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第一章
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強制送還されるように、オーガの意識は体の中へと戻され、オーガはがばっ、と勢いよく起き上がった。
「…………どこだ、ここ」
無駄に煌びやかな部屋に寝かされていた。
日が高く、それほど時間が経っていないことを知らせてくれていた。
それでも、正午あたりにはなっていると思うが。
だが、これはいったいどういう事なのか。
「俺は、大聖堂に居たはずだが……」
すると、控えめなノックがして、中にメイド服を着た女の人が入ってきた。
「あっ、お目覚めになられたんですね!今、人を呼んで参ります」
ぺこり、と頭を下げた彼女はそのまま踵を返し、引き留める間もなく去っていく。
何がどうしてどういう状況なのか、さっぱりとオーガには理解できない。
が、何となくここがどこなのか、外を見れば分かった。
「……何でこんなところに運ばれてるんだ?」
大聖堂の丁度真裏に当たる場所。
そう、王宮である。
大聖堂が見えず、王都の街並みが一望できる。
一緒にいたアレンはどうしたと言うのだろうか?
オーガは、考えだすと止まらなくなり、とりあえずベッドから起き上がって自分の身の回りの装飾などを確認する。
倒れた時のまま、そのまま寝かされていたようで、無くしたものはなさそうだった。
まぁ、オーガからモノを取るようなそんな貧窮している王宮ではないだろう。
それに、王族は何かと慕われているから、民からの献上品もそれ成りにあると言う。
困ったことは無いだろう、と言う判断は正しいはず。
そう、オーガが考えていれば、再びノックがして部屋の扉が開いた。
「オーガ、目が覚めたんだな」
「アレン、何だこの状況は」
部屋に入ってきたアレンへとオーガが睨みをきかせれば、無実だ、と言うように両手を上げた。
「ここに連れてきたのは俺じゃないよ」
「主をここに連れてきたのは我だ」
アレンの後ろから入ってきた人物。
どこか、雰囲気をオーガは知っていた。
「ふむ、やはり起きている時は感じぬか」
「あ?」
「だが、こうして近づけば……」
にやり、とした男がオーガへと近づいてくる。
近くでオーガの匂いを嗅いだ。
オーガはその不快感に眉を顰める。
「ふむ、やはりラジュールの匂いが染み付いておる」
けらけらと、男は笑いながらオーガから離れていく。
そっと、アレンへと目を向ければ、肩を竦めて首を横に振る。
「これは、そう言う目的で触れれば腕が吹っ飛ぶのぉ」
「……あんた誰だよ?何で俺をここに?」
「ラジュールの客だというでな。それに、我にも届け物が有ろう?」
「……あんた、なんだかって言う王子か」
「第一王子じゃ。さすがに、現人神であるラジュールの手つきを取ろうなどとは思わんよ。ただ、我は我の愛しいものがそこにいると知っておる」
そこ、と指さされたのは虫籠。
あぁ、そう言えばとオーガは今ここでその虫籠からあの男を取り出した。
「おぉ、愛しのザック。会いたかったぞ」
「俺は会いたくなんかねぇ!コイツに渡されるぐらいなら、死んだ方がマシだ!!」
「何をつれない事を言う。一晩とは言わず、愛し合った仲ではないか」
「適当な事を言うな!!アレはお前が俺を監禁してただけじゃねぇか!!」
そう言いつつも、拘束から逃げられないのだろうザックは、第一王子の手から逃れることは出来ない。
ザックは、元々一般兵としてこの王宮に勤めていたらしい。
そこで、この第一王子に見つかってしまったという訳だ。
「……ラジュールの兄があんなので良いのか?」
「不敬だぞ、オーガ。それに……この国の王族は得てしてあんなもんだ」
小さな声で話せば、オーガもアレンもため息を吐いた。
「治世は優秀だし、民には優しい。が、そもそもの話、王は竜人族の特徴も受け継ぐ」
「つまり?」
「己が出会った番には執着する」
「……第一王子の番があのザックと言う男ってわけか」
オーガはふとラジュールを思い出したが、余計な事は考えない様にしよう、と王子に抱きしめられていたザックに近づくと、彼の腕にパチンっと腕輪を嵌めた。
「必要ないかもしれないが、魔封じの腕輪だ。簡単な魔法なら使えるが、魔力を極端に消費することは出来ない」
日常生活に問題ないだけの魔力は使えるが、それ以外は腕輪で消費してしまえるようにできている腕輪。
主に魔法犯罪者に再犯防止策として、ONIでは付けられていた腕輪だ。
この世界で普及しているかどうかは知らないが。
ほぅ、と第一王子の目が細められる。
「これは良いものを貰ったの。うむ、確かに相違なし」
鑑定眼を持っているのか、ふむふむ、と腕輪を見分する第一王子は、にっこりと先ほどよりいやらしく笑う。
だが、そこにオーガもアレンも嫌悪感を抱くことは無い。
どちらかと言えば、その笑みを向けられた先はラジュールだろうから。
「それに見合うものを返さねばな。たしか、土地を探しておるのだったか。弟が言った土地は先に買い手がついてしまったのだ」
済まぬな、と言いそこで、と第一王子は声を上げる。
「お主に紹介したい屋敷がある!」
「……帰りたい」
「これからその帰る場所を手に入れるんだろうが」
はぁ、とオーガはため息を吐きながら第一王子の言葉を待つ。
第一王子の傍で、ザックを運びながら書類などを用意する執事たち。
彼らの動きには無駄がない。
優秀何だなぁ、と見て取れる。
