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第7部 才能と現実の壁
1-2いつだって攻めの気持ちを忘れちゃいけないよね
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夜九時半。シーンと静まり返った、屋根裏部屋。私は、机の前に座布団をしいて、空中モニターを見つめていた。昇級試験は、全てクリアしたけど、この時間は変わらず、勉強を続けている。
ただ、最近は、学習ファイルではなく、スピを検索するのがメインだった。様々な情報を調べたり、色々と勉強になりそうな記事や本を、次々探して読んでいる。質の高い接客をするには、たくさんの知識や情報が必要だからだ。
昇級試験の知識は、仕事では、実際に使うことは、ほとんどない。それよりも、今の流行や話題を押さえるほうが、はるかに重要だ。楽しい観光案内には、話題の豊富さは、必須だからね。
以前は、検索が物凄く苦手で、あまりやってなかったんだけど。毎日、調べ物をしていたら、さすがに慣れて来た。単に、面倒だっただけで、スピも上手く使えば、物凄く便利だ。
ちなみに、この屋根裏部屋に住み始めてから、二年以上が経つ。でも、部屋の中は、最初のころと、ほとんど変わっていなかった。
変わったと言えば、座布団が三枚になったこと。あと、折り畳みテーブルを、用意したぐらいかな。これは、来客時に使うためのものだ。
まぁ、来客といっても、ナギサちゃんとフィニーちゃんしか、来ないけどね。そもそも、何人も入れるような広さじゃないので……。
ただ、フィニーちゃんが、狭いところが大好きらしく、屋根裏部屋を、ことのほか気に入っていた。なので、たまに、ここで食事会をやっている。三人だと、滅茶苦茶、狭いけど、これはこれで楽しかった。
他は、ほとんど変わっておらず、机の上に、ほんのちょっと、小物が増えたぐらい。でも、これらは、百ベルショップで買ってきた、安物だ。相変わらず、見習い時代と同様に、質素倹約をしている。
友人と外食に行く時は、そこそこのお店に行くけど。部屋で一人で食事をする時は、一食、三百ベルの生活を続けている。
うちの会社は、歩合制じゃないし、十分なお給料をもらっていた。中小企業の中では、むしろ、かなり高い水準だ。なので、ここを出て、ちゃんとした部屋を借り、普通に生活することだってできる。
でも、私は、この慎ましい生活を、変えるつもりはなかった。やっぱり、初心を忘れては、いけないと思うからだ。ここに住んでいると、新人時代のことを、嫌でも思い出す。
たくさんの辛い経験があったし、ぎりぎりの生活で、日々ひもじい思いもした。しかし、だからこそ、今の私があると思う。成長できたのは、色々な苦労があったからだ。
それに、私のゴール地点は、エア・マスターじゃない。なので、絶対に、気を緩める訳にはいかなかった。もし、少しでも満足したら、一生このままで、終わってしまいそうな気がするから――。
黙々と勉強を続けていると、マギコンから、着信音が鳴り響いた。送信者名を確認すると、やはり、ユメちゃんからだ。いつも、ほぼ決まった時間に、メッセージが飛んでくる。
ユメちゃんとのELのやり取りは、リアルでの一件があってからも、ずっと続いていた。こっちに来てから二年以上、毎日、休まずやり取りしている。もはや、欠かすことのできない、日課の一つだ。
私は急いで、ELを起動する。
『風ちゃん、こんばんは。元気してる?』
『こんばんは、ユメちゃん。元気元気、超元気! そっちはどう?』
『うーん、ぼちぼちかなぁ。てか、学校、超疲れたよー』
『勉強、お疲れさま』
ユメちゃんは、私に宣言した通り、一年前の四月から、学校に通い始めた。学力は十分にあるので、三年生からの編入も可能だった。ユメちゃんの父親の、知り合いの学長さんも、途中編入を、快く受け入れてくれたそうだ。
しかし、ユメちゃんは、あえて、一年生から再スタートした。つまり、他の子と比べ、二年遅れだ。普通だったら、二年も遅れるなんて、絶対に嫌がると思うんだけど。ユメちゃんの、強い意向によって、一からやり直すことになった。
久々の社会復帰なので、最初は、かなり苦労していた。でも、今では、すっかりなじんでいる。まぁ、元々勉強は、全く問題なかったわけだし。あとは、精神的な問題だけなんだよね。
『勉強は好きだから、いいんだけどねぇ。今日は、体育の授業があったんだよー』
『へぇー。叡智学館でも、体育の授業ってあるの?』
『それがねぇ、あるんだよー。優れた叡智には、健康な肉体も必要だって――』
『それは、確かに、一理あると思うなぁ。シルフィードにも、体力は必要だし』
ユメちゃんは、元々〈西地区〉にある、普通の中学校に通っていた。でも、新たに学校に通い始める際〈北地区〉にある〈ナターシャ叡智学館〉に転校したのだ。
