変わらない教科を勉強するみたいです」
 
 楽しみですか? と聞かれて思わずうんと頷いたけど、同じくらい不安で仕方がない。
 四方では好意的に受け入れられていたけど、世の中すべてがそうじゃない事なんてとっくに知っている。
 
「不安ですか?」
「……俺、オメガのことも自分のことも何も知らないから」
「受け入れられないかもと思われておりますか?」
「うん……別に、友達ができなくたってそれでいい。むしろ、要らないけど」

 不安に思ってることは人間関係とかそういうのじゃなくて、もっと、別のことで。
 学校に行って、学んで、それでも理解できないときはどうしたらいいのか、惑う。
 だから、学ぶこと自体が不安だ。
 
「んん? ちょ、待ってください。お友だちとか要らないんですか? 本当に?」
「うん、要らないかな。だって、あの家から出られないでしょ? いたって、どうせ離れるし……それに、オメガの友達は特に要らないかな」
「そう、ですか……あ、そろそろ着きますね」

 それに、と思ったことは口にしなかった。
 啓生に出会うきっかけになった最初の話、礼人の件があったから。
 オメガとかアルファとかの友達は要らないと思う。巻き込まれてもわからないし、それがどういう状況かも分からないから。
 俺以外にも車で通学する人がいるのか、駐車場は教師用、来客用、そして通学用の三箇所があった。
 もちろん、通学用の駐車場にもちらほら車が止まっていて、過保護だと思ったけどアルファオメガではこれが普通なのか? と腑に落ちない自分に言い聞かせた。

「咲也様、こちらです」
「風都さんは、この学校について詳しいね」
「えぇ、咲也様が入学される前に一度、こちらにお邪魔しまして、内々に設備や経路を頭に叩き込みました」

 素直にすごいと感じる。
 風都がすごいのか、アルファだから当然なのか。

「こちらが職員室ですね」

 ノックして、風都が失礼いたします、と扉を開いた。
 風都の後ろに続いて、俺も失礼します、と職員室の扉をくぐる。
 そのまま仔鴨よろしく風都の後ろにくっついて移動していく。

「咲也様、こちらが咲也様のクラスの担任になります、有末先生でございます」
「は、はじめまして、さか」
「いいえ、咲也様」

 あ、と坂牧と言おうとして止められた。
 そうだ、と思い直す。学園に通う前に、雪藤と名乗るように言われたんだった。
 四方と名乗っても良いと言われていたんだけど、四方の名前は諸刃の剣だとも言っていて、それなら雪藤の方が安心だと。

「雪藤 咲也です。よろしくお願いします」
「えぇ、よろしくお願いいたします。有末です」

 メガネを掛けたおっとりとしている先生のように見受けられた。

「オメガ科の子たちはみんないい子ですからね、すぐに友達もできますよ」
「……はあ」
「有末先生、そろそろ」
「あ、そうですね。ホームルームの時間が始まりそうです。急ぎましょう!」

 ばたばたと準備する有末は、やはりなんというか、抜けている人だろう。
 でも、教えてくれる人でもある。
 心配になりながら、風都を見上げると、うん? とにっこり笑って首をかしげられた。
 なんでもない、と首を横に振って有末の後をついていく。
 オメガ科の教室は、少し遠い場所にあった。
 その教室のすぐ近くに保健室が有ったり、緊急発情期用シェルターなんかがあった。
 ここを全部覚えてるの風都はすごいなって思う。
 
「はい、皆さん。今日は転入生がいらっしゃってます」
「え、また?」
「どうせすぐに居なくなるよ。この時期の転入生なんていつもそうだし」
「はいはい、落ち着いてください。さぁ、どうぞ」

 風都が扉を開き、どうぞと頭を下げたその前を通り過ぎて教室に入る。
 風都も後ろからついてきた。
 俺よりも、風都の姿を見て教室内はざわついた。

「はい、自己紹介をお願いします」
「雪藤 咲也です。短い間ですが、よろしくお願いいたします」
「私は、咲也様の付き人にございます。主に御用の際は私にお声がけくださいますよう、お願い申し上げます」

 ちらほら、アルファじゃない? と言った感じのささやき声が聞こえてくる。
 アルファなのってそんなに重要なことなのかな?