そっと、第一王子にわたり、それからオーガたちに手渡されたそれは土地の利権書と見取り図だった。
「治安の悪い場所に建っているため、買い手が付かないのは変わりがないのだ」
手渡された資料には、きちんと地図も載っていた。
広域地図と比べ、王都内の地図としてきちんと機能している。
あの分かりにくい地図は何だったのか、と言いたくなるぐらいに。
「案内が付けられず、すまないがそこを褒美としてやろう」
そうそう、と近づいてきた第一王子はこっそりとオーガに耳打ちをする。
「その屋敷の地下には、王宮と繋がる地下通路がある。いざと言う時の非常口だ。閉ざしてくれるなよ」
と。
頬へキスをしてオーガから離れていく第一王子に、オーガは頭の中で言われた言葉を復唱しながら、しまいには、は?と呆然と第一王子を見る。
第一王子は、にこにこと笑っている。それでいいのか?と思っても、いいわけなくても、この場で機密だろうことを叫べるわけもなく、がっくりとオーガは肩を落とした。
何だかんだと忙しい第一王子に、礼を言って王宮を出た二人は、とりあえずいったんリカルドと合流しようと宿屋に戻ることにした。
宿屋に戻れば、リカルドはチェックアウトをしていて、王都のギルドに居ると言う託を聞き、そちらへと足を向ける。
「遅かったな、オーガ」
「あぁ、それより何か依頼でも受けたのか?」
「いや。ただ、今の魔物状況でも確認しておこうと思ってな」
壁に書かれていた文書を読めば、確かにお金を払えば、魔物の情報を手に入れられると書いて有る。
ふむ、と観察するが、そもそもの話だ。
それが有っているという保証は無いのだが。合っていたら、今頃リカルドはオーガと一緒に旅などしていなかっただろう。
「ふぅん?それで、収穫はあったのか?」
「あぁ。困ったことに初級ダンジョンや最近の出来たダンジョンから多くのD級、C級モンスターが出現しているみたいだな」
それを聞いて、オーガはふとあの言葉を思い出す。
近いうちに、スタンピードが起きると。
(あのイスティアは何もしなくても良いって言ってたが……)
少し、心配になる。少し考え、考えても仕方がないか、と頭を切り替える。
それよりも、現状できる事を、と。
「なるほどな。まぁ、その辺はダンジョンに行ってみないと分からないな」
「あぁ、そうだな。それで、そっちは?」
「どっちの用事も終わらせてきた。戦利品の確認に行くぞ」
そう話し、王都のギルドを出た。
別に王宮に言ってきたことなどを話しても良かったが、面倒ごとも引き起こしかねない。
ならば、伏せておいた方がマシだろう、と言うオーガの判断だ。
王都のギルドを出て、北へ向かい、地図を見てリカルドとアレンに続く。
幾ら精密になったとはいえ、この世界の地図の読み方などオーガは知らない。
人に任せた方がマシなのだ。
「……たぶん、ここだぞ」
アレンたちが足を止めた場所を見れば、立派だっただろう屋敷が建っていた。
人が住んでいなくても、手入れはされていたのだろう。それは、王族が隠し通路を通ってくる可能性がある、と考えれば妥当か。
「確かに、治安は良くなさそうだが……でかいな」
貴族の屋敷っぽいが、内装はどうなっているのか、と利権書と一緒に渡された鍵で、扉を開く。
中は簡素で、一つ言えば、部屋がいっぱいあると言う事だけが利点だろう。
豪奢、と言えば豪奢なのだが。
「……一階ぶっ壊すか」
オーガの発言に目を点にして二人が見る。
二度見し、は?とようやく声をだした。
「は?いっかい、ぶっ壊す?」
「こんないい屋敷をか?」
「二階以降はまだ生活スペースとして使えるだろうが、一階は店をするには不都合が多すぎる」
大きなエントランスも、大きな階段もいらないと言えば、要らない。
オーガがONIの時ならば、魔力切れでぶっ倒れる事も厭わずにこの屋敷を丸ごと錬金術で改装していただろう。
「主要な柱を残して一度壁とかも全部引っぺがすか」
二階以降も同様に。一階を改装すれば、どうしても二階スペースにも影響が出てきてしまう。
日本の番組で会った、劇的!と言う番組を思い出す。
自分がする側に回るとは思ってもみなかったが。
ある程度見て回り、素材が揃えば部分部分で錬金術を使い、仕上げることに。
「木材と石材と鉄が大量に欲しい。どこか、いいダンジョンは無いか?」
「それなら、魔木林と言うダンジョンと後は鉱石のダンジョンが良いだろう」
「あぁ、その二か所なら素材の採取にはもってこいだな」
二人が言うダンジョンは、比較的、初級のダンジョンだ。
が、オーガは考えふむ、と首を縦に振る。
「その二つなら、ギルドの情報も確かめられそうだな」
「あぁ。が、本当に疑っているのか?ギルドの情報を」
イマイチ、リカルドにはオーガの心境が理解できないらしく、眉間にしわを作っていた。
そんなリカルドを気にした風もなく、オーガは淡々と告げる。
「別にギルドの情報をすべて疑っているわけではないさ」
「じゃあ、何で……」
「ギルドが信用できないわけでもない。けれど、状況は刻一刻と変わっていくものだ。今まで変異がないからと言って、これからもそうであるというのは間違いだ」
オーガは今まで通りにゲームをしようとしてこの世界に来てしまったのだ。
何が起こっても不思議ではない、それを良く分かっていた。
「いつもの日常なんてもんはな、ある日突然崩れ去る事だってざらにある。だったら、現状確認も対処の内だ」
「……可愛げのねぇ言い方だな」
「俺のどこら辺に可愛さがある?俺に可愛さを求めるか?」
呆れたように返せば、リカルドとアレンはお互いに目を見合わせて首を竦めた。
