月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

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第19章 女子会その2

107 連絡しておく事項

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「何か楽しい話はありませんか。このまま5月半ばまで、学習だけというのは悲しいです」

 ヒナリの気持ちはわからないでもない。
 私も毎日のスイーツ作成&研究だけでは、テンションが上がりにくい状態だ。
 アキトと毎週の観劇なんて予定が入ったおかげで、だいぶ良くなったけれど。

 アキトで思い出した。
 ここで連絡しておいた方がいいことがあったな、と。

「楽しい話じゃないけれど、連絡事項。この前の試験で、あのエトが第一施設から戻ってきたのって、もう知ってる……」

 アキトから聞いた、エトが戻ってきたこととその理由について、施設の規約を含めて5人に伝える。

「……そんなことを、実際にやるんですね」

 ヒナリは想定外だった模様。

「想定内」

「可能性は理解していました。ただ実際にやったと聞くと、やはり危険を感じます」

 カタリナやフインは想定内だったらしい。
 受け取り方はそれぞれ違うけれど。

「ウチいた頃さ、第一施設マジ荒れまくってたんよね~。3月の半ばに、何人か隔離されてちょいマシにはなったけど。時間の問題だった感あるわ~」

 ケイトも想定内だったようだ。
 一方でニナは何か考えている様子。

「ニナ、何か思い当たることがあるのですか?」

 フインの質問に、ニナは軽く頷いて口を開く。

「いえ、そういうことが出来るのなら、何故施設はもっと大々的に人格の書き換えをしないのか、調べていました。
 どうやら書き換えに要する時間的コストが要因のようです。詳しくは知識魔法で『人格書換魔法』を調べてみてください」

 早速知識魔法を起動してみる。
 なるほど、単に『真面目になれ』くらいの訂正ではなく、それなりの時間や手間がかかると。

 具体的な方法はいくつかあるけれど、代表的なのは次の3つ。
 ① 主人格とは別に『正しい別人格』をつくり、二重人格状態にして、別人格に主人格を是正させる
 ② ①と同様に二重人格状態にして、別人格に主人格を攻撃させ、主人格を消す、狂わせる等して主人格の座を奪わせる。
 ③ やはり二重人格状態にして、別人格に主人格の記憶や知識を学習させた後、魔法で主人格を消去して人格を入れ替える。
  
 このうち①から③の別人格は、主人格側からは認識しづらいらしい。
 ただ別人格が異議を唱えた場合、主人格の方に行動に対する強烈な忌避感が生じる他、場合によっては頭痛等の身体的障害が発生することもある。

 だから、結果として行動の是正や、行動に対する攻撃となるとのことだ。
 ただし主人格が是正されるなり別人格に主人格が消されるなりするには3週間程度は必要なようだ。
 その間は経過観察を行い、場合によっては追加で魔法措置を行う必要がある。

 ただし②や③は、本来の人格が残る①に比べると、身体と人格に重大な齟齬が生じやすいようだ。
 精神崩壊あるいは突発的に自殺する者が、措置後5年以内に5%程度出るとのこと。
 
 それでもペルリアやヒラリアの公的機関で人格書き換えを行う場合、③の方法を使用することが多いらしい。
 既に犯罪性の人格が出来上がっているので、①や②では是正しきれない場合が多いというのが理由だ。

 きっとエトが恐怖を感じたという人格書き換えも、③の方法なのだろう。
 一日で何人もの人格が変わっていたというのだから。

「おそらく2月半ばには、もう措置がはじまっていたんですね」

「なら自然観察実習の頃」

 フインやカタリナが言う通りだろう。
 エトが気付いたのが3月8日。
 そこから3週間前というと、そういう計算になる。

「なら自然観察実習の後、矯正処分が発表されましたけれど、その頃には人格書き換えの措置が始まっていたのでしょうか」

 フインの言葉で、ケイトが反応する。

「第二施設で自然観察の実習あったのって……2月20日とかじゃね。ってことは、第一施設で最初の矯正処分出た翌日じゃん。
そんで3月8日でピッタリ18日って、ヤバくね」

 えっ。

「そんなことがあったのですか?」

 ニナも知らなかったようだ。

「そうそう! あの時マジやらかし組に一斉通告ブチ込まれててさ。みんな自室謹慎案件になったんよ~。ちゃんと知識魔法でガチ確認できっから。施設からの連絡は第1-18号でね。これ処分くらった生徒、まとめて性格ガラッと変わった感じっしょ」

 どれどれということで確認する。

『本年の施設からの連絡第1-18号ですね。本年2月20日発出で、内容は以下のとおりです。
「収容から本日まで、第一施設に収容されている生徒の行動を精査した結果、生徒の一部に、以下の不適切な行動・行為等を確認しました。
 ○ 他生徒に対する恐喝、暴行等の犯罪行為
 ○ 職員及び施設に対する不当要求
 ○ 著しい学習怠慢
 これらの者のうち、悪質性が高いと判断される11名を完全矯正処分、47名を自室謹慎処分としました。
 なお完全矯正処分とした11名については、今後の心身及び学力の育成の為、学習の進度や次回の一斉試験の点数にかかわらず、3月3日からは長期課程(Ⅲ)のカリキュラムで指導・教育を受けることとなっています。また寮室が第一施設一号棟1階及び2階へと移動となります。
 なお、この措置に伴い、現在寮室が第一施設一号棟の1階、2階の生徒は、第一施設の別の部屋へ移動になることがあります。これについては個々に案内の連絡が届くので確認してください」』

 なるほど。

「ケイトの言うとおりの可能性が高いですね」

「第二施設で処分された生徒も、同じようなことになったのでしょう。なら処分されないような行動を取る限りは、あまり心配しなくていいと考えてもいいのではないでしょうか」

 フインやニナの言うとおりだろう。
 そう思ったところで、ケイトが真顔で口を開く。

「今はたしかにそーゆー形になってるけどさ~。この先もずっとそうとは限んないっしょ。たとえば注意力ガバって事故りがちな人とか、根気なくて仕事すぐ辞める系の人とかいるじゃん? あーいうタイプも、移民の質キープするためって名目で問題視されそじゃね~」

 そうか。
 確かに規約第3条第2項では、『移民の質を確保するため、移民に対して適切な教育を行うものとする』となっている。
 なら犯罪志向がある生徒だけで無く、移民の質を確保出来ないという生徒も適切な教育の対象だろう。

「今はまだ対象多すぎて、施設的にガチ困るレベルの人しか処分されてないけど、運営にちょい余裕出てきたら、犯罪系じゃなくても移民の質下げる人なら処分対象にされそで怖くね?」

「確かに」

 カタリナが、あっさりケイトの言葉を認めた。
 なお知識魔法は、今のケイトの言葉に何も反応しない。
 間違いとも正しいとも、何も。 

「でもさ~、第二施設に残れてるなら、移民の質下げてるとか思われんっしょ。なんでヒナリ、がんばるしかないんよ。てかここ来たぶん勉強ちょい遅れてんのよね。だから帰ったら数学Ⅱと自然科学Ⅱガッツリやっとこ。んで夜ごはん食べたら、独自魔法Ⅱもしっかりやる流れね」

「うわあー。ケイトがいじめます」

 うん、でもきっと、ケイトの態度が一番正しい。
 それに実はケイトの言っている学習内容、そこまできつくもない。
 第一施設の平均的な皆さんなら、そのくらいは普通にやるだろう。
 むしろ今時数学や自然科学がⅡってのは、結構遅れ気味なのではないだろうか。

 なんてことはもちろん私は言わない。
 他の皆さんと同様、暖かい目で見守ってやるだけだ。
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