ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀

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拾遺録6 俺達の決断

24 明日の方針

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「まずは図書館で、領内の情報を10年分調べました。父が寝たきりになった7年前、フリストさんが亡くなった2年前、そして現在に至るまで。
 中央図書館の資料を見る限り、2年前の4月までは領内の統計情報がしっかりしています。ですがそれ以降は予算と決算に矛盾が出たり、報告書の数が急減したりしています。これはフリストさんが亡くなった1ヶ月後の4月に人事異動があり、領宰、会計頭等重臣や代官の3割以上が変わった影響と思われます」

 イレーネはさらっと説明した。
 しかし10年分の資料を見て整合性を付き合わせるなんて、とんでもなく手間がかかる作業の筈だ。

「よくそれだけの資料を確認出来たな。相当大変だっただろう」

「イリアさんやサリアさんにかなりの部分を手伝って貰いました。それに全ての項目について調べた訳ではありません。しかも領民数と実際の税収は年1回だけですし、部門毎の予算と執行額については領内整備の、主に土木関係に絞って確認しました」

 イリアやサリアは図書館での調べ物も得意だ。
 カラバーラ近郊のあの村にいた頃、勉強会の教材を更新する為、図書館で最新の情勢を調べるなんて作業をしていたかららしい。
 そして土木関係を調べた意図は、俺にも理解可能だ。

「河川や道路の整備は、費用を誤魔化しやすいからか。過大に数値を見積もることも容易いし、業務委託で金を配るのにも使える」

 そのくせ費用が妥当かは、その当時の現場を確認しない限りわからない。
 実際にその工事が行われたかも、領主家内の資料では確認しにくい。 
 だからこそ土木関係は領主家が不正に予算を流用する場合に使用されやすい。

「カイルさんはご存じなのですね」

 イレーネが少し驚いたような表情になった。
 確かに冒険者的な知識ではないから、驚かれて当然かもしれない。
 しかし過大評価されると俺としては気分が良くないし、後で困るかもしれない。
 だからここは、素直に種明かしをしておこう。

「俺の知識は単なる付け焼き刃。あの任命状を預かった時に一緒に貰った、巡見使用のマニュアルに書いてあったのを読んだだけだ。しかもまだ王都ラツィオから戻る際にゴーレム車内で目を通した程度だからさ。大した事じゃない。
 むしろそれを知っているイレーネがよく勉強しているんだろう。普通に考えると、一般的な知識ではないから」

 そういった知識を学校で教えるとは思わない。
 イレーネがいずれ必要があると感じて、自分から学んだ知識だろう。
 勿論そうやって学んだ知識は、監査的な知識だけではない筈だ。

「でも図書館での資料の探し方はわからなくて、イリアさんに教えて貰いました。私一人ではどの本にそういった資料が載っていて、その本の分類は何かなんてのはわからなかったので」

 それは仕方ない。
 領主家の公開資料なんて、似たような名前で中身が違うものが大量にある。
 しかも図書館は領主館の直営から、職員に資料について尋ねるなんて事が出来ない。
 こちらの正体や閲覧の意図を察知される訳にはいかないから。

「そうやって調べた結果、不自然な費用がかかっている場所が幾つかありました。実際に行って確認した結果、実際には工事をしていないだろうとわかりました。
 ですがそれでは、不明な費用が何処に消えたかがわからない。更にはそういった不正流用を行う理由もわかりませんし、それを見逃す領主館の組織がどうなっているかも疑問が出てきます」

 確かに公開資料に、そういった事が載っている可能性は低い。
 そこは直接的な資料を領主館で探すか、事情を知っている者から聴取するしかないだろう。

「それで明日、2年前の4月に退職した領宰のエルネストさんに話を聞こうと思っています。エルネストさんはロザンナの父親で、今は引退してスカボーニの村にいます。ですのでアポイント無しでもおそらくは大丈夫だろうと思っています」

 確かにそれなら大丈夫だろうし、参考になる話を聞けるだろう。
 そう思ったところで、今度はロザンナが口を開く。

「3月に高等学校を卒業する直前、父から手紙が来ました。
『領内情勢が危険だから、帰領は見合わせるように』
 手紙の普通の文章に隠した暗号で、そう書かれていました。ですので卒業後も帰領を見合わせ、王都ラツィオに居残っていたのです。結局は領主名の手紙で戻らざるを得なくなりましたけれど」

 わざわざ暗号で知らせてきたという事、そしてそれを今此処で言ったという事は、こういう意味だろう。

「つまりエルネストさんからの手紙も検閲されている可能性があったという事か。更には監視されている可能性があると」

「ええ」

 ロザンナではなくイレーネが頷いて、そして続ける。

「ですがどう危険なのか、実際に領主館はどういう体制で動いているのか。今はわからないままです。このまま領主館に直接乗り込んだ場合は、重要な物証や関係者を逃す可能性があります。
 ですからその前に、少しでも領主館側の情報を知っておきたいのです。エルネストさんが領主館を離れたのは2年前ですが、少なくとも当時の人事異動で何があったのかはわかります。それに領内に住んでいて昔からの有力者でもある以上、それ以降の情報を持っている可能性も高いと思うのです」

 妥当な方針だと俺は思う。

「わかった。それでは明日、俺も同行しよう。俺でもある程度は偵察魔法で周囲の人間を確認可能だ。いざという時には巡見使としての監査という事にも出来る。
 ただ巡見使という立場は出来れば使いたくない。監視がいても出来れば睡眠魔法で眠らせる位で済ませようと思う。それでいいか?」

「すみません。よろしくお願いします」

 明日の方針は、とりあえずこれで決定だ。
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