月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

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第4章 二度目の外出

29 デザートの時間

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 デザート用の店は結局、書店から一番近いパナケラフにした。
 元々ニナの予定も此処だったし、私もここを候補にしていたし。
 今回は2人だからテーブル席がいいだろう。

「窓際でいいよね」

「はい、窓際がいいと思います」

 テーブルについている空席札を倒した後、カウンターの会計部分へ行って注文。

「ケーキドリンクセット、ナークラフントとキーンヌカサイダーで」

 ナークラフントとは、中に酒漬けのドライフルーツが大量に入った薄茶色のケーキ。
 ちょっと柔らかめのパウンドケーキという感じだ。

 キーンヌカサイダーは、キーンヌカという樹木の甘い樹液を発酵させて作った炭酸飲料。
 甘くて爽やかな微炭酸飲料らしい。

「はい。セットで80Cカルクフです」

 正銅貨8枚を渡し、出てきたドリンクを受け取る。
 ドリンクをテーブルに持って行って、あとはケーキがくるのを待てばいい。
 さて、ニナは何を頼むのだろう。

「タートデネーラソ、冷たい紅茶で」

 糖蜜のタルトか。いかにも甘そうだなと思いつつ、知識魔法で確認。

糖蜜ネーラソタートタルトとは、パイ生地の上にパン粉と糖蜜、酸味シダテッティレルで作ったフィリングをのせ、焼いたものです」

 何というか、無茶苦茶甘そうだ。
 あと紅茶を頼んでいたけれど、茶葉はあの茶の木みたいなものなのだろうか。

「地球の茶とは違う種類で、ネリンホという名称の裸子植物です。小麦代わりに使われているグネタムと同じ科に属しますが、こちらは蔓ではなく常緑低木となります。
 緑茶状態では独特の臭みがあって飲めません。ですが発酵させると紅茶と味が似たものとなります。品種改良され、温暖な地域を中心に流通しています」

 飲む分には紅茶と同じようなものか。
 今度試してみよう。いや、なんなら茶葉を購入してもいいかな、安いなら。

 ニナとテーブルに戻る。
 ドリンクは両方とも細長いガラスコップに入っている。
 私のは透明で小さい泡が出ていて、ニナのは氷入り紅茶そのものという色合い。
 なおニナの方には、シロップと緑色のジャムっぽいのが入った小瓶がつく。

『緑色の小瓶は、テッテレルソースです。地球におけるレモンの代わりだと思えばいいでしょう』

 何というか、微妙に地球というか私の知っている様式が見えるような気がする。
 これは各時代の移民が自分の生活様式を持ち込んだからだろうか。
 それとも収斂進化のようなものなのか。

 とりあえず地球とそう変わらない暮らしを送れる。
 そう気楽に考えるのが、今の正解かもしれない。
 なんて思いながら自分の方のドリンクを一口、口に運ぶ。

 うん、これはサイダーだ。
 甘みも炭酸も弱めだけれど、悪くない。

「注文のケーキです」

 私の前に、カスタードクリームの海に沈みかけたクリーム色のケーキが。
 ニナの前には茶色のパイっぽいケーキが、バターっぽいものを添えて。
 それぞれ置かれる。

「それではいただきましょうか」

「そうですね」

 という事で、私はナイフとフォークでケーキをカットし、まずはクリームなしで一口。
 うん、パウンドケーキだ。バターっぽい香りと洋酒の香りもする。

 生地自体はほんのり甘くしっとりしている。
 これにドライフルーツが甘みと酸味を加えていて、高級なパウンドケーキという雰囲気。
 それでは次、クリームをたっぷりつけて、口へ。 