どう言う意味だ?と睨みつけてやれば、何でもない、と避けられる。
それを深く言及するつもりもなく、オーガはため息を吐いた。
「さて、どうするかな」
主寝室がある場所をとりあえず、オーガが使うことになり、アレンたちはそれぞれ近くの客間へと陣取った。
オーガはそっとこの屋敷の見取り図を広げ画面の詳細で出ているこの家の見取り図と見比べる。
大体祖語は無く、こう言うところだけはしっかりしてるのな、と呆れながら新しい紙を取り出して線を引いていく。
建築家ではないので、詳しいことは分からないが、テレビでみた知識などを取り入れた骨組みの構成を取り入れつつ図面を完成させていく。
この貴族の屋敷だった家には、あまり魔道具も残っていない。
水は辛うじて出るが、お湯は沸かすしかない。
コンロも無いし、ため息が大量に出る。魔道具については、オーガの得意分野でもあるために、どうにでもなると、ストレージの中にある魔石を確認する。
そこで、ダンジョンコアが目に入る。
「……これも使うか」
明日当たり、台座を整えダンジョンコアに書き込みを施そうと決め、そのことをメモに取る。
貴族の屋敷だったというだけあって、庭もものすごく広い。
ただ雑草などが生えまくり、何処に何が植わっているかも分からない状態だったので、いっそのこと更地に戻してしまおうとも思う。
土魔法で、そう言った魔法があるため、魔法とは便利なものだよなぁとオーガは思った。
地下の通路出入り口もふさがない様に、そしてその通路を避ける様に地下工房を作ろうとまたまた線を引っ張る。
地下に工房を作るとはいえ、竈も地下に持っていくつもりだから、煙突と石材が大量に必要になる。
万が一、火事にでもなれば大変なことになるからだ。
部屋の四方に水の魔石を吊り下げ、部屋全体に湿気を帯びさせた方が良いだろう。
土壁でもいいが、土は脆い。
それに、燃えやすさで言えば石材よりは土壁の方が燃えるだろう。
「……一階の床は全部石材だな」
一階スペースは店と、診察室、それから物置にするつもりだ。
三階建てだが、二階と三階に居住区を作る。
二階には大浴場を二つ。トイレも設置しなければいけない。
あとは、リビングキッチンダイニング、それと大部屋が必要になるだろう。
大部屋が二つ、それと小部屋は……あまった面積を考えればいい。
二階は、共有スペースと共に、従業員たちの暮らす場所になるだろう。
三階は、オーガ、リカルド、アレンの部屋を。あと、客間。
そうして、図面を引き、これでいいか。と息を吐く。
明日、リカルドたちに確認してもらおう、とベッドへともぐりこんだ。
流石に、置いてあったのは老朽化が進み、怖かったのでみんなの部屋のベッドは全てオーガの錬金術で補修し、シーツも新しい物へと変えてある。
「……こんな感じだ。どうだ?」
「良いんじゃないか?」
「あぁ、大丈夫だと思うぞ」
朝食後に図面を見せれば、感心した様に二人は頷いた。
リカルドとアレンにより良い返事をもらって、うん、と一つ頷く。
「んじゃあ、この通りに。それから、ダンジョンに潜るにも準備が必要だろう?アレンとリカルドは準備を頼む」
「オーガ、お前は?」
「この家からは出ねぇよ。少し作業するから」
「分かった。何かあったら、大声で叫ぶんだぞ?」
「俺は小さなガキか!!」
良いから、さっさと行け!!とオーガは、リカルドたちの事を蹴り出すように家から追い出した。
追い出す際に、魔法鞄を押し付けておいた。
何かあれば、それで何とかなるだろう。
準備にかかるお金も、予め。
そうして、鍵を閉めてから庭に回ると、杖も持たず庭の中心で掌を地面に向けて広げる。
【整地】
魔法を発動させれば、ぼこぼこと地面が動き、雑草や花の残骸などすべてが地面から抜かれ一か所に集められる。
ぼこぼことしていた土は、オーガのイメージ通りに道とそれから耕された土に変わった。
「っと、こんな感じか」
ふぅ、と息を吐いてから、とりあえずの処置で抜かれた雑草などをストレージへと収納し、オーガは庭の中心地である足元へ一つの苗木を植える。
「……これ植えてアイツらに怒られないかな……まぁいいや」
苗木を植えて、オーガはどぼどぼDランクやCランクのポーションを水代わりにかけた。
【鑑定】し、十分にポーションで潤ったところでよし、とオーガは一つ頷く。
★★★★★★★
〈世界樹の苗木〉
状態は良好
久々のポーション
で潤っている
オネイ予備軍
★★★★★★★
「……あのゲームでも結構変な事は起こってたんだな」
世界樹から苗木を貰った時の事を思い出し、オーガは遠い目になる。
ちなみに、レティと世界樹はとても仲が良かった。
何故って?世界樹もまた、オネイだったからだ。略称もONIであるし、世界樹もオネイだったのは……ただの偶然だと思いたい。
運営が何度メンテナンスをしても、人工知能がすぐにまたオネイ言葉を発する立派なオネイになってしまい、運営もとても遠い目をしていた事を思い出す。
「……まぁ、いいか。次だ次」
SAN値をゴリゴリと削られるような気がして、頭を慌てて振って、あの大きなオネイの事は忘れることにした。
オーガはストレージからダンジョンコアと少し大きめの石材を何個か取り出し、錬金術式を書いて発動させる。
すると、石材は、全て合わさり、立派な台座へと変わった。
その台座の上にダンジョンコアを置く前に、この屋敷の守りについてと、このダンジョンコアの守りについて書き込んでいく。
ダンジョンコアとは、高密度の魔石、と大差ないが、コアには最初から周囲の魔力を吸収する魔術術式が組み込まれている。
