アルファだけど愛されたい

屑籠

文字の大きさ
3 / 13

3

しおりを挟む
 偶然通りがかった研究員の人に手伝ってもらって、紺野を仮眠室のベッドへと寝かせる。
 そこまで運んだ時には、ぜーはーと息が切れた。運動不足とはこのことか。

「ところで、あなたは?」
「あぁ、えっと……紺野に拾われました?天川です」
「紺野さんに!?それは、なんというか……災難でしたね」

 小さく、ごしゅ、まで聞こえたけど、俺は聞こえないふりをした。
 ご愁傷さまってどういう意味だよ?紺野、どんなやばいやつ認定なわけだ?

「暫くすれば起きると思うので、天川さんもこちらでごゆっくりおくつろぎください」

 そう言って、研究員の人は出て行ってしまった。
 紺野と二人きりだが、紺野は寝たまま俺は暇でしかない。
 かと言って、この部屋に何があるかと言えば何もない。
 ベッド以外に何もなく、仕方なしにため息を吐いた。
 携帯端末については、この施設に入る際、ロッカーの中に預けてしまっていて今、手元にない。
 完全に手持無沙汰なわけだが、どうしたものか。

「いやいや、君のフェロモンは一種の才能だよね。ぜひ研究させてもらいたい」
「突然起きるなよ」

 ぱちっと目を覚ました紺野が勢いよく起き上がる。
 びくっと体をはねさせ、扉を見つめていた俺は振り返った。

「いや、君のフェロモンがまだほんのりと薄かったことが幸いしたよね。いやしかし、本当に興味深いね」
「おい」
「あぁ、わかっているよ。今日はサンプルももらったし、かえって大丈夫。昨日の運転手、笹川に遅らせよう。あぁ、昨日は勢いで連れてきてしまったけれど君の家でいいのかな?」

 その言葉に、そういえば昨日無断外泊をしたのだと何の気なしに思った。けれど、夜が遅く朝も早く出ていく俺にはあまり関係のないことだったのかもしれないが。

「そう言えば、引っ越しをしたかったのだよね?良ければ私のセーフティハウスの一つに越してくるかい?」
「いや、遠慮しておく。家賃払えそうもないしな」

 紺野の手引きで前の会社も辞めることになってしまった。
 なら、俺が払える保証もない。紺野は、俺を引き抜くようなことを言っていたが、俺は医療関係者でもないし。

「あぁ、それについては問題ないよ。私の秘書としてこれから働いてもらうからね。君を連れ歩いても問題の無い立場だ」
「……秘書?」
「まぁ、仕事の内容は先輩秘書たちに倣ってくれればいいよ。彼女たちもまた、気のいい子たちばかりだから」

 そういうものか?と首をかしげていると、引っ越しの準備もこちらで手配しよう、などと言い始めさすがに焦る。

「俺は実家暮らしだったんだ。そんな大掛かりな……」
「なら、運び出しはすぐ済むね。じゃあ、一緒に手配しておくよ」

 そうして、俺が止める間もなくさっさと紺野は手配を済ませてしまった。
 俺は、笹川さんの運転する車に乗せられ、もう一人の男性秘書だと言う人と共に実家に帰ることとなった。

「すみません、あの人強引なので」
「……だろうなぁ」

 というか、すごい早業である。
 問題は、両親や兄弟たちだ。引っ越したところでうるさそうだな、とは思うのだが。
 ため息を吐けば、心配事など何もありません、お任せください、とさわやかに微笑まれてしまった。
 心配なのは業者じゃないのだが……。
 玄関のカギを開け、ただいま、と中に入れば、驚いた顔をして母がリビングからやってきた。

「え、あら?陸……?どうしたの、こんな時間に……」

 母が戸惑うのも無理はない。そもそも、母の顔など久しぶりに見たというもの。

「俺、会社の関係で引っ越すことになったから」

 前々から考えてあった一人暮らし用の言い訳をこんなところで使う羽目になるとは思ってもみなかったが。

「引っ越すって……今すぐに?」
「その点についてはご安心ください。業者のほうはもう手配済みです。引っ越し費用などもわが社のほうで負担できますので、少しの間お邪魔いたしますね」

 ニコリ、と男性秘書の野口さんが笑う。
 さわやかだなぁ、と思う反面、俺は胡乱な目で笑った。

「そう……体壊さないように気を付けるのよ、陸」

 普段、俺の飯も用意しない人が何を言うか、と思うが対面がすべての母のセリフらしい。
 はいはいと聞き流し、業者が来たので、俺の部屋への道を開けてもらう。
 なんか、来るの早くね?と思うが、まぁ大企業というか、大手の会社の以来であれば当然なのかもしれないが。
 そういうのは、なんかよくわからない。

「圧巻だな……」

 ものの、数時間もしない内に、部屋のものは梱包され、ベッドなどの家具も運び出された。
 あっという間に何もなくなった部屋の埃を掃除して全てが完了した。もちろん、玄関の俺の靴などもすべて運び出された後だ。
 この家に俺という人間がいたという痕跡があっという間になくなってしまっている。
 とは言っても、別に感傷的になったりはしないが。
 もともと引っ越す予定だったのが、少し早まっただけ。紺野のおかげでこの家族と離れられただけ。
 それでは、と俺は家を後にした。不思議そうな顔で俺を見る男性秘書の安元さん。
 だが、本当に俺は簡単な挨拶だけして、家を、出た。