 美味しいけれど、クリームパンの面影が頭をよぎる。
 ドライフルーツの酸味や甘み、洋酒の香りが甘さにマスクされ、微妙に安っぽく感じるようになってしまった。

 決して悪くはない。
 でも私の貧乏舌が、袋入りの安いレーズンクリームパンとの類似性を強固に主張してしまう。

 クリームをつけたほうが、全体的には美味しいのだろう。
 それでも微妙に私としては悩ましい味だ。

「どうですか?」

 ニナは聞いてきた。 

「美味しい。そっちはどう?」

「こっちも美味しいです。一口分ずつ、飲み物も含めて交代してみましょうか」

 確かにそれもいい経験だろう。
 ニナの頼んだケーキ、絶対私には甘すぎるとは思うけれど。

 互いにお皿とコップを動かして、それぞれ相手の方へ。
 それではニナの甘そうなケーキ、いただきます。
 ナイフで切って、そして口へ。

 うん、予想通りの味だ。
 パイ地の上に分厚い蜜の層がある食べ物。それ以外の何物でも無い。
 さくっとしたパイ生地そのものは悪くないのだ。
 ただねっとり甘い層があまりにもヘビーなだけで。

 それでは紅茶の方を一口。
 うん、きっとこれは美味しい紅茶なのだろう。何も入れなければ、私好みの。
 茶葉とは少し違うけれど確かにいい香りがする。紅茶よりはちょっと甘めだけれど。

 ただこの紅茶、ニナがシロップを思い切り入れている。
 率直に言って、べた甘い。率直に言わなくてもべた甘い
 
 ただひょっとしたら、此処ペルリアの人の好みは、私よりニナに近いのかもしれないなと思う。
 私のケーキのカスタードクリームといい、ニナのこのケーキといい。

「どうでした?」

 笑顔で聞いてきたニナに、正直な事が言えない。

「美味しい。ケーキはしっかり甘くて、紅茶はちゃんと紅茶だし」

「横のクロテッドクリームをつけると、甘さが引き立ちます。試してみて下さい」

 これ以上甘さが引き立ってどうするんだ!
 そう言いたいけれど、ニナの笑顔を前にしてそんな事は言えない。
 なので言われた通り、バターでは無いなんとかというクリームをつけて、口へと運ぶ。

 あ、美味しい。
 このクリームは甘くない。バターっぽい味で、それがべた甘さを少しカバーしてくれる。
 つまり美味しい方向へと、一歩近づく。

「確かにこの方が美味しいね、このケーキ」

「ええ。地球で有名になった魔法使いの映画にも出てきた定番のデザートで、私の大好物なんです。此処にもあるということは、出身が近い人が多くいるということでしょうか」

 なるほど、やはりここの食文化は、私よりずっとニナに近いようだ。
 なら私は甘さ控えめのものを探すか、自分で作るのがベターなのだろう。

 再びケーキと飲み物を交換して、甘さ控えめのサイダーを飲んで一息。

 ◇◇◇

 その後はニナと別れ、私は公設市場へ戻る。
 今回は卵30Cカルクフ、バター30Cカルクフ、クリームチーズ40Cカルクフ、生クリーム30Cカルクフ、砂糖30Cカルクフ、そして紅茶40Cカルクフを購入
 
 ニナとのデザート代や情報紙代含め、300Cカルクフを使い切った。
 牛乳は買えなかったけれど、まだ少し残っている。
 パンプディングにして1回2個分くらいだけれど。
 一刻も早く『独自魔法作成Ⅰ』をクリアして小遣いを増やさないと、満足な買い物は出来ないようだ。

 同じ特別科目でも『ペルリア自然観察』では小遣いは増えない模様。
 でも何か、他にも小遣いが増える特別科目があるような気がする。
 ただし出る条件はわからない。
 学習を進めて、出るのを待つしか無いのだ。 

 スイーツと小遣いの為、学習を進める。
 我ながらしょうもない動機付けだとは思うけれど、何もないよりはずっと勉強を進める気になる。

 それでも気がのらない時は、今度食べるデザートとか、もっと食料品が安い店とかを調べるなんて楽しみもある。

 とりあえず今は、これでいいのかな。
 そう思いつつ、帰りは前回と同様、最短ルートで施設を目指す。
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