月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

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第5章 変化の予感 (1)

32 私の独自魔法

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 2月17日第5曜日、夕食後。
 私は『独自魔法作成Ⅰ』8コマ目、独自魔法の作成課題に取りかかっていた。

 ここで私独自の魔法を作って、指導員室へ行って、指導員の前で実際に使ってみせることで、『独自魔法作成Ⅰ』が履修完了となる。
 そして履修完了を目指すだけなら簡単だ。
 7コマ目までにあった例題を少しだけ変更して、自分の独自魔法と言い張ればいい。

 たとえば最初にあった、壁に光で『ハルトンHello ノントworld!』と表示する魔法。
 この『ハルトンHello ノントworld!』部分を自分の名前に変更するだけで、私独自の魔法となる。

 ただどうせならいい成績を取りたい。
 だからもっと私独自という感じの魔法を作りたいところだ。

 実は例題とは全く違う独自魔法を、既に2つ作っている。
 風呂沸かし魔法と、洗濯魔法だ。
 毎日使う魔法なので、つい手順をまとめて独自魔法化してしまった。

 ただこれは排水可能な浴槽が無いと使用出来ない。
 つまり『指導員の前で独自魔法を披露し、発動と効果を確認する』というのが難しい。

 今回の課題で独自魔法を構築するのに使用していい魔法は、魔法Ⅰで覚えた10種類となっている。
 具体的には知識魔法、灯火魔法、出水魔法、熱操作魔法、移動魔法、乾燥魔法、収納魔法、風魔法、水流魔法、身体強化魔法。

 このうち知識魔法は、独自魔法として組み入れるのは難しい気がする。
 収納魔法も同様だ。収納中の物に対して、他の魔法を使うことは出来ないから。

 この組み合わせで、相談室で起動可能な魔法というのが、どうにも思いつかない。
 さらに言うと、課題として評価が高い魔法が望ましい。
 他には無さそうな魔法とか、使用する機会が高そうな魔法とか。

 そして明日までには完成させて指導室で披露し、履修完了としたい。
 そうすれば明後日の第1曜日から、小遣いが100Cカルクフ増える。

 ただ何もない場所で出来るのは、光か風か熱操作くらい。
 エアコンのような事は熱操作魔法でいいし、扇風機は風魔法で出来るし、両方を組み合わせるのは既に例題で出ているし……

 そう、例題になくて、道具がいらない魔法というのが難しいのだ。
 何もない部屋で出来そうな実用系の魔法は、既に例題で使われていたりするから。
 暗い場所を歩く際に灯火が自分の位置と目線にあわせて移動する魔法、なんてのも。

 いつもはこの時間は、ニナと話すかおやつ作りの時間。
 だからさっさと課題を終わらせて、明日分のおやつを作りたいところ。
 残った材料を考えると、シュガートーストかチーズケーキ。

 なんて事を思って、そして思いついた。
 そうだ、相談室に持ち込める程度の道具を使う魔法なら問題ないと。
 そうなると、魔法化したいものはある。
 材料が残り少ないので、構築を失敗する訳にはいかないけれど……

 ◇◇◇

 翌日、自室で朝食を食べた後。
 朝食で使ったスプーンや食器を洗って収納し、更に自分の収納内に必要なものが揃っているかを確認して。
 それから共用棟2階の学習相談室へ。

 今日はナラハ指導員ではなく、もう少し若い細身の男性だった。
 一人だけなので、彼にお願いするしか無いのだろう。
 そう思いつつ、まずは挨拶から。

おはようございますポナン ナテノンここの生徒でニ エフタフ フツテント カチアキといいますニア ノノ エフタフ チアキ

 なんて名乗りつつ挨拶した後、つい聞いてしまう。

「本日はナラハ指導員はどうされたのでしょうか?」

「第6曜日は休日なので、交代で指導室担当をしてるんだ。僕はエノフ、通常はここの事務を担当している。一応指導員資格を持っているのでご心配なく。
 さて、今回は何の相談かな」

 エノフさんは男性だけれど、ナラハ指導員よりむしろ話しやすい感じだ。
 知識魔法で出てくる翻訳後の言葉だけでなく、雰囲気を含めて。
 そう思いつつ、私は用件を口に出す。

「特別科目『独自魔法作成Ⅰ』の最終課題が出来ましたので、確認をお願いしに来ました」

「『独自魔法作成Ⅰ』の課題確認だね。わかった。それでは早速、独自魔法を見せて欲しい。準備が必要だったり、移動して別の場所でやる必要があるのなら、何なりと言ってくれ」

 別の場所でやっても良かったのか。なら風呂沸かし魔法や洗濯魔法でも大丈夫だった気がする。
 この辺は知識魔法で確認しておけば良かった。

 でもいつもなら、確認しないでも知識魔法が勝手に教えてくれるはずだ。
 何か理由があるのだろうかと思いつつ、今回の独自魔法で必要な物品を指導員席の机に並べる。

 いつもの器2つ、朝食でスープが入っていたボウル、クリームチーズ入り紙箱、砂糖入りの袋、卵2個、小麦粉袋入り、生クリーム入り紙箱。
 あとは机に入っていた白紙(食品に使っても毒性なし)1枚。
 忘れ物がないかを確認。うん、大丈夫だ。

「それでは独自魔法『バスク風チーズケーキ作成』を起動します」

 そう、私が課題用として構築したのは、バスク風チーズケーキを作成する魔法。
 これなら移動魔法、出水魔法、風魔法、水流魔法、熱操作魔法で構築可能だ。

 具体的にはこんな感じ。
  ① 紙をスープボウルに移動させ、出水魔法で濡らし、いつもの器に移動させて、風魔法で器の内側に張り付ける
  ② スープボウルを乾燥させ、クリームチーズ250gを移動させ、熱操作魔法で25℃まで温度を上げて、水流魔法でかき混ぜる
  ③ ②に砂糖75gを移動魔法で加え、水流魔法でかき混ぜる
  ④ 殻の一部だけを移動させて卵を割った状態にした後、黄身と白身を移動魔法で③に加え、水流魔法でかき混ぜる
  ⑤ 小麦粉10gを移動魔法で④に加え、水流魔法でかき混ぜる
  ⑥ 生クリームを移動魔法で⑤に加え、水流魔法でかき混ぜる
  ⑦ 紙を敷いた器2つに⑥を移動魔法で移動させる
  ⑧ 熱操作魔法で徐々に熱を加え、最終的に250℃にする
  ⑨ 固まったら表面だけ熱操作魔法で250℃にして焦げ目をつける
  ⑩ 熱操作魔法で3℃まで冷やす

 手順は多いけれど、基本は移動させてかき混ぜ、加熱するだけ。
 クリームチーズなんて粘度が高いものでも、かき混ぜるのは水流魔法で大丈夫だ。
 出来上がったのを確認。うん、見た目には大丈夫。

『いつもの味に仕上がっています』

 知識魔法もそう言ってくれたので、魔法完了を宣言しよう。

「この魔法は以上です。これでよろしいでしょうか」

「十分だよ。評価Aで履修完了を認めよう」

 よし、これで小遣い額アップだ!
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