月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

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第一部プロローグ 異世界初日

2 私が置かれた状況

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 これ以上の事は、今はわからない。なら部屋を出て、他を調べるべきだろうか。
 念の為机に戻って、タブレットを再確認。

 先程の説明の続きが表示されていた。
 なので椅子に座って読んでみる。

『此処は惑星オーフにスムーズに移住出来るよう教育を行う移住準備施設です。貴方にはこれから約8ヶ月の間、此処の生徒として必要な学習を進めていただきます。なお学習にかかる費用は無料で、衣食住も提供されます』

 移住準備施設か。
 何かよくわからない状況ではあるけれど、取りあえず無料で衣食住提供というのはありがたい。
 実態は奴隷養成所かもしれないが、何もなしで放り出されるよりはましだ。
 本当は地球に戻せと言いたいけれど、無理っぽいからいまは考えない。

 ただ『学習を進める』という言葉を使っていて、『勉強する』とか『教育を受ける』ではないのが少しひっかかった。
 私の勘ぐりすぎだろうか。現地語を日本語に翻訳した影響だろうか。それとも何か意図があるのだろうか。
 そう思いつつ先を読み進める。

『貴方が今いるこの部屋は、施設の寮にある貴方用の個室です。トイレとキッチンがついている他、学習が進展すると風呂が使えるようになります』

 つまり寮としては個室で、最低限の機能はあるようだ。
 事情はどうであれ、個室で良かったしありがたい。

 あと個室が与えられているということは、今後の待遇もそんなに悪くない気がする。
 これは奴隷養成所ではないと判断していいのだろうか。
 今後の私の行動、あるいは先方の都合いかんで変わるかもしれないけれど。

『地球に戻る事は出来ません。既に地球での貴方は死亡した事になっています。正確には肉体を死亡直前に回収し蘇生措置を行いつつ、死んで埋葬したという記憶を関係者に植え付けた状態です。
 それでもこの世界への移住を拒む場合は、死に戻りという形になります。その際は責任を持って、元の世界にある墓等に元の世界の流儀で安置させていただきます』

 決定的な記述が出てきてしまった。
 前にあった記述で、地球に帰れないということは想像していたけれど。
 この世界で移民となる気がないのなら、死ねという事か。
 死ねというより殺すぞと言っているような気も……

 しかしこの世界がどんな場所なのか、私はほとんど知らない。
 今見たこの部屋の中と窓の外の風景が、私の知っている全てだ。
 この世界はそうやって移民を集めなければならないくらい、住みにくい場所なのだろうか。
 そう思いつつ、先の説明に目をやる。

『移民斡旋先の国は概ね、地球の先進国と呼ばれる国と同等かそれ以上の生活環境となっています。詳細については知識魔法またはタブレットによる検索で、個々に確認して下さい。なお施設を出た後の主な移住先は、ペルリア共和国、ヒラリア共和国、ナルニーアレ連邦となっております』

 同等かそれ以上の生活環境か。これは信じていいのだろうか。
 何せ気付いたら、全く知らない場所に移住するから教育を受けろと言われている状況だ。
 何をどこまで信じていいのか、情報が足りなさすぎる。

 ところで今、魔法という言葉が出てきた。
 つまりこれって、魔法を使えるという事だろうか。
 魔法と惑星移住とか若返りなんて科学技術とは、何か食い合わせは悪い気がする。あとこのタブレットも不自然な気がする。
 そこはどうなのだろう。

 あと今出てきた国名は、メモしておいたほうがいいだろうか。
 机の中を確認。最初に開けた平たい大きな引き出しに、地球のものと似た鉛筆らしい道具が入っていた。
 削ってあるので、いつでも使えそうだ。

 ならこのメモ用紙っぽいのにメモしようか。
 そう思ったところで、目が更に続きの文章を捉えた。

「なお国名等の気になった部分に関して、メモする必要はありません。本日からおよそ1年間、説明はいつでも読み直す事が可能です。また知識魔法を使えば、読み直すことなく確認可能です」

 後で説明を読み直す事が可能でも、メモっておいた方が後で確認するのに楽な気がする。
 しかしそれ以上に、知識魔法というのが気になった。
 どんな魔法なのか、それともこの世界には魔法があるのか。なら物理学が破綻しないのか。