が、それは知らぬ人間が扱い、万が一砕いたりすれば、消えてしまう。
だからこそ、オーガはダンジョンコアをそのまま使う。
あの時、貰っておいてよかった、と少しだけベヒモスへと感謝したのだ。
屋敷の結界、防犯、不審者除外、管理者権限による進入禁止、コアの盗難防止
等々を次々に書き込み、限界まで書き込めたところでふぅ、と息を吐きオーガはそれを台座へと嵌めた。
この土地の中心地へ目印を付けておいた場所に台座を設置する。
すると、周囲の塵一つ通さない、と言うようにダンジョンコアが正常に働き始め、バチバチと音を立てながら二重の結界を張った。
ダンジョンコアの結界とこの屋敷全体を包む結界だ。
この屋敷の四方には内側に此処までが敷地だという目印の魔石をあらかじめ吊り下げておいた。
そこの少し外まで結界が広がっている。
悪意あるものはこの結界に触れる事すらできず、やけど、もしくは雷に打たれるだろう。
少し陰りのある場所である庭の、屋敷からみて左端へとオーガは向かい、そこへ鉄のインゴットとスライムのゼリーを取り出した。
錬金術式をその素材の周りへと書き込むと、はぁ、と大きくため息を吐いてから力を籠めるオーガ。
『形無き物 形作れ
光を通す 盾となれ
熱よ 塊よ 溶けて混ざり
我が望む 形を作れ』
簡素な言葉だが、スライムゼリーと鉄のインゴットで出来上がったのは、小さいが立派な温室だった。
そうして、ストレージをみつめ、オーガははぁ、とため息を吐く。
「鉄は本格的に取りに行かなきゃだめだな」
インゴットが今まであったものすべてを使ってしまい、骨組みとしたため、本当にすっからかんになってしまった。
それじゃなくても、鉄やミスリルの在庫は変動が激しい。
今度行く鉱石のダンジョンでは、初級のため、ミスリルの原石は出てこないだろう。
けれど、鉄は初級でも大量に出てくるはず。
「とりあえず、家を何とかするまで、生産は中止か」
はぁ、とオーガは事実を自分で言っておきながら、少しショックでため息を吐いた。
「薬草の種……植えるか」
暖かい場所で育つ薬草の種を取り出し、耕されている場所へと適当にオーガは種をまいていく。
水については、水やりの魔道具があるために、それを取り出して天井へと設置した。
温室の天井は、風を取り入れるための小窓が二つ付いている。
温室の横も、小窓が数個付いている。本格的な、ビニールハウスと似たようなものだ。
薬草については、その辺に生えている雑草と同じために、どれだけ乱雑に蒔いたところで、生えてくる。
野菜などは、絶対に生えてこないなど、ONIの世界でも面倒な事がたくさんあった。
「あとは……葡萄とみかんと、桃とリンゴ……か」
ふぅ、と息を吐いて頭の中のイメージ通りに苗木を植えていくことにする。
何故苗木が有るかと言えば、ただ単純にオーガがONIの世界で作った店の庭を作ったときの余りだ。
こちらでのそう言った果物などをあまり見たことは無いが、自分で植えて食べる分にはいいだろう、と一人納得する。
ブドウが有れば、ワインも出来るかもしれない。と少しの期待も込めて。
「……失敗したかも」
肉体労働をはじめて、ようやくオーガは気が付いた。
「アイツら、どっちか残ってもらえばよかった」
苗木を植えるのはとても大変な作業だ。
それも、一人で十本単位。
自分の体をどれだけ酷使するつもりだ、とオーガは自分で自分に突っ込みを入れた。
「……かと言って、身体強化使うのもな……」
身体強化を使えば、確かに作業は楽になるが、術を解いた途端ぶっ倒れかねない。
それを危惧すれば、やはり使えないし、自分の体を酷使するしかないだろう。
いや、倒れるのは別に構わないのだ。その後の、アレンとリカルドのお説教が待っていると思うのが憂鬱なだけで。
なにせ、ONIでは限界ギリギリ、ではなく限界を超えて作業をしてよく倒れていた。
例えば、魔力切れ。例えば体力切れなどで。
敵にダメージを受けた訳ではない時の体力切れは、瀕死レベルで止まるのだが、数時間動けなくなる。
現実的に言えば、筋肉痛に陥って動けないのと同じこと。
「……半場引きこもりのおっさんが無理しちゃいけねぇよな」
再びため息を吐き、休み休み作業を再開することにした。
これを植え、順調に育てば、錬金術の素材としても使えるだろうと言う考えもあり、自分が順風満帆引きこもりライフを送るためだ、ともう一度立ち上がったオーガ。
結局二人が帰って来るまでには間に合わず、最終的には皆で植え終わり、庭の一部を残し、見違えるほどきれいに、そして愉快になった。
「……めっちゃつかれたぞ、これ」
「ははは、お疲れ」
「…………どこだ、ここ」
無駄に煌びやかな部屋に寝かされていた。
日が高く、それほど時間が経っていないことを知らせてくれていた。
それでも、正午あたりにはなっていると思うが。
だが、これはいったいどういう事なのか。
「俺は、大聖堂に居たはずだが……」
すると、控えめなノックがして、中にメイド服を着た女の人が入ってきた。
「あっ、お目覚めになられたんですね!今、人を呼んで参ります」
ぺこり、と頭を下げた彼女はそのまま踵を返し、引き留める間もなく去っていく。
何がどうしてどういう状況なのか、さっぱりとオーガには理解できない。
が、何となくここがどこなのか、外を見れば分かった。
「……何でこんなところに運ばれてるんだ?」
大聖堂の丁度真裏に当たる場所。
そう、王宮である。
大聖堂が見えず、王都の街並みが一望できる。
一緒にいたアレンはどうしたと言うのだろうか?
