ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀

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拾遺録6 俺達の決断

26 予感

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 他の家より少しだけ大きい家の扉を、ロザンナがノックする。
 2回、3回、1回。
 妙なノックの仕方だが、これも何か暗号みたいなものだろうか。

 扉が半分ほど開かれた。

「どうぞ中へ」

 ロザンナがそう小声で言うので、ロザンナとイレーネに続いて中へ。
 中はそこそこ広い土間で、その奥が板の間という、この辺の農家では一般的な造り。
 扉を開けてくれたのは壮年の女性で、すぐ側には壮年の男性も立っている。

「イレーネ様、よくぞご無事で。衛士がいたと思いますが、大丈夫だったでしょうか」

 壮年の男性がイレーネにそう声をかけた。
 おそらく彼がエルネストさんだろう。

「ええ。門の警備小屋にいた衛士2名は睡眠魔法で眠らせました。他に眠らせておいたほうがいい者はいますか。魔物は空属性魔法で確認したところ、周囲1離2kmにいないそうなので、心配いりません」

「それなら大丈夫です。領主館がつけた衛士は2名だけですから。何時間くらいで目を覚ますでしょうか」

 この辺はイレーネに説明してあるから問題ない。

「何もしなければ2時間程度です。ただ時間がかかるなら、ここからでも追加で睡眠魔法をかける事が可能だそうです。また偵察魔法で周囲を確認しているので、魔物やそれ以外、望まない客が近づいてもすぐにわかるそうです」

 今では俺も、このくらいのことは出来る。
 苦手だった空属性も水属性の発展系である生命属性も、必要に迫られて特訓した結果だ。

「なるほど、それは凄い。もしよろしければ紹介していただけますでしょうか」

「ええ、今回依頼をお願いした冒険者のカイルさんです。そしてこちらがアコルタ領の元領宰のエルネストさんです」

「はじめまして、冒険者のカイルと申します」

「今は無役のエルネストです」

 定型的な紹介と挨拶を終えた後。

「実は私、帰ってすぐに幽閉されそうになったため、現在のアコルタ家やアコルタ領がどうなっているのかよくわかりません。それで今日は領の現状を、わかる部分だけでいいので伺おうと思って参りました。急で申し訳ありませんが、よろしいでしょうか」

「ええ、もちろんです。それでは奥へどうぞ」
 
 どうやら接触は上手く行った様だ。
 そう思いつつ俺は、エルネストさんやイレーネ、ロザンナの後をついていく。

 ◇◇◇

 事前に調べておいた知識のおかげで、エルネストさんの話の内容は理解できた。
 レノアとベニーニ商会会長マルコミュゼルによる、アコルタ子爵家乗っ取りだ。

「元々フリスト様は長らく王都ラツィオにおられたので、テモリを中心としたアコルタ領にあまりご縁はありません。ですから7年前にダニエーレ様が倒れられ、領主の代行に就かれた後、領内の有力者であるプリモラ商会会頭の娘レノアと婚姻して、領内との繋がりを強めようとしたのです。しかしこれが失敗でした。レノアの手引きで、ベニーニ商会関係者が領主館に入り込み、数の力で領政をねじ曲げ始めたのです。それでも以前からの臣下で何とか支えていましたが、2年前にフリスト様が亡くなった後は……」

 フリスト領主代行の時代から、既にレノア派というかベニーニ商会側の人間が領主館に入り込んでいた訳か。
 少しひっかかる。

 レノアはプリモラ商会の会頭の娘と言っていた。
 しかしここでの商会関係者とは、ベニーニ商会の様だ。

 以前ヒューマに聞いた話では、ベニーニ商会とプリモラ商会は別勢力だった筈だ。
 どちらも領内の大手商会ではあったけれども。
 なお過去形で言っているのは、プリモラ商会は少し前に潰れているからだ。
 潰れた理由は俺達というか、ヒューマの商会活動のせいだけれど、それは今は関係ないから別として。

 疑問を抱えたまま、話題は本来のアコルタ子爵家当主であるダニエーレへと移る。
 ダニエーレの姿は、ここ数年誰も見た者がいないらしい。

「殺されてはいないと思います。今の状態で万が一死亡が発覚した場合、後継はイレーネ様以外は認められないでしょうから。せめてイレーネ様を外部へ正式に嫁がせるか、テレンスを正式にダニエーレ様の養子にするまでは、ダニエーレ様に亡くなられては困る筈です。領主館にいないということは、ブッカロの村にある別邸で軟禁しているのでしょう」

