月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

文字の大きさ
76 / 125
第13章 社会見学実習

76 そして工場へ

しおりを挟む
 そろそろ集合時間だからだろう。
 公設市場の中や、道路を挟んだ南側の通り──ヌローラ商業施設カルテノの方からも、基準4の服を着た生徒が集まってくる。
 その中にはニナやヒナリの姿もあった。
 ということは……。

「水着とか服、いいのあった?」

 近くまで来た2人に声をかける。

「水着は良さそうなのでも1,200Cカルクフ程度でした。上着や夏用の服も、そのくらいで十分選べます」

「あとは貯めるだけです。全く使わなければ、8週間で両方買えます」

 なるほど、ニナとヒナリは節約して貯める作戦らしい。
 それにしても8週間我慢か……
 私にはかなりきつい。
 いや、多分無理だ。

 私の今の奨学金おこづかいは600カルクフ
 だから半分の4週間で済む。
 さらにもうすぐ独自魔法作成Ⅲが終わるので、週に100Cカルクフ増える予定だ。

 8週間あれば、その間に独自魔法作成Ⅱまで仕上げて、ⅠとⅡあわせて週300Cカルクフの増額も可能だろう。
 なんて余計なことは、今は言わない。
 代わりに、無難だけれど私自身が気になっていたことを聞いてみる。

「デザインの傾向とか、無難なのはわかった?」

「お店に行けばすぐわかります。明らかに多い形や色があるので。それが無難で、今年の流行でしょう」

 なるほど。
 ニナの言うとおりなら、あまり心配しなくていいらしい。
 あとは……。

「あそこでああいう集会してるけど、お店の方は大丈夫だった?」

「全く問題ありませんでした。他にはそうした活動は見られません」

 少なくとも、あちら側では問題なし。
 なら、私は少し心配しすぎなのかもしれない。

『現場であるアイナエア地区を含む北岸ノルツア ポルツオでは、現時点で抗議による逮捕者が35名出ています。北島ノルツア インフト地区でも、単純労働者が多い北岸ノルツア ポルツオに近い場所は避けた方が賢明です。今回の実習で見学する工場も、そういった地区出身の労働者が多く働いています。見学そのものは安全を確保しているはずですが、コースを外れたり、終了後に現場付近へ戻ったりすれば、不測の事態に巻き込まれる恐れがあります』

 訂正、やはり注意は必要らしい。
 そう思ったところで、指導員2人が施設から歩いてくるのが見えた。
 公設市場の時計は、あと1分で10時を指すところだ。

『対象指定伝達魔法で連絡する。まもなく実習を開始する。この声が聞こえている第一班、今朝第一教室に集まった生徒は、広場東側へ集合してくれ』

 便利な魔法があるものだ。
 この対象指定伝達魔法や、対象指定のない伝達魔法も、名前を覚えただけで使えるのだろうか。

『対象指定伝達魔法は、名称を覚えただけでは使えません。広告や一方的な罵倒・非難など、望まれない使用を防ぐため規制されています。
 なお、ただの伝達魔法は使用可能です。これは、見えている範囲にいて顔見知りであり、こちらに不快感を持っていない対象にだけ伝えられる魔法です』

 なるほど。
 この伝達魔法を使えば、周囲に気づかれず会話できるのか。
 便利そうだ。

 いや、これって「伝達魔法を使えるんだぞ」と、わざと気づかせてるんじゃないか?
 ナラハ指導員ならともかく、エノフ指導員ならやりかねない。
 そんなことを考えながら、指示どおり東側へ集まる。

『さて、第一班40名については、伝達魔法での指示に従い集合を確認した。これより出発する。以降は解散まで、同じく対象指定伝達魔法で指示を出す。僕への連絡も、できるだけ声を使わない方法で行うこと。私語は禁止。それでは移動を開始する。僕が見える範囲でついてきてくれ』

 伝達魔法でそう伝えると、エノフ指導員は広場に寄ることなく、そのまま北側の橋へと歩いていく。
 整列や点呼をしないのは、魔法で把握できているからだろう。

 やはり魔法名をわざわざ口にしたのは意図的らしい。
 「声を使うな」というのも、伝達魔法を使えということだ。
 第2班の方は普通に教えられているのだろうか。

 さて、北島ノルツア インフトへ行くのは実は初めてだ。
 コリウ川の向こうへ行ったのは、ずっと上流の自然公園くらい。
 そして今回は町中で、しかも住民調査でごたついた状況。

 大丈夫だろうか。
 まあ、大丈夫だから実習をやっているのだろうけれど。

 近くにニナやカタリナがいるけれど、私語は禁止。
 伝達魔法なら会話できるかもしれないけれど、やめておいた方がいいだろう。
 ということで黙ったまま、私たちは歩いて行く。

 橋を渡ってすぐ左折し、2ブロック。100mほど歩いた突き当たりに門が見えた。
 周囲の建物と同じ煉瓦色の塀に、『アルブン商会』と記された青銅風の看板。
 エノフ指導員は門の手前5mほどで立ち止まり、こちらを振り返った。

『ここは以前、ポアノン開発当初からのタンハー工場だった。しかし競争激化と法令違反で廃業。その後買い取られ、10年前から菓子工場となった。安価なお菓子を量産し飲食店に卸すことで、ポアノン周辺のカヘイの利益率を引き上げ、いまや有数の大手商会となっている。経営者が元移民で、この活動に理解があるため、毎年工場見学をお願いしている。
 さて、入場許可の確認が取れたようだ。それでは見学を始める。なお、この先も私語は禁止だ』