オーガは、考えだすと止まらなくなり、とりあえずベッドから起き上がって自分の身の回りの装飾などを確認する。
倒れた時のまま、そのまま寝かされていたようで、無くしたものはなさそうだった。
まぁ、オーガからモノを取るようなそんな貧窮している王宮ではないだろう。
それに、王族は何かと慕われているから、民からの献上品もそれ成りにあると言う。
困ったことは無いだろう、と言う判断は正しいはず。
そう、オーガが考えていれば、再びノックがして部屋の扉が開いた。
「オーガ、目が覚めたんだな」
「アレン、何だこの状況は」
部屋に入ってきたアレンへとオーガが睨みをきかせれば、無実だ、と言うように両手を上げた。
「ここに連れてきたのは俺じゃないよ」
「主をここに連れてきたのは我だ」
アレンの後ろから入ってきた人物。
どこか、雰囲気をオーガは知っていた。
「ふむ、やはり起きている時は感じぬか」
「あ?」
「だが、こうして近づけば……」
にやり、とした男がオーガへと近づいてくる。
近くでオーガの匂いを嗅いだ。
オーガはその不快感に眉を顰める。
「ふむ、やはりラジュールの匂いが染み付いておる」
けらけらと、男は笑いながらオーガから離れていく。
そっと、アレンへと目を向ければ、肩を竦めて首を横に振る。
「これは、そう言う目的で触れれば腕が吹っ飛ぶのぉ」
「……あんた誰だよ?何で俺をここに?」
「ラジュールの客だというでな。それに、我にも届け物が有ろう?」
「……あんた、なんだかって言う王子か」
「第一王子じゃ。さすがに、現人神であるラジュールの手つきを取ろうなどとは思わんよ。ただ、我は我の愛しいものがそこにいると知っておる」
そこ、と指さされたのは虫籠。
あぁ、そう言えばとオーガは今ここでその虫籠からあの男を取り出した。
「おぉ、愛しのザック。会いたかったぞ」
「俺は会いたくなんかねぇ!コイツに渡されるぐらいなら、死んだ方がマシだ!!」
「何をつれない事を言う。一晩とは言わず、愛し合った仲ではないか」
「適当な事を言うな!!アレはお前が俺を監禁してただけじゃねぇか!!」
そう言いつつも、拘束から逃げられないのだろうザックは、第一王子の手から逃れることは出来ない。
ザックは、元々一般兵としてこの王宮に勤めていたらしい。
そこで、この第一王子に見つかってしまったという訳だ。
「……ラジュールの兄があんなので良いのか?」
「不敬だぞ、オーガ。それに……この国の王族は得てしてあんなもんだ」
小さな声で話せば、オーガもアレンもため息を吐いた。
「治世は優秀だし、民には優しい。が、そもそもの話、王は竜人族の特徴も受け継ぐ」
「つまり?」
「己が出会った番には執着する」
「……第一王子の番があのザックと言う男ってわけか」
オーガはふとラジュールを思い出したが、余計な事は考えない様にしよう、と王子に抱きしめられていたザックに近づくと、彼の腕にパチンっと腕輪を嵌めた。
「必要ないかもしれないが、魔封じの腕輪だ。簡単な魔法なら使えるが、魔力を極端に消費することは出来ない」
日常生活に問題ないだけの魔力は使えるが、それ以外は腕輪で消費してしまえるようにできている腕輪。
主に魔法犯罪者に再犯防止策として、ONIでは付けられていた腕輪だ。
この世界で普及しているかどうかは知らないが。
ほぅ、と第一王子の目が細められる。
「これは良いものを貰ったの。うむ、確かに相違なし」
鑑定眼を持っているのか、ふむふむ、と腕輪を見分する第一王子は、にっこりと先ほどよりいやらしく笑う。
だが、そこにオーガもアレンも嫌悪感を抱くことは無い。
どちらかと言えば、その笑みを向けられた先はラジュールだろうから。
「それに見合うものを返さねばな。たしか、土地を探しておるのだったか。弟が言った土地は先に買い手がついてしまったのだ」
済まぬな、と言いそこで、と第一王子は声を上げる。
「お主に紹介したい屋敷がある!」
「……帰りたい」
「これからその帰る場所を手に入れるんだろうが」
はぁ、とオーガはため息を吐きながら第一王子の言葉を待つ。
第一王子の傍で、ザックを運びながら書類などを用意する執事たち。
彼らの動きには無駄がない。
優秀何だなぁ、と見て取れる。
そっと、第一王子にわたり、それからオーガたちに手渡されたそれは土地の利権書と見取り図だった。
「治安の悪い場所に建っているため、買い手が付かないのは変わりがないのだ」
手渡された資料には、きちんと地図も載っていた。
広域地図と比べ、王都内の地図としてきちんと機能している。
あの分かりにくい地図は何だったのか、と言いたくなるぐらいに。
「案内が付けられず、すまないがそこを褒美としてやろう」
そうそう、と近づいてきた第一王子はこっそりとオーガに耳打ちをする。
「その屋敷の地下には、王宮と繋がる地下通路がある。いざと言う時の非常口だ。閉ざしてくれるなよ」
と。
頬へキスをしてオーガから離れていく第一王子に、オーガは頭の中で言われた言葉を復唱しながら、しまいには、は?と呆然と第一王子を見る。
