月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

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第11章 3月を迎えて

64 収入増の必要性

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 食堂に行って並ぼうとしたところで、ニナを発見した。
 テーブルのところでヒマリとあと1人、私が知らない女子生徒と何か話している。
 何だろう。そう思いつつ取りあえず食事配給の列に並び、夕食の箱を受け取って、朝食と昼食の箱を下膳口へ返してから、ニナ達の方へ。

「次の実習、もう連絡が来た?」

 私から声をかけてみる。

「ええ。今は第一施設にいたこの方と、情報交換をしていました。でも使える魔法や外出を伴う実習等については、ほとんど同じような感じです」

 私が知らない彼女が軽く頭を下げる。
 名前を言わないのは用心の為だろう。
 私も同じように頭を下げて挨拶。

「それでちょうどいいので質問です。数学や独自魔法作成を進めている様なので、ひょっとしたら表計算が出てきていないかと思うのですが、どうでしょうか」

 特に私の進度等を隠す必要はないだろう。
 だから正直に答えることにする。

「今のところ、表計算の通知は来ていない。数学はⅡに入ってちょっと、独自魔法はあと1単位時間コマで終わりという進度だけれど。
 私より進めてそうな男子がいるから、そっちに聞いてみようか。掲示板に書いておけば、魔法ですぐ気づくと思う」

 アキトの名前は出さない。
 一応顔と名前を一致させない為ということで。
 まあ掲示板を使えば名前は出てしまうけれど、その場に本人がいなければ顔と名前は一致しないし。

「なら数学をもっと先までやる必要があるのでしょう。独自魔法作成の他にも小遣いが増えそうな科目ということで考えたのですけれど、まだまだ受講は難しい様です。もう少し増やして、できれば外出用の服を買おうと思ったのですけれど」

 服を買おうというのは、私も考えていたことだ。

「確かに外出用に一着、服が欲しいよね」

 外出時にいつも同じ服というのはやっぱり避けたい。
『同じ服しか着ていない』ととられるのも何だし、他の生徒と外出して『同じ服の人が一緒に歩いている』と見られるのも。 

「施設で今配られている他に提供される服は、今の服のほかは、基準4相当の盛夏用だけだそうです。ですがそれ以外にも外出できる服が1着ほしいですし、夏にむけて水着も欲しいと思っています」

 水着か。
 そういえば海が近いし、夏もこの施設にいるのだ。
 たまには気分転換も必要だろうし、この気温なら夏は暑いだろう。
 でも海水浴場みたいな場所って、この近くにあるのだろうか。

『ポアノンの南、1km程度の場所に水浴場があります。例年4月後半に水浴場びらきが行われ、8月終わりまで賑わいます。水浴場開場期間には、ポアノンから連絡船も出ています。片道およそ10分で20Cカルクフです』

 ある様だ。1km程度ならすぐそこ。
 連絡船も出ている様だけれど、1km程度なら船着き場まで行くより走った方が早い。

『期間中の6曜日には各種イベントも行われる様です』

 うむうむ、楽しそうだ。

「水浴場はおもしろそうだね。毎週イベントもやっている様だし」

 日本時代はそういったイベントには、ほとんど行った事がなかった。
 別に陰キャだからとか、誘ってくれる人がいなかったからではない。
 単に縁が無かったというだけだ。
 
 しかし私はポアノンもペルリアも、惑星オースもよく知らない。
 そして今回は、この施設から簡単に行ける場所で開催される。
 だからこういった機会には積極的に参加して、実情を知った方がいい。

 というのは名目で、勉強ばかりだと気分が腐るという理由が大きいのだけれど。
 何か目標というか張り合いがないと、変化のない日々を乗り切れない。

「ええ。実は5月14日に水浴場の開場イベントがある様なんです。ですからそれまでに、服と水浴着を購入したいと思っています」

「ヌローラ商業施設カルテノにそういう案内があったそうです。4月から夏物の服と水浴着のバーゲンを開催する、という看板があったので、読んでみたら開場イベントについても載っていました」

 私の知らない彼女とヒマリが、そう教えてくれた。
 ならお金を貯めとかないとまずいな。
 水浴着って、幾らくらいするのだろう。

『1,000Cカルクフからです』

 ただ服も水着、いや水浴着も、安ければいいというものではない。
 となると最低額では買えないだろうから……

「約2ヶ月で、出来るだけお金を貯めないとね」

「そうです。これから5月14日まで、奨学金が出る第1曜日は11回しかありません。1回300Cカルクフだけではぎりぎりなので、出来るだけ奨学金が高くなる学習を受けたいのです。
 もちろん『独自魔法作成』を進めるのもいいでしょう。ですが他にもそういった科目が無いかと思ったところ、説明で『独自魔法作成』と同様に勧められている『表計算』がありました。この科目は奨学金がついている可能性が高い気がします。なので出ていないか、聞いてみたんです」

 なるほど、なら最終手段だ。

「数学を一番進めていそうな人に、直接確認してみるね」

 掲示板はすぐそこだけれど、あえて魔法を使って書く。

『アキトさんへ。私より数学が進んでいそうなので質問します。もう表計算魔法の学習は出ましたでしょうか。もし出ていたら教えてください(記:チアキ)』

 直接聞くより、この方が安全だ。
 自然観察の実習に出た10人とこの施設にいないエト以外、アキトや私の名前や顔が一致しないだろうから。
 3数えないうちに、返答が表示された。

『まだ出ていません。今は数学Ⅱの23単位時間が終わったところですから、数学Ⅱが終わったところか数学Ⅲに入ったところで出るかもしれません。ところで何故聞いたか聞いていいでしょうか(記:アキト)』

 アキトの掲示板書き込み魔法は、新たな記載を知らせる機能がついている。
 だから書き込めば割と早く返答があるとは思っていたし期待していた。
 想像以上に早かったけれど、これはこれでありがたい。

 なお聞かれて答えるのはもちろん構わない。
 何なら他の進度についても聞いてみたい。
 聞いたイベントなんかについても話したいし。
 
 ただこれ以上細かい事については、会って話した方がいいだろう。
 場所は普通に書くと、関係ない人が近づいてくる可能性がある。
 だからこんな書き方でどうだろう。

『勿論です。なら明日、都合がいい時間を教えてください。場所は2月の自然観察実習前に、4人で会った場所でいいでしょうか(記:チアキ)』

 ポアノン南分岐にある公設休憩所のことだ。
 アキトならこれで通じるし、ニナとカタリナ以外にはわからない。

『わかりました。それでは明日、朝9時でどうでしょうか(記:アキト)』

 もちろん問題はない。
 何せ基本的には、学習を進める位しかしないし出来ないから。
 
『大丈夫です。それではよろしくお願いします(記:チアキ)』

 よしよし。

「まだ情報は無いみたい。でも一応明日に会って、話を聞いてみる」

 ちょうどそこで、アキトが食堂に入ってきた。
 こっちには気付かないそぶりで列に並んでいる。

「それじゃ私は部屋に戻るね。小遣い稼ぎの為に、学習をすすめておきたいから」

 ニナ達とここで話しながら食べるのも悪くない。
 でも部屋でなら、食べながらでも自然科学や地理歴史あたりなら学習を進められる。

 そして今夜は『独自魔法作成Ⅱ』の最終課題に挑戦するつもりだ。
 これが終われば、一週間の奨学金小遣いが200Cカルクフ増える。

「わかりました。それでは、また」

「またね」

 ニナとヒナリと名前を知らない彼女に軽く手を振り、ついでに並んでいるアキトの横を通って部屋へと向かう。
 
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