 気になるのだけれど、説明はそういったところに触れずに別の内容へと移る。

『それでは本日からの日程です。
 1日に2回、食事の配給があります。7時~8時に朝食と昼食が、16時~17時に夕食が配給されます。1階の食堂まで受け取りに来て下さい。
 食事は食器ごと持ち運びしやすいよう、箱に入った状態で提供されます。食堂で食べても、自室で食べても、それ以外の場所で食べても結構です。ただし飲食禁止場所では食べないで下さい。禁止場所は入口と室内に飲食禁止マークが掲示されています。このマークです。また飲食を終えた容器は箱ごと、受け取りから24時間以内に食堂横の下膳口に返却ください』

 食事は三食で、ちゃんと提供してくれるようだ。
 なお飲食禁止マークとは、皿とスプーン、フォークを簡略化した図柄に赤い×印がついているという図柄。わかりやすくていい。

『また私室の外に出る場合は、基準2以上の服装を着装して下さい。服装基準については、こちらのリンクで確認可能です』

 そんな感じで、あれこれ説明を読んでいく。
 なお時間については、タブレットの右上に表示されている。
 現在は14時58分。あと1時間ちょっとで夕食の配給だ。

 そこそこ長い説明を、一通り読み終わった。
 移住についてとか科学技術がどうとかは最初にあっただけ。
 後のほとんどは此処での生活についてだった。

 この説明が正しいなら、ここでの生活は概ねこんな感じのようだ。
  ○ 1日の日程で時間が決まっているのは、1日2回ある食事の配給時間だけ。他の日程は、全て自分で決めていい
  ○ 勉強や運動、魔法は到達目標があるので、自主的に実施する
  ○ 学習は全てタブレットで行う。それ以外に学習に必要な道具は要望により支給する
  ○ 運動や魔法はタブレットに出る指示通り行う
  ○ この施設に同一スケジュールで学習を進める者が男子20名、女子20名在籍している。ただし後述する試験以外で、全員が同じ部屋に集まる事はない
  ○ 一ヶ月後から毎月、到達度確認の試験がある。試験については全員集合の上で実施する
  ○ 施設内は生徒立入禁止表示がある場所以外は入っても問題ない。ただし施設外への外出は許可が出るまでの間、禁止とする。

 つまり外出以外はほぼ自由に出来るし、学習の進め方も自分次第。
 しかしきっと、これには注意が必要だ。

 この体制は、あくまで向こうが一方的に与えてくれたもの。
 だから私が向こうの意に沿わないと判断された場合、どう扱いが変わるかわからない。
 人権とかが日本くらいに尊重されているかも、確かではない。

 だから最低でも此処の状況、私達の扱いや社会についてわかるまでは、向こうの意に沿うように動いた方がいいだろう。
 具体的には、勉強や運動、魔法といった科目の学習を進める事だ。
 
 ここの施設で学習するのは、約8ヶ月の間とあった。
 これはこの世界でのお試し採用期間の様なものかもしれない。
 学習を進めてこの世界を理解するのと共に、移住者として意に沿う存在かそうでないか、見定める為の仮採用期間。

 なお8ヶ月というのは、春休みを除いた1年という位置づけのようだ。
 惑星オーフの1年は9ヶ月で267日。
 1日は地球時間で22時間。惑星オーフでは1秒の長さを地球の11/12にして、24時間制にしているそうだけれど。

 ちなみに今日は2月1日の第1曜日。
 この施設があるペルリア共和国では、学校が新学期を迎える時期。
 つまりこの施設のスケジュールは、一般の学校のスケジュールとあわせているのだろう。
 
 さて、ここでの生活に関することは、これでひととおり説明が終わった。
 それでは次の説明を確認しよう。
 タブレット上には幾つかメニューが並んでいて、タップすると進めるようになっている。

 ○ 今の説明をもう一度確認する
 ○ ここで一時中断する
 ○ 学習の進め方を確認する
 ○ 各科目の学習に移る

 おそらく次に確認するべきと期待されているのは、『学習の進め方を確認する』だろう。
 私は表示をタップする。
 
 画面が変わり、説明文が表示された。
 
『まずは此処での学習の進め方と注意点について説明します。
 ここでの学習や課題は、1単位時間を50分とし、24単位時間分の学習内容を1単位として設定しています。
 24単位取れば、必要最小限の学習内容は習得出来ます。なお平均的な取得単位数は27.2単位です』

 必要最低限というところが、かなり怪しい。
 もっと取れるし、取った方がいいのではないかと感じさせるのだ。
 油断ならないなと思いつつ、更に先を読み進める。
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