ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀

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拾遺録6 俺達の決断

25 スカボーニの村

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 翌朝、俺とイレーネ、ロザンナの三人でスカボーニの村へと向かう。
 村はテモリの街から概ね2離半5km
 テモリの街の街門を超高速移動魔法でパスした以外は、移動魔法を使わずゴーレム車で普通に街道を走っていく。

 道は少々荒れていてひび割れが多く、端から草が伸び始めている。

「夏になるまでに手入れしないと、雑草で道幅が半分くらいになりそうだ」

「書類上は昨年3月頃に整備したことになっています。ですがここの状況を見る限り嘘のようです。本来の方法で地盤まで焼けば、5年は・・・草が出ないはずですから」

 その通りだ。
 道路舗装の状態を見て整備状況を確認するのは、商人や冒険者がその土地の領主家を判断するのに使う一般的な方法。

 領主家が道路の整備といった地味だが大事な事業に金を使える経済力と判断力があるか。
 これで領主家の姿勢や領財政について判断するわけだ。
 だから俺も、見ただけである程度のことはわかる。

 しかしイレーネは冒険者ではない。
 冒険者証はこの前取ったものの、本職の冒険者ではないし、昨年秋までは王都で学生をしていたはずだ。
 なぜ『本来の方法で整備したら、5年は路面から草が出ない』ことを知っているのか。
 
 何らかの機会に勉強して知った。
 領主家の人間として必要だと判断して。
 おそらくはそんなところだろう。

 その姿勢が報われてほしいとは思う。
 しかしそれでも、領主なんて重くて苦労する役目を背負わせるのは正しいのかがわからない。
 
 判断するのは俺ではなく、イレーネ自身だ。
 そしてイレーネは、既に判断しているだろうとはわかっている。
 それでもこれでいいのか、このままでいいのか。
 俺はもやもやした気持ちのままでいる。

 さて今のところ、俺たちのゴーレム車に不審な反応をする者はいない。
 もし領主館やベニーニ商会等の手先がエルネスト氏を見張っているのなら、こちらを見てそれなりの反応を見せるだろう。

 目視できるくらいの距離でそうした動きを見せれば、俺程度の偵察魔法でも魔力の動きで気付ける。
 そうなれば睡眠魔法で眠らせるなり、それ以外の魔法で邪魔したりとどうにでもできるわけだ。

 この周辺は台地の上だ。ごくごく緩やかな斜面になっていて、周囲が切り拓かれて畑になっている。
 偵察魔法で道の先を確認。簡単な村壁と村門が見えた。
 そこそこ魔物が出る場所に見られる、よくあるタイプだ。

 村門には衛士らしい者が1人、門の脇にある監視小屋内で椅子に座って警備している。
 門番が着ている服は、正規のアコルタ領衛士隊のものだ。
 大分着崩しているけれど間違いない。

 ほかに監視小屋の奥の部屋で1人、男が寝ている。
 監視している男と寝ている男の交代で、ここの警備をしているのだろう。

 さて、普通はこの規模の村なら、門番は村人から交代で出す。
 よほど裕福な領地でもない限り、領主家からわざわざ衛士を出すなんてことはしない。
 村の警備とは別の意図を持った見張りという可能性を、どうしても考えてしまう。
 
 この速度でゴーレム車を走らせると、1分もしないうちに向こうに見つかってしまう。
 ゴーレム車をこの辺で止めて、眠らせるなり何なりした方がいいだろう。

「何かあったのでしょうか」

 俺がゴーレム車の速度を落としたところで、ロザンナが心配そうに尋ねた。

「村門に領騎士団の制服を着た衛士がいる。多分見張りを兼ねているのだろう」

「私が知っている頃は、村門は村人の自主警備でした。ですからきっとその通りです」

 元地元民が言うのなら間違いないだろう。
 
「なら周辺から魔物が出てこないかを確認してから眠らせる。魔物は……村壁から2離4kmの範囲にはいなそうだ」

 もっと時間をかければ、周囲10離20kmくらいの範囲は確認可能だ。
 しかし今はこの程度で問題ない。
 必要があれば、話し合いが終わった後に徹底的にやればいいだけだ。

「衛士は村門に1人、他に交代要員らしいのが1人、監視小屋の奥で寝ている。他にもいるかもしれないから、眠った後に少し様子を見る」

 普通に考えれば交代要員と2人だけだろう。
 しかし用心はしておいた方がいい。
 
 偵察魔法で相手の位置が確認できていれば、2離4km程度先からも睡眠魔法をかけることは可能だ。
 今現在は半離1kmもないから余裕。
 睡眠魔法をかけた衛士が座ったまま眠り始め、奥の部屋で寝ている奴も睡眠魔法が効いているのを確認しつつ、衛士の周辺や村の様子を確認。

「衛士は眠らせた。眠っている奴も目が覚めない程度にしたし、交代要員らしい動きもない。それじゃ出発する」

 俺はゴーレム車を発進させる。

 ◇◇◇

 村門手前でゴーレム車を降りて、ゴーレム馬とゴーレム車を自在袋に収納。
 熟睡している衛士の前を通り、村門の中へ。
 歩きでエルネストさんの家に向かう。

 元々エルネストさんはこの村の代官だったそうだ。
 しかし先代領主、イレーネの祖父に取り立てられ、領宰にまで出世した。
 
 だから元々の実家はこの村にあるが、イレーネやロザンナが領にいた頃はテモリの街中にも家があった。
 しかし現在、街中の家は別の人が住んでいるそうだ。

 その辺りの経緯も実ははっきりしない。
 領宰を辞した後に村に自分から帰ったのか、帰らされたのかも。

 さて、この村だ。
 狭い家がぎっちり、ぎゅうぎゅうに詰まって建っている。
 門や塀はどの家にもない。

 このサイズの村なら、このような構造は割と一般的だ。
 村壁を造って維持するにはそれなりの金がかかる。
 それでも村壁がないと、魔物や魔獣が入ってくる可能性があって危険だ。

 だから村壁はぎりぎりの広さに造り、中にぎゅうぎゅう詰めに家を建てる。
 どこぞの村みたいに塀がなくても魔物が出てこないなんてのは、他には王都付近くらいしかあり得ないのだ。
 あの村を参考にしてはいけない。
 生まれ育った村だから、ついつい基準にしてしまいそうになるけれど。

 そう、この村は普通の村だ。
 建物がどれも古びていて、通り沿いでも解体されている建物があるけれど、それを含めて珍しいというほどではない。

 外を歩いている人は見かけない。
 しかし人の魔力はあちこちで感じる。
 家の中で作業をしているのだろうか。

 今は冬だから畑仕事はほとんどない。
 そしてこの規模の村なら常設の店舗等もないのが普通だ。
 だからこの状態は決しておかしくないのだけれど……

「昔はもっと賑やかだったはずです」

 ロザンナがそう言うけれど、俺はこの村のことを知らない。
 だから否定も肯定もできない。

「冬のこの時期は農作業がほとんどありません。でも木材を伐採したり木炭づくりをしたり、村で糸を仕入れて織物をつくったり、仕事はあったはずなんです。その収入で子供を学校にやったり、服やちょっとした贅沢品を買ったりして。行商人さんも中央通り、以前ここにあった小屋に昼間はだいたい常駐していて、子供がお菓子を買いに来たりなんてしていたんです。
 でもそういえば、子供がいません……」

 何かあったのは、間違いないのかもしれない。
 そう思いつつ、俺たちは村の中心方向へと歩いていく。
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