第一王子は、にこにこと笑っている。それでいいのか?と思っても、いいわけなくても、この場で機密だろうことを叫べるわけもなく、がっくりとオーガは肩を落とした。
何だかんだと忙しい第一王子に、礼を言って王宮を出た二人は、とりあえずいったんリカルドと合流しようと宿屋に戻ることにした。
宿屋に戻れば、リカルドはチェックアウトをしていて、王都のギルドに居ると言う託を聞き、そちらへと足を向ける。
「遅かったな、オーガ」
「あぁ、それより何か依頼でも受けたのか?」
「いや。ただ、今の魔物状況でも確認しておこうと思ってな」
壁に書かれていた文書を読めば、確かにお金を払えば、魔物の情報を手に入れられると書いて有る。
ふむ、と観察するが、そもそもの話だ。
それが有っているという保証は無いのだが。合っていたら、今頃リカルドはオーガと一緒に旅などしていなかっただろう。
「ふぅん?それで、収穫はあったのか?」
「あぁ。困ったことに初級ダンジョンや最近の出来たダンジョンから多くのD級、C級モンスターが出現しているみたいだな」
それを聞いて、オーガはふとあの言葉を思い出す。
近いうちに、スタンピードが起きると。
(あのイスティアは何もしなくても良いって言ってたが……)
少し、心配になる。少し考え、考えても仕方がないか、と頭を切り替える。
それよりも、現状できる事を、と。
「なるほどな。まぁ、その辺はダンジョンに行ってみないと分からないな」
「あぁ、そうだな。それで、そっちは?」
「どっちの用事も終わらせてきた。戦利品の確認に行くぞ」
そう話し、王都のギルドを出た。
別に王宮に言ってきたことなどを話しても良かったが、面倒ごとも引き起こしかねない。
ならば、伏せておいた方がマシだろう、と言うオーガの判断だ。
王都のギルドを出て、北へ向かい、地図を見てリカルドとアレンに続く。
幾ら精密になったとはいえ、この世界の地図の読み方などオーガは知らない。
人に任せた方がマシなのだ。
「……たぶん、ここだぞ」
アレンたちが足を止めた場所を見れば、立派だっただろう屋敷が建っていた。
人が住んでいなくても、手入れはされていたのだろう。それは、王族が隠し通路を通ってくる可能性がある、と考えれば妥当か。
「確かに、治安は良くなさそうだが……でかいな」
貴族の屋敷っぽいが、内装はどうなっているのか、と利権書と一緒に渡された鍵で、扉を開く。
中は簡素で、一つ言えば、部屋がいっぱいあると言う事だけが利点だろう。
豪奢、と言えば豪奢なのだが。
「……一階ぶっ壊すか」
オーガの発言に目を点にして二人が見る。
二度見し、は?とようやく声をだした。
「は?いっかい、ぶっ壊す?」
「こんないい屋敷をか?」
「二階以降はまだ生活スペースとして使えるだろうが、一階は店をするには不都合が多すぎる」
大きなエントランスも、大きな階段もいらないと言えば、要らない。
オーガがONIの時ならば、魔力切れでぶっ倒れる事も厭わずにこの屋敷を丸ごと錬金術で改装していただろう。
「主要な柱を残して一度壁とかも全部引っぺがすか」
二階以降も同様に。一階を改装すれば、どうしても二階スペースにも影響が出てきてしまう。
日本の番組で会った、劇的!と言う番組を思い出す。
自分がする側に回るとは思ってもみなかったが。
ある程度見て回り、素材が揃えば部分部分で錬金術を使い、仕上げることに。
「木材と石材と鉄が大量に欲しい。どこか、いいダンジョンは無いか?」
「それなら、魔木林と言うダンジョンと後は鉱石のダンジョンが良いだろう」
「あぁ、その二か所なら素材の採取にはもってこいだな」
二人が言うダンジョンは、比較的、初級のダンジョンだ。
が、オーガは考えふむ、と首を縦に振る。
「その二つなら、ギルドの情報も確かめられそうだな」
「あぁ。が、本当に疑っているのか?ギルドの情報を」
イマイチ、リカルドにはオーガの心境が理解できないらしく、眉間にしわを作っていた。
そんなリカルドを気にした風もなく、オーガは淡々と告げる。
「別にギルドの情報をすべて疑っているわけではないさ」
「じゃあ、何で……」
「ギルドが信用できないわけでもない。けれど、状況は刻一刻と変わっていくものだ。今まで変異がないからと言って、これからもそうであるというのは間違いだ」
オーガは今まで通りにゲームをしようとしてこの世界に来てしまったのだ。
何が起こっても不思議ではない、それを良く分かっていた。
「いつもの日常なんてもんはな、ある日突然崩れ去る事だってざらにある。だったら、現状確認も対処の内だ」
「……可愛げのねぇ言い方だな」
「俺のどこら辺に可愛さがある?俺に可愛さを求めるか?」
呆れたように返せば、リカルドとアレンはお互いに目を見合わせて首を竦めた。
どう言う意味だ?と睨みつけてやれば、何でもない、と避けられる。
それを深く言及するつもりもなく、オーガはため息を吐いた。
「さて、どうするかな」
主寝室がある場所をとりあえず、オーガが使うことになり、アレンたちはそれぞれ近くの客間へと陣取った。
