月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

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第一部プロローグ 異世界初日

1 知らない部屋で

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 気がついたのは、ベッドの上だった。
 赤茶色の壁と木の板の天井。扉一つと窓一つ。
 私が寝ているシングルサイズのベッドの他には、机と椅子があるだけの狭い部屋。

 私、南沢みなみさわ千秋ちあきの記憶にこんな部屋は無い。
 此処はどこだろう。最後の記憶は……

 思い出した。
 高校から帰宅途中、交通事故に遭ったのだ。
 轟音が聞こえて、振り向いたら猛スピードで車が近づいてきていた。
 速すぎるな、そう思った直後、車が不自然な方向へ滑った。

 キキキーッ。スキル音を響かせながら、車が回転しながら横滑りする。
 危ない! そう思った次の瞬間、車が目の前に迫った。
 記憶があるのはそこまでで、それ以上は覚えていない。

 そう、私は交通事故に遭ったのだった。
 なら此処は病室だろうか。どう見てもそんな感じの部屋には見えないのだけれど。

 とりあえず身を起こし、周囲を見てみる。
 木の床と、ベッド横に靴とスリッパを発見した。
 あと鏡も壁にかかっているし、壁の一部のように作り付けの棚があることにも気付いた。
 それ以外は先程と同じ、木と赤茶色の壁の部屋。

 ただ机の上に紙と、あとタブレットっぽいものがある。
 とりあえず身体に異常は感じないし、拘束されてもいない。
 ならベッドを出ても問題ないだろう。

 そう思って布団から出てスリッパに足を伸ばしたところで、私は違和感をおぼえた。
 服が知らないものなのは、事故に遭って服が破れたからという理由で納得出来る。
 それでも何かが違う気がする。

 何だろうと思いながらスリッパを履いて、立ち上がって机の方へ。
 何となく鏡を見て、そして違和感の理由に気付いた。
 私だけれど、私ではない。顔は確かに私だけれど、身体に違和感がある。
 
 改めて私は自分の身体を確認。
 膝丈くらいまである白色半袖シャツに、下着はショーツだけ。
 手も足も見慣れたものより細い気がするし、元々貧相な胸が更に無い。
 鏡を見る限り身長も低い感じがする。ほんの少しだけれど。

 死後の世界という奴だろうか。私はそんなの全く信じていないけれど。
 とりあえず手掛かりがないか、私は机の上を見てみる。
 
 机の上にはB6位のメモ用紙と、タブレットパソコン。
 そしてメモには、日本語でこう書かれていた。

『このメモを見たら、タブレットの電源を入れて下さい』

 タブレットパソコンそのものは、私が学校で使っているのと同じ機種だ。
 電源を入れて大丈夫だろうか。
 そう思うが、他に今の状況を知ることが出来そうな情報源はない。
 部屋の外に出るのも、この格好では厳しい気がする。

 だから私はタブレットの横のボタンを押した。
 画面が表示される。

『○ If you find this word easier to read than the others, tap on this sentence.
 ○ 如果您发现这个单词比其他单词更容易阅读,请点击这个句子
 ○ यदि आपको यह शब्द अन्य शब्दों की तुलना में पढ़ने में आसान लगता है, तो इस वाक्य पर टैप करें
 ○ Si te resulta más fácil leer esta palabra que las demás, pulsa en esta oración.
 ○ Si vous trouvez ce mot plus facile à lire que les autres, appuyez sur cette phrase.
……』

 このくらいの英語なら何とかわかるけれど、日本語の方が当然読みやすい。
 という訳で下へとスクロールしていくと、予想通りこんな文章があった。

『○ 他の言葉よりこの言葉が読みやすい場合は、この文章をタップして下さい』

 ほっとして、文章の上を指でタップする。
 画面表示が変わった。

『ここはオーフと呼ばれる惑星の、ペルリア共和国と呼ばれる国です』

 いきなり地球ではない惑星が出てきた。
 なんだこれは。そう思いつつも、先へと読み続ける。

『惑星オーフはヘリオ・ヘス・テルタ型惑星開発によって開発された惑星で、地球出身の人類が移住して居住しています。ですが総人口が5億程度と少なく、また人口そのものも減少傾向にある為、常に移民を必要としています。
 ですので地球で死亡しかけた貴方を、移民としてこの場所へと移送しました。なおこの後に説明する諸事情の為、地球年齢で12歳、オーフ年齢で19歳まで肉体を若返らせています』

 いきなり星間移住とか、肉体を若返らせるなんて話が出てきた。
 どう考えても、私の知っている地球の科学水準を超えている。

 しかし夢にしてはあまりにリアルだ。
 しかもそんな科学技術が進んだ世界の筈なのに、この部屋や部屋にあるものは、このタブレットを除いて未来という感じはしない。
 というか、古い感じだ。
 基本的に木製だし、デザインも曲線なしの板と角材そのままだし。

『惑星間移送や若返りの技術は、地球のものでも惑星オーフのものでもありません。ですのでこれ以降の人生では、使用の機会は無いと思っていただいて結構です』

 なら何処の技術なんだという疑問が残る。
 回答は書いていないようだけれど。 

 あと『惑星間移送』が『これ以降の人生では、使用の機会はない』と書いてある。
 これは地球には二度と戻れないことを察してくれという意味だろうか。
 それって異世界への奴隷貿易的な事案ではないのだろうか。
 移住者と書いてはあるけれど。

 以降、画面をタップしても続く説明が出てこない。
 説明はこれで終わりなのだろうか。

 疑問は多い。
 しかし考えても答えが出そうに無いものがほとんどだ。
 なら取りあえず、今わかることを確認しておこう。

 まずは私の身体について。
 確かに今の私の身体は、地球の年齢で12歳くらいに若返らせたと言われると納得出来る状態だ。
 なお私は元々17歳、正確には17歳と5ヶ月だった。
 だから身長がやや低いのも、身体があれこれ貧相なのも、今の年齢相応だと理解出来る。
 
 あとわかるのは室内の様子と、窓から見た外の景色。 
 部屋の中は微妙に古くさい感じだけれど、外はどうなのだろうか。
 窓際へ行って、外を眺めてみる。

 地球と同じように青い空と、太陽というか母恒星が見えた。
 あとは部屋の壁と同じような赤っぽい塀と、その向こうに見えるやはり壁が赤っぽい建物が並ぶ街。

 緑はあるし草も木もある。
 しかしよく見ると、草はイネ科のよく見る雑草ではなく、シダとかトクサ、スギナっぽい。
 敷地に植わっている樹木の種類も、日本で見て知っているものとは違う気がする。

 確かに日本の風景では無い気がする。
 それでも地球の何処かと言われれば、そんな気がしないでもない風景だ。
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