「良かったのですか?ほかのご家族の方にご挨拶などは……」
「別に、大丈夫ですよ。あの家は、俺がいても居なくても変わりませんから」

 そう、変わらない。家族の団欒の中にも入っていない俺がいなくなったところで、変わるわけがない。
 ベータの、一般的な家族になるだけだ。そう、アルファ(俺)という異分子を排除して。

「そう、ですか……これから、天川君の部屋までご案内いたしますね」
「あ、はい。よろしくお願いします」

 笹川さんの運転で再び、今度は俺の住む場所へと案内してもらった。
 セーフティハウスの一つというが、この間のゆきと春とは違う部屋で、広いには広いが、彼らの住む部屋よりは狭く、マシなところだった。
 だが、一人で住むにはやはり広い。

「ここで、一人暮らしすんの、俺……?」
「はい、ここがあの施設から一番近くの小さな部屋ですね。彼の所有物なので、家賃などはあまり気にしなくて結構ですよ。給料から天引きになりますので。天川くんはアルファだと伺っております。なので、もちろん番ができるかと思いますが、連れ込んでしまっても大丈夫ですよ」
「いや、そういう問題じゃない気がするんだが……まぁ、はい」

 もらえるものは貰っておけ、精神でもういいや、と突っ込みから何からすべて諦めた……きっと、それらは意味のないことだから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

落ちこぼれβの恋の諦め方

めろめろす
BL
 αやΩへの劣等感により、幼少時からひたすら努力してきたβの男、山口尚幸。  努力の甲斐あって、一流商社に就職し、営業成績トップを走り続けていた。しかし、新入社員であり極上のαである瀬尾時宗に一目惚れしてしまう。  世話役に立候補し、彼をサポートしていたが、徐々に体調の悪さを感じる山口。成績も落ち、瀬尾からは「もうあの人から何も学ぶことはない」と言われる始末。  失恋から仕事も辞めてしまおうとするが引き止められたい結果、新設のデータベース部に異動することに。そこには美しいΩ三目海里がいた。彼は山口を嫌っているようで中々上手くいかなかったが、ある事件をきっかけに随分と懐いてきて…。  しかも、瀬尾も黙っていなくなった山口を探しているようで。見つけられた山口は瀬尾に捕まってしまい。  あれ?俺、βなはずなにのどうしてフェロモン感じるんだ…?  コンプレックスの固まりの男が、αとΩにデロデロに甘やかされて幸せになるお話です。  小説家になろうにも掲載。

ヤンキーΩに愛の巣を用意した結果

SF
BL
アルファの高校生・雪政にはかわいいかわいい幼馴染がいる。オメガにして学校一のヤンキー・春太郎だ。雪政は猛アタックするもそっけなく対応される。  そこで雪政がひらめいたのは 「めちゃくちゃ居心地のいい巣を作れば俺のとこに居てくれるんじゃない?!」  アルファである雪政が巣作りの為に奮闘するが果たして……⁈  ちゃらんぽらん風紀委員長アルファ×パワー系ヤンキーオメガのハッピーなラブコメ! ※猫宮乾様主催 ●●バースアンソロジー寄稿作品です。

断られるのが確定してるのに、ずっと好きだった相手と見合いすることになったΩの話。

叶崎みお
BL
ΩらしくないΩは、Ωが苦手なハイスペックαに恋をした。初めて恋をした相手と見合いをすることになり浮かれるΩだったが、αは見合いを断りたい様子で──。 オメガバース設定の話ですが、作中ではヒートしてません。両片想いのハピエンです。 他サイト様にも投稿しております。

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

昨日まで塩対応だった侯爵令息様が泣きながら求婚してくる

遠間千早
BL
憧れていたけど塩対応だった侯爵令息様が、ある日突然屋敷の玄関を破壊して押し入ってきた。 「愛してる。許してくれ」と言われて呆気にとられるものの、話を聞くと彼は最悪な未来から時を巻き戻ってきたと言う。 未来で受を失ってしまった侯爵令息様(アルファ)×ずっと塩対応されていたのに突然求婚されてぽかんとする貧乏子爵の令息(オメガ) 自分のメンタルを救済するために書いた、短い話です。 ムーンライトで突発的に出した話ですが、こちらまだだったので上げておきます。 少し長いので、分割して更新します。受け視点→攻め視点になります。

うそつきΩのとりかえ話譚

沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。 舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。

世界一大好きな番との幸せな日常(と思っているのは)

かんだ
BL
現代物、オメガバース。とある理由から専業主夫だったΩだけど、いつまでも番のαに頼り切りはダメだと働くことを決めたが……。 ド腹黒い攻めαと何も知らず幸せな檻の中にいるΩの話。

番を囲って逃さない

ネコフク
BL
高校入学前に見つけた番になるΩ。もうこれは囲うしかない!根回しをしはじめましてで理性?何ソレ?即襲ってINしても仕方ないよね?大丈夫、次のヒートで項噛むから。 『番に囲われ逃げられない』の攻めである颯人が受けである奏を見つけ番にするまでのお話。ヤベェα爆誕話。オメガバース。 この話だけでも読めるようになっていますが先に『番に囲われ逃げられない』を読んで頂いた方が楽しめるかな、と思います。

処理中です...