 警備員が門を開ける。
 エノフ指導員は軽く会釈して中へ。
 私たちもその後に続く。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

力は弱くて魔法も使えないけど強化なら出来る。~俺を散々こき使ってきたパーティの人間に復讐しながら美少女ハーレムを作って魔王をぶっ倒します

枯井戸
ファンタジー
 ──大勇者時代。  誰も彼もが勇者になり、打倒魔王を掲げ、一攫千金を夢見る時代。  そんな時代に、〝真の勇者の息子〟として生を授かった男がいた。  名はユウト。  人々は勇者の血筋に生まれたユウトに、類稀な魔力の才をもって生まれたユウトに、救世を誓願した。ユウトもまた、これを果たさんと、自身も勇者になる事を信じてやまなかった。  そんなある日、ユウトの元へ、ひとりの中性的な顔立ちで、笑顔が爽やかな好青年が訪ねてきた。 「俺のパーティに入って、世界を救う勇者になってくれないか?」  そう言った男の名は〝ユウキ〟  この大勇者時代にすい星のごとく現れた、〝その剣技に比肩する者なし〟と称されるほどの凄腕の冒険者である。 「そんな男を味方につけられるなんて、なんて心強いんだ」と、ユウトはこれを快諾。  しかし、いままで大した戦闘経験を積んでこなかったユウトはどう戦ってよいかわからず、ユウキに助言を求めた。 「戦い方? ……そうだな。なら、エンチャンターになってくれ。よし、それがいい。ユウトおまえはエンチャンターになるべきだ」  ユウトは、多少はその意見に疑問を抱きつつも、ユウキに勧められるがまま、ただひたすらに付与魔法(エンチャント)を勉強し、やがて勇者の血筋だという事も幸いして、史上最強のエンチャンターと呼ばれるまでに成長した。  ところが、そればかりに注力した結果、他がおろそかになってしまい、ユウトは『剣もダメ』『付与魔法以外の魔法もダメ』『体力もない』という三重苦を背負ってしまった。それでもエンチャンターを続けたのは、ユウキの「勇者になってくれ」という言葉が心の奥底にあったから。  ──だが、これこそがユウキの〝真の〟狙いだったのだ。    この物語は主人公であるユウトが、持ち前の要領の良さと、唯一の武器である付与魔法を駆使して、愉快な仲間たちを強化しながら成り上がる、サクセスストーリーである。

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

【完結】平民聖女の愛と夢

ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。

【完結】能力が無くても聖女ですか?

天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。 十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に… 無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。 周囲は国王の命令だと我慢する日々。 だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に… 行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる… 「おぉー聖女様ぁ」 眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた… タイトル変更しました 召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です

転生魔法伝記〜魔法を極めたいと思いますが、それを邪魔する者は排除しておきます〜

凛 伊緒
ファンタジー
不運な事故により、23歳で亡くなってしまった会社員の八笠 美明。 目覚めると見知らぬ人達が美明を取り囲んでいて… (まさか……転生…?!) 魔法や剣が存在する異世界へと転生してしまっていた美明。 魔法が使える事にわくわくしながらも、王女としての義務もあり── 王女として生まれ変わった美明―リアラ・フィールアが、前世の知識を活かして活躍する『転生ファンタジー』──

追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜

たまごころ
ファンタジー
無実の罪で辺境に追放された公爵令息アレン。 だが、その地では神竜アルディネアが眠っていた。 契約によって最強の力を得た彼は、戦いよりも「穏やかな暮らし」を選ぶ。 農地改革、温泉開発、魔導具づくり──次々と繁栄する辺境領。 そして、かつて彼を貶めた貴族たちが、その繁栄にひれ伏す時が来る。 戦わずとも勝つ、まったりざまぁ無双ファンタジー!

【完結】悪役令嬢は何故か婚約破棄されない

miniko
恋愛
平凡な女子高生が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。 断罪されて平民に落ちても困らない様に、しっかり手に職つけたり、自立の準備を進める。 家族の為を思うと、出来れば円満に婚約解消をしたいと考え、王子に度々提案するが、王子の反応は思っていたのと違って・・・。 いつの間にやら、王子と悪役令嬢の仲は深まっているみたい。 「僕の心は君だけの物だ」 あれ? どうしてこうなった!? ※物語が本格的に動き出すのは、乙女ゲーム開始後です。 ※ご都合主義の展開があるかもです。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

【完結】前世聖女のかけだし悪女

たちばな立花
ファンタジー
 魔王を退治し世界を救った聖女が早世した。  しかし、彼女は聖女の能力と記憶を残したまま、実兄の末娘リリアナとして生まれ変わる。  妹や妻を失い優しい性格が冷酷に変わってしまった父、母を失い心を閉ざした兄。  前世、世界のために家族を守れなかったリリアナは、世間から悪と言われようとも、今世の力は家族のために使うと決意する。  まずは父と兄の心を開いて、普通の貴族令嬢ライフを送ろうと思ったけど、倒したはずの魔王が執事として現れて――!?  無表情な父とツンがすぎる兄と変人執事に囲まれたニューライフが始まる!

処理中です...