オーガはそっとこの屋敷の見取り図を広げ画面の詳細で出ているこの家の見取り図と見比べる。
大体祖語は無く、こう言うところだけはしっかりしてるのな、と呆れながら新しい紙を取り出して線を引いていく。
建築家ではないので、詳しいことは分からないが、テレビでみた知識などを取り入れた骨組みの構成を取り入れつつ図面を完成させていく。
この貴族の屋敷だった家には、あまり魔道具も残っていない。
水は辛うじて出るが、お湯は沸かすしかない。
コンロも無いし、ため息が大量に出る。魔道具については、オーガの得意分野でもあるために、どうにでもなると、ストレージの中にある魔石を確認する。
そこで、ダンジョンコアが目に入る。
「……これも使うか」
明日当たり、台座を整えダンジョンコアに書き込みを施そうと決め、そのことをメモに取る。
貴族の屋敷だったというだけあって、庭もものすごく広い。
ただ雑草などが生えまくり、何処に何が植わっているかも分からない状態だったので、いっそのこと更地に戻してしまおうとも思う。
土魔法で、そう言った魔法があるため、魔法とは便利なものだよなぁとオーガは思った。
地下の通路出入り口もふさがない様に、そしてその通路を避ける様に地下工房を作ろうとまたまた線を引っ張る。
地下に工房を作るとはいえ、竈も地下に持っていくつもりだから、煙突と石材が大量に必要になる。
万が一、火事にでもなれば大変なことになるからだ。
部屋の四方に水の魔石を吊り下げ、部屋全体に湿気を帯びさせた方が良いだろう。
土壁でもいいが、土は脆い。
それに、燃えやすさで言えば石材よりは土壁の方が燃えるだろう。
「……一階の床は全部石材だな」
一階スペースは店と、診察室、それから物置にするつもりだ。
三階建てだが、二階と三階に居住区を作る。
二階には大浴場を二つ。トイレも設置しなければいけない。
あとは、リビングキッチンダイニング、それと大部屋が必要になるだろう。
大部屋が二つ、それと小部屋は……あまった面積を考えればいい。
二階は、共有スペースと共に、従業員たちの暮らす場所になるだろう。
三階は、オーガ、リカルド、アレンの部屋を。あと、客間。
そうして、図面を引き、これでいいか。と息を吐く。
明日、リカルドたちに確認してもらおう、とベッドへともぐりこんだ。
流石に、置いてあったのは老朽化が進み、怖かったのでみんなの部屋のベッドは全てオーガの錬金術で補修し、シーツも新しい物へと変えてある。
「……こんな感じだ。どうだ?」
「良いんじゃないか?」
「あぁ、大丈夫だと思うぞ」
朝食後に図面を見せれば、感心した様に二人は頷いた。
リカルドとアレンにより良い返事をもらって、うん、と一つ頷く。
「んじゃあ、この通りに。それから、ダンジョンに潜るにも準備が必要だろう?アレンとリカルドは準備を頼む」
「オーガ、お前は?」
「この家からは出ねぇよ。少し作業するから」
「分かった。何かあったら、大声で叫ぶんだぞ?」
「俺は小さなガキか!!」
良いから、さっさと行け!!とオーガは、リカルドたちの事を蹴り出すように家から追い出した。
追い出す際に、魔法鞄を押し付けておいた。
何かあれば、それで何とかなるだろう。
準備にかかるお金も、予め。
そうして、鍵を閉めてから庭に回ると、杖も持たず庭の中心で掌を地面に向けて広げる。
【整地】
魔法を発動させれば、ぼこぼこと地面が動き、雑草や花の残骸などすべてが地面から抜かれ一か所に集められる。
ぼこぼことしていた土は、オーガのイメージ通りに道とそれから耕された土に変わった。
「っと、こんな感じか」
ふぅ、と息を吐いてから、とりあえずの処置で抜かれた雑草などをストレージへと収納し、オーガは庭の中心地である足元へ一つの苗木を植える。
「……これ植えてアイツらに怒られないかな……まぁいいや」
苗木を植えて、オーガはどぼどぼDランクやCランクのポーションを水代わりにかけた。
【鑑定】し、十分にポーションで潤ったところでよし、とオーガは一つ頷く。
★★★★★★★
〈世界樹の苗木〉
状態は良好
久々のポーション
で潤っている
オネイ予備軍
★★★★★★★
「……あのゲームでも結構変な事は起こってたんだな」
世界樹から苗木を貰った時の事を思い出し、オーガは遠い目になる。
ちなみに、レティと世界樹はとても仲が良かった。
何故って?世界樹もまた、オネイだったからだ。略称もONIであるし、世界樹もオネイだったのは……ただの偶然だと思いたい。
運営が何度メンテナンスをしても、人工知能がすぐにまたオネイ言葉を発する立派なオネイになってしまい、運営もとても遠い目をしていた事を思い出す。
「……まぁ、いいか。次だ次」
SAN値をゴリゴリと削られるような気がして、頭を慌てて振って、あの大きなオネイの事は忘れることにした。
オーガはストレージからダンジョンコアと少し大きめの石材を何個か取り出し、錬金術式を書いて発動させる。
すると、石材は、全て合わさり、立派な台座へと変わった。