「ほら、皆さんお静かに。さて、雪藤さんの席は真ん中の列、一番うしろです」

 はい、と返事をして五列ある中で真ん中の席は、ちょうど片方の隣が居ない場所だった。
 そして、席にも工夫されているのか、窓際の方の隣には同じように護衛を連れている。
 扉に近く、そして窓にも近い。
 守りやすいというのもあるだろうし、単に護衛が通路に居たら邪魔だとも取れる。
 ぼんやりとして、ホームルームが終わるのを待ち、そのまま授業に入る。
 驚いたことに、授業はとてもゆっくり進み、そしてその内容は俺が高校受験前に習ったものばかりだ。
 一時間目が終わり、そっと風都を振り返ると、風都は察したように腰を曲げた。

「いかがなさいましたか?」
「……ねぇ、オメガ科ってこう……授業もこういう感じなの?」
「そうですね、一般的かと」
「そ、か」

 そうなんだ、と頷く。そう言えば、自分のことばっかりで、光也の成績とかは知らないな。
 幼い頃からオメガとして判断されると、授業内容だってこうしてゆっくりになっていくのかな?

「ねぇ」
「え?」

 風都の方を向いていたら、後ろから声をかけられた。
 振り向いてみると、そこには可愛らしい容姿の人が立っていた。

「君、アルファなんて連れて何しに来たの?」
「なにしに? ここは学校だったはずだけど」

 勉強しに来た以外に何があるんだろう?
 
「咲也様」
「なに?」
「お答えにならなくてもよろしゅうございますよ? 私に任せていただいても?」
「いや、いいよ。これいぐらい、俺だってなんとかできるし」
「そうですか?」
「僕を無視して話してんじゃないよ!」
 
 あ、と思ったときには眼の前で机をバンバン叩く彼の姿が。
 ちっちゃい彼は、その姿が様になっていると言うか、可愛らしいのだろう。多分。

「誰がちっちゃいだ! 僕はオメガとしては標準だっ!」
「え、俺口に出してた?」
「顔に書いてあったんだよ!! ともかく、僕の邪魔だけはしないでよね!」

 ぷりぷりと怒って戻っていってしまった。
 唖然として見送ってると、後ろから声がかかる。

「どうしますか、咲也様。排除します?」
「え、別にいいよ。あぁいうのが可愛いって言うんだろうなって思うし」
「可愛らしいですか?」

 風都は俺のことを、あれが? と言いたげな顔をして見ていた。
 一般的に見て、どう考えても可愛い容姿だと思うのだが。
 俺が、オカシイのか?

「今のところ、害はないですが啓生様には報告させていただきますね」
「……短い間しか居ないんだから、あまり大事にしないでね」
「えぇ、わかりました。その事も啓生様には合わせてお伝え致しましょう」
「ううん、俺から言うよ。せっかく、帰れば一緒に居られるんだし」
「その方がいいかもしれませんね。啓生様もお喜びになられるでしょう」

 少し、啓生と話すことにドキドキしてきた。
 啓生は、もっとわがままを言ってもいいと言うけど、本当に願いを聞いてもらえるのか、不安にならないわけがない。
 だって、坂牧では俺のことなんて二の次三の次だったのだから。俺の願いが叶えられた事なんてほとんど無い。
 その時のトラウマとでも言うのかな?
 これが、さっきの子みたいなオメガなら素直になれたのかもしれないけど。

「一つ、覚えておいてくださいね咲也様」

 風都は俺の心中を読んだかのように、そう話し始めた。
 
「何?」
「啓生様は、他の誰でもなく咲也様を選ばれたのです。その事に、誇りをお持ちください。自分は選ばれた存在なのだと」
 
 なんとも傲慢で、それでいて真実であるそれ。
 啓生は、俺を選んでそして番にした。
 それを誇ることは、どうなんだろうと思うけれど。

「オメガが項をさらし、噛み跡を見せるのは、そのアルファの所有権と選ばれたという優越感を証明するためです。啓生様は何もおっしゃいませんが、噛み跡を咲也様が誇るのなら、とてもお喜びになるでしょう」
「……じゃあ、隠しておく」

 これ以上喜びとか全身で表現されたら、困る。
 何が困るって、啓生を拒めない自分が一番困る。
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