 場所さえわかれば、俺でも偵察魔法を使って居場所を探ることが可能だ。
 何なら後で近くまで行ってみてもいいかもしれない。

 更に現在の領政そのものについても聞いてみた。

「酷いものです。たとえば領内にある3つの村は、ここ数年で一気に寂れてしまいました。
 今から5年前、領内の村3つに常駐の衛士を置き、通過する行商人に領独自の通行税を課すという政策がはじまりました。魔物や魔獣に対する安全対策という名目です。

 この領独自の通行税がかなり高額だったため、行商人が村へと来なくなりました。これは日常品の買い物に支障を来すだけではなく、行商人を仲介して村で副業的に行う加工業等も立ち行かなくなりました。

 その為に村で支えられる人数が少なくなり、若くて他の街等でも働ける者が村から出て行かざるを得なくなりました。結果、村はこの5年で一気に寂れ、今では村を離れられない老人ばかりの状態です」

 なるほど。
 ロザンナが言っていたことは、事実だった様だ。

 そして俺は、ここでも疑問を感じた。
 時間というか事案が発生した年月がおかしいと。

 今の話によると、通行税の制度は5年前に始まっている。
 これはフリスト氏が就任して2年目、数え方を変えればフリスト氏が亡くなる3年前だ。
 つまり領政がおかしくなったのは、フリスト氏が亡くなってからではない。
 その頃には既に、領内政治の実権はレノア派に移っていたという事だろうか。
 
「更に水路や道路、山林の保守にかかる金額を大幅に抑制しました。
 領の経費として支出してはいるのです。しかし業務を受けたベニーニ商会はやったという書類だけを提出して、実際には何もやっていません。
 そうやって支出した費用の3割が当該商会と仲介者であるベニーニ商会、残り7割が領主家に環流されている様です」

 一度引っかかると、此処でも話が引っかかる。
 少なくともここへ来る道路は、5年以上整備されていないように見える。
 そして用水網も、整備をやめてすぐに使えないものが出るという訳ではない。
 山林整備を怠った結果の、山崩れ等もだ。

「更にですが、領主家としての行政能力が一気に落ちてきています。これは旧来の部下で言う通りに動かない者を排除して、レノア派で固めた結果です。
 この結果、本来は徴税額を決める為に毎年行う資産評価すら、テモリ中心部以外では実施できていない状態となっています。
 更には領騎士団を廃止し衛士隊に再編した際、やはり幹部を一気にすげ替えました。ですが幹部の能力が低く、まともに魔物討伐が出来なくなった為、周辺の魔物や魔獣の数が一気に増えてしまいました。
 ですがここ半年、一気に周囲の魔物が減った様です。これは領主家の働きでは無く、テモリに新たに拠点を設けた冒険者集団のおかげと聞いています」

 全てレノアを悪者にしている、そんな感じがする。
 素直に信じていいのは、魔物が減った件だけだろう。
 これは俺たちの集団クランや、更にその前段階で俺だのイリアだのエミリオだのが狩りまくった結果だ。

 なるほど、俺はルディがこの前、王都で俺に説明したことを、やっと理解した。

『国や領主家とは別の秩序が入り込み、どうしようもない場所へと変わっていく』

 これを聞いた時には、『犯罪組織等』が『領地内の管理されていない場所』に入り込むことだと思っていた。
 しかし本当はきっと、『領政』に『本来あるべき領政とは違った何か』が入り込むことも含まれているのだろう。
 まさに今、俺が感じた様に。
 
 フリスト氏の死亡を機にレノアが、という単純な話ではない。
 少なくともフリスト氏が亡くなる3年前、ついでに言うとフリスト氏が就任して2年目には、おかしくなりはじめていたのは確かだ。

 その頃にはもう、レノア派が主流になっていたのだろうか。
 フリスト氏ですらもう手出しが出来ない状態になっていたのだろうか。

『レノアの手引きで、ベニーニ商会らの関係者が領主館に入り込み、数の力で領政をねじ曲げ始めた』
 
 エルネストさんは、それが全ての原因の様に言っていた。
 でも領主代行の妻でしかないレノアが、そこまで領政だの人事だのを動かせるものなのだろうか。
 ただ、エルネストさんにここで聞いても、正しく返答して貰えない気がした。
 ここは、とりあえず無難におだてておく。 
 
「それにしても、さすがです。2年前に領主館を出た後の事まで、こうやって状況を把握していらっしゃるとは」

「残念ながら、これは私のふがいなさの証明みたいなものです。
 領主館で勤務している者のほとんどは、レノア派の動きを快く思っておりません。だから何とかならないかということで、私のところまで情報を知らせにやってきてくれる。
 ですが残念ながら、私は動ける状態ではありません。監視とともにこの村そのものを人質にとられた状態です。他の元重臣も同じような状況でしょう」

 何かがおかしい。
 何か重要な部分が語られていない、もしくは誤魔化されている。
 そんな気がする。
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