その台座の上にダンジョンコアを置く前に、この屋敷の守りについてと、このダンジョンコアの守りについて書き込んでいく。
ダンジョンコアとは、高密度の魔石、と大差ないが、コアには最初から周囲の魔力を吸収する魔術術式が組み込まれている。
が、それは知らぬ人間が扱い、万が一砕いたりすれば、消えてしまう。
だからこそ、オーガはダンジョンコアをそのまま使う。
あの時、貰っておいてよかった、と少しだけベヒモスへと感謝したのだ。
屋敷の結界、防犯、不審者除外、管理者権限による進入禁止、コアの盗難防止
等々を次々に書き込み、限界まで書き込めたところでふぅ、と息を吐きオーガはそれを台座へと嵌めた。
この土地の中心地へ目印を付けておいた場所に台座を設置する。
すると、周囲の塵一つ通さない、と言うようにダンジョンコアが正常に働き始め、バチバチと音を立てながら二重の結界を張った。
ダンジョンコアの結界とこの屋敷全体を包む結界だ。
この屋敷の四方には内側に此処までが敷地だという目印の魔石をあらかじめ吊り下げておいた。
そこの少し外まで結界が広がっている。
悪意あるものはこの結界に触れる事すらできず、やけど、もしくは雷に打たれるだろう。
少し陰りのある場所である庭の、屋敷からみて左端へとオーガは向かい、そこへ鉄のインゴットとスライムのゼリーを取り出した。
錬金術式をその素材の周りへと書き込むと、はぁ、と大きくため息を吐いてから力を籠めるオーガ。
『形無き物 形作れ
光を通す 盾となれ
熱よ 塊よ 溶けて混ざり
我が望む 形を作れ』
簡素な言葉だが、スライムゼリーと鉄のインゴットで出来上がったのは、小さいが立派な温室だった。
そうして、ストレージをみつめ、オーガははぁ、とため息を吐く。
「鉄は本格的に取りに行かなきゃだめだな」
インゴットが今まであったものすべてを使ってしまい、骨組みとしたため、本当にすっからかんになってしまった。
それじゃなくても、鉄やミスリルの在庫は変動が激しい。
今度行く鉱石のダンジョンでは、初級のため、ミスリルの原石は出てこないだろう。
けれど、鉄は初級でも大量に出てくるはず。
「とりあえず、家を何とかするまで、生産は中止か」
はぁ、とオーガは事実を自分で言っておきながら、少しショックでため息を吐いた。
「薬草の種……植えるか」
暖かい場所で育つ薬草の種を取り出し、耕されている場所へと適当にオーガは種をまいていく。
水については、水やりの魔道具があるために、それを取り出して天井へと設置した。
温室の天井は、風を取り入れるための小窓が二つ付いている。
温室の横も、小窓が数個付いている。本格的な、ビニールハウスと似たようなものだ。
薬草については、その辺に生えている雑草と同じために、どれだけ乱雑に蒔いたところで、生えてくる。
野菜などは、絶対に生えてこないなど、ONIの世界でも面倒な事がたくさんあった。
「あとは……葡萄とみかんと、桃とリンゴ……か」
ふぅ、と息を吐いて頭の中のイメージ通りに苗木を植えていくことにする。
何故苗木が有るかと言えば、ただ単純にオーガがONIの世界で作った店の庭を作ったときの余りだ。
こちらでのそう言った果物などをあまり見たことは無いが、自分で植えて食べる分にはいいだろう、と一人納得する。
ブドウが有れば、ワインも出来るかもしれない。と少しの期待も込めて。
「……失敗したかも」
肉体労働をはじめて、ようやくオーガは気が付いた。
「アイツら、どっちか残ってもらえばよかった」
苗木を植えるのはとても大変な作業だ。
それも、一人で十本単位。
自分の体をどれだけ酷使するつもりだ、とオーガは自分で自分に突っ込みを入れた。
「……かと言って、身体強化使うのもな……」
身体強化を使えば、確かに作業は楽になるが、術を解いた途端ぶっ倒れかねない。
それを危惧すれば、やはり使えないし、自分の体を酷使するしかないだろう。
いや、倒れるのは別に構わないのだ。その後の、アレンとリカルドのお説教が待っていると思うのが憂鬱なだけで。
なにせ、ONIでは限界ギリギリ、ではなく限界を超えて作業をしてよく倒れていた。
例えば、魔力切れ。例えば体力切れなどで。
敵にダメージを受けた訳ではない時の体力切れは、瀕死レベルで止まるのだが、数時間動けなくなる。
現実的に言えば、筋肉痛に陥って動けないのと同じこと。
「……半場引きこもりのおっさんが無理しちゃいけねぇよな」
再びため息を吐き、休み休み作業を再開することにした。
これを植え、順調に育てば、錬金術の素材としても使えるだろうと言う考えもあり、自分が順風満帆引きこもりライフを送るためだ、ともう一度立ち上がったオーガ。
結局二人が帰って来るまでには間に合わず、最終的には皆で植え終わり、庭の一部を残し、見違えるほどきれいに、そして愉快になった。
「……めっちゃつかれたぞ、これ」
「ははは、お疲れ」
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