月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

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第一部エピローグ 一斉到達度確認試験

57 生徒の入替(第一部終話)

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「各自のタブレット画面に、課程の決定が表示されている筈です。判定した理由についても記載していますので、それぞれ確認して下さい。
 第一施設へ移動となる生徒については、現在部屋の移動作業中です。ベッドや机を含む部屋の中にある物一切を、移動先の寮室へと移します。専用の魔法を使用して一気に行いますが、清掃作業も同時に行うので、10分程度かかります。
 50分になったら、第一施設へ移動する生徒はこの部屋を出て、第一施設へと向かいます。準備が出来次第、引率の指導員が来る予定です。
 それまでの間は質疑応答時間とします。何か質問はあるでしょうか」

 何処か後ろの方で手があがったようだ。
 私の席は前から2番目なので、どんな人が手をあげているのかは見えない。 

「はい、どうぞ」

「この決定に明らかに間違いがある場合は、今すぐ訂正して貰えるのでしょうか」

 声は聞き覚えがあるけれど、顔は知らない女子生徒だ。
 振り向かず、偵察魔法で顔を確認する。
 名前は知らないが、顔は覚えがある。
 食堂にたむろしていたゾンビ残党の1人だ。

「あなた自身に対する決定でしたら、そのタブレットに表示されている理由の通りです。他人のものである場合は、本人が自分のタブレットで確認する様に」

「学習の進度が明らかに間違っています。たとえば『言語Ⅰ』を20単位時間進めたはずなのに、7時間と記載されています。他の科目も同じです」

「リュノーの場合は……形式的には20単位時間分まで進めています。しかし最初の確認試験の得点率が5割を切っていて、以降は確認試験そのものを受けていません。それでも今回の一斉到達度試験の成績次第では進度を認めることがありますが、リュノーの成績はその基準に達していません。ですので学習した単位時間として、最初の確認試験以前の段階までしか認めていません」

「その認定は勝手すぎないでしょうか」

「あなたが内心でどう思うかは自由です。ですが当施設では内容が伴わない学習を学習と認めません。また自主的にはその様な学習しかできないのであれば、決定にある通り長期課程(Ⅲ)が適していると判断します」

「それって施設の考え方ですよね。だいたいこの施設は差別が激しすぎます。一部生徒を優遇して掲示板に遠隔から自由に書き込める特権を与えたり、やはり同じ生徒に外出特権を与えたり、その事について話を聞こうとした者を一方的に処分したり……」

 言葉が不自然に止まった。何らかの魔法で強制的に停止させられた様だ。
 ナラハ指導員が、先程と変わらない口調で告げる。

「これ以上の回答は時間の無駄と認めます。では次」

 うんうん、これは施設側の方が正しい。
 というかこんな馬鹿、まだ残っていたのかと思う。

 タブレットで見た『判明事項』では、主犯である犯人Aは『自分の現在の待遇や今後の生活を良くする為』に施設に圧力をかけていた。
『差別』とは、あくまでお題目に過ぎなかった。

 しかしこの女子は、そのお題目を本当に信じている様だ。
 それとも信じているふりをしているのだろうか。 
 自分に都合がいいことだから利用しているだけで。
 
 そんなことを思いつつ、私は黙って聞いている。
 なお質問は既に別の生徒へと移った。

「第一施設の寮の部屋は、ここと同じ広さでしょうか」

「広さと構造はほぼ同じです。部屋の階数や向きが変わることはありますが、そこまでは同じにできないので諦めてください」

「第一施設でも外出は可能ですか」

「許可証を取れば可能です。それ以上は今までの説明を見てください」

 どうやら第一施設へ移動になる生徒が、不安を紛らわせる為にそういった確認をしている様だ。
 参考になる質問はなさそうだな、そう思ったところで。
 トントントン、教室の前扉がノックされた。

「どうぞ」

 入ってきたのはナラハ指導員以上に大きめで頑丈そうな、壮年の女性だ。

「第一施設で主に長期課程(Ⅲ)を担当しているテルミ指導員です。それでは長期課程(Ⅱ)と長期課程(Ⅲ)に決定し、第一施設に移動が決定した生徒は、廊下に整列してください」

 長期課程(Ⅱ)や長期課程(Ⅰ)に決まった生徒が立ち上がり、廊下へ出ていく。
 意外だったのは、エトが立ち上がって廊下へ移動したことだ。
 性格はともかく成績的には問題ないだろうと思っていたのだけれど、どうなのだろう。

『エトは長期課程(Ⅱ)を希望した為、第一施設へ行くことになりました』

 これも予想外だが、知識魔法が教えてくれた。
 そういったプライバシーに関わる事項は、知識魔法を使える範囲外だったのではないだろうか。

『エトは自分が成績や学習進度ではなく、自分の希望で長期課程(Ⅱ)を選択したことを何人かに話しています。ですので本件は公開情報として取り扱います』

 なるほど。
 長期課程(Ⅱ)の方がお山の大将になりやすそうだからだろうか。
 それとも私やニナの言葉で、長期課程(Ⅰ)に居づらくなったからだろうか。
 別に私が気にする必要はないだろうけれど。

 さて、立ち上がった生徒のほとんどは教室を出た。
 しかしながらすんなり出ない生徒もいる様だ。

「移動すべき生徒が3名残っています。速やかに廊下に出てください」

 ナラハ指導員の声。しかし動きはない。

「これから10数える間に立ち上がって廊下に出ようとしなければ、強制的に移動させます。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、強制的に移動させます」

 先程ナラハ指導員にしつこく質問していたリュノーという女子を含む、女子2人男子1人が同時に立ち上がった。
 そのまま無表情かつ機械的な動きで廊下へと出ていく。
 きっとあれは、魔法で強制的に動かされているのだろう。
 言葉で説得しても通じない相手には仕方ない措置だ。

 さて教室に残ったのは、男子が7人で女子が8人の合計15人。
 さっきまでは35人いたから半分以下だ。
 思ったより残らなかったというべきか、課程は3つあるのだから残った方だと考えるべきか。

 なお外出可能な皆さんはエト以外、この教室に残留している。
 ニナもカタリナもアキトも、ヒナリもフインも、自然観察で見た男子3人も。
 これなら明後日の女子会は予定通り開催できそうだ。
 もちろん天気が良ければ、だけれども。

「まもなく第一施設からも53名、長期課程(Ⅰ)に決定した者がやってきます。本日の夕食からこの施設で生活することになっています。
 次回の一斉到達度確認試験は、4月1日第6曜日に実施予定です。学習の進度や成績で課程が変更される可能性があるのは、今回の試験と同じです。
 それでは本日は以上です」

 ナラハ指導員が教室を去った。
 時計は15時52分。このまま食堂に行ってしまった方が良さそうだ。

 カタリナがさっと部屋から出るのはいつも通り。
 この辺ぶれないなと感じる。
 逆にアキトはこの前の自然観察にはいなかった男子2人と話している。
 これもきっと、相変わらず。
 
 私は特に急ぐ必要はない。
 下の食堂まで、どう考えても8分はかからないから。
 この人数なら全員並んだとしても、そう時間はかからないし。

 なら明後日の件について、軽く皆と話をしておこう。
 まだ自然公園とふれあい動物園に行く事しか、内容を話しあっていないから。

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 申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
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