ここは、四つあるシルフィード校のうちの一つ。『叡智の魔女』の名を冠している通り、学問に力を入れており、この町の中で『最も学力が高い』と言われている。学内には、巨大な図書館があり、ユメちゃんは、これが目当てで入ったらしい。
通常は、普通の中学に一年、通ってから、シルフィード校で、二年間、専門知識を学ぶ。でも『ナターシャ叡智学館』は、一貫教育で、普通科もある。そのため、一年から三年まで、ずっと一ヶ所で学べるのだ。
『それは、分かるんだけどさぁ。運動は、超苦手なんだよね。私、昔から運動神経サッパリだし』
『運動神経は、置いといて。もうちょい、体力は付けたほうが良さそうだね』
ユメちゃんは、今では、ごく普通の生活をしている。でも、学校以外は、昔の引きこもり時代と、ほとんど、変わらないんだよね。家に帰ってきたら、すぐに、ベットに寝っ転がって、深夜まで本を読んでいるらしい。
『どうすれば、体力つくかな?』
『うーむ……。じゃあ、一緒に、今年のノア・マラソン出て見る?』
『えぇー?! 無理無理!! 五十キロなんて、絶対に死ぬから!』
『大丈夫だよ。確かに、死にそうにはなるけど、実際には死なないから』
一昨年、出場した時は、本当に死にそうになったけどね――。
『風ちゃんだって、あんなに苦労してたんだから。私には、絶対に無理だよ。百メートル走だって、息絶え絶えなんだし』
『あははっ、それは重症だね』
なんだか、ヘロヘロになって走っているユメちゃんの姿が、目に浮かぶようだ。でも、人には、向き不向きがあるから、しょうがないと思う。彼女は、どう考えたって、頭脳労働向きだ。
『友達と、どっかに遊びに行ったりとかは、しないの? 遊びに行くだけでも、体力つくんじゃない?』
『学校帰りに、寄り道したりはするけど。お茶したり、軽くお店を見たりぐらいかな。大人しい子が多いし』
『やっぱり、叡智学館は、大人しい子が多いの?』
『中には、普通に元気な子もいるよ。でも、私のグループは、本好きが多いから。全員、インドアタイプなんだよねぇ』
なるほど、付き合う友達にもよるよね。私の中学時代の友達って、全員、陸上部だったから、滅茶苦茶、アクティブだったんだよね。全員、体力が無尽蔵だったし。
『友達は、一杯できた?』
『一杯じゃないけど、仲のいい子は、二人できた。毎日、顔を合わせるたびに、本の話をして、凄く楽しいよ』
『そっかー、仲のいい友達ができて、本当によかった。正直、ちょっと、心配だったんだ』
『私、風ちゃんみたいに、コミュ力高くないけど。普通に話すぐらいなら、できるからね』
ユメちゃんは、基本、明るい子だ。知識が多いから、話題も豊富だし。コミュニケーションで、苦労することはないと思う。ただ、私は、心の傷のほうを、気にしていたのだ。でも、今ではすっかり、過去のことは、吹っ切れた感じがする。
『だよねぇ。まぁ、親心ってやつだよ』
『って、風ちゃんは、いつから、私のママになったの!』
『あははっ』
やはり、あの一件を知ってから、ずっと彼女のことが心配だ。でも、今のところ順調なようで、本当に良かった。
『風ちゃんのほうはどう? エア・マスターになって、仕事が増えたりしたの?』
『うーん……ボチボチ。最初のころに比べて、マシにはなったけど、相変わらずかなぁ。なかなか、ファンが増えなくて(涙)』
『風ちゃん、ファイトー!! 私が何度だって指名するから、超安心して!』
『毎度、ご利用、ありがとうございます』
実は、ユメちゃんが、定期的に指名を入れてくれている。リトル・ウィッチに昇進したあと、あまりにお客様がいなくて、ELで愚痴をこぼしたことがあった。そしたら、彼女が、指名を入れてくれるようになったのだ。
私は『悪いから、気を遣わないでいい』と、断ったんだけど。『私がやりたくて、やってるだけだから』と、ユメちゃんは、頑として引かなかった。それ以来、月に数回、予約を入れてくれているのだ。
ユメちゃん曰く『ファンが推しを応援するのは、当然の行為』らしい。今現在、私の唯一の、常連さんだ。
『でも、何でだろうね? 風ちゃんの観光案内、最高に楽しいのに』
『他のシルフィードの案内だって、普通に楽しいと思うよ。だから、強い個性とか、より多くの人に、知ってもらう必要があるのかも』
流石に、エア・マスターになると、かなりの技術や知識を持っている。当然、接客だって、みんなレベルが高い。だから、他の人たちと同じレベルでは、なかなか認知されないのだ。
『風ちゃんは、十分、個性的だと思うけどなぁ』
『えっ、どんなところが?』
『滅茶苦茶、元気だし。何か、話してて、肩こらないんだよね』
『うーむ。それって、個性って言えるのかな――?』
元気なのは、昔からだし、私の強みの一つだ。でも、個性というには、弱いと思う。それに、肩が凝らないって、風格や印象が薄い、ってことじゃないだろうか?
『もちろん、個性だよ。こっちも元気になるし。あと、距離感が近くて話しやすいのも、立派な個性だと思うよ』
『でも、それって、私とユメちゃんは、歳が近くて友達だからじゃない? 歳の離れたお客様も、多いからね』
実際、私の案内するお客様は、ほとんどが年上だった。
『元気さと、コミュ力の高さは、相手の年齢は関係なく、喜んでくれると思うけどなぁ。風ちゃんって、誰とでも、すぐに仲良くなるでしょ?』
『そうだね。気付いたら、仲良くなってる感じ』
『なら、年齢とかは、関係ないよ。誰とでも、友達になっちゃうんだから』
『うーむ。そうなのかなぁ……。距離感については、結構、考えることが多いんだよね。リリーシャさんの場合、しっかり、距離をとってるし』
リリーシャさんに、限ったことではない。シルフィードは、仕事としてやっているのだから、お客様と距離を置くのは、普通のことだ。私のように、友達感覚で、踏み込んで付き合っていいのか、常々疑問に思っていた。
『お客様と、本気で仲良くなること?』
『うん。もっと距離を置いて、サラッと対応すべきなのかなぁ、なんて思ったりもするんだけど。私、つい踏み込んじゃうんだよねぇ』
『いいじゃん。誰とでも仲良くなる、フレンドリーなシルフィード。私は、そっちのほうが、好きだなぁ』
『本当に、そう思う? 慣れ慣れしくないかな?』
本来シルフィードとは、美しくて上品な存在だ。一般の人から見れば、高嶺の花。そんな簡単に、手の届く距離にいる、軽い存在ではない。特に、上位階級の人たちは、みんな、雲の上の存在のような感じだ。
『そんなことないよ! 絶対に、今のままがいいから。あとは、何かのキッカケで、世に知れ渡れば、間違いなく、人気になると思うんだけどなぁ』
『問題は、そこだよね。なかなか、そういう機会がなくて』
大企業と違って、メディアに露出する機会は、滅多にない。リリーシャさんは、割と頻繁に、取材を受けたりしてるけど。私は、一度も経験がない。
『また、ノア・マラソンに、出てみるとか? イベントで目立つのが、一番、手っ取り早くない?』
『それも、考えたんだけどね。一応、来月の「ノア・グランプリ」は、出てみたいなぁ、と思ってるよ』
『それ、いいじゃん! MVに映れば、間違いなく注目されるよ』
『まぁ、出場できればだけどね。予選もあるし、機体も用意しなきゃだから』
ちなみに、昨年のノア・マラソンは、参加を断念した。本当は出たかったんだけど、立て続けに問題を起こしたら、非常にマズイので。
でも、今は、エア・マスターだし、出ても怒られたりはしないと思う。さすがに、ほとぼりも冷めてると思うし。ただ、その前に、空の祭典の『ノア・グランプリ』があるのだ。
『風ちゃんなら、大丈夫だよ! サファイア・カップでも、準優勝だったし。ノア・マラソンだって、何だかんだで、完走したじゃない。不可能を可能にするのが、風ちゃんなんだから』
『マメに、SNSをやるような性格じゃないし。もう、完全に、その路線で行くしかないのかもね。無茶な挑戦は、割と好きだからいいけど』
SNSに動画をアップして、自分を売り込むような、戦略的なことは、私には無理だ。頭を使うのは苦手だから、結局は、体を張るしかないんだよね――。
『そうだよ、行っちゃえ、行っちゃえー!! 全力で応援するから、大丈夫!』
『また、営業停止になったら、慰めてね……』
『オッケー、任せて! 祝勝会でも残念会でも、何でもやってあげるし。最悪、私が風ちゃんを、養ってあげるから』
『あははっ、なら安心だね』
応援してくれるのは、凄く嬉しいけど、養うって――。ユメちゃんが言うと、冗談に聞こえない。
その後も、色んな世間話で、盛り上がった。本当は、私がユメちゃんを、元気づけてあげなきゃ、ダメなのに。結局、私のほうが、元気や勇気をもらっている。
ダメだなぁー、私。色んな意味で、もっと突っ走って行かないと。昇級してから、完全に、守りに入っちゃってるもんね。
よし、これからも無茶をやって、上を目指して頑張りまっしょい!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『どんなに成長しても人の本質は変わらない気がする』
僕も君も、ごく普通で本質的にありきたりな人間だ
ただ、最近は、学習ファイルではなく、スピを検索するのがメインだった。様々な情報を調べたり、色々と勉強になりそうな記事や本を、次々探して読んでいる。質の高い接客をするには、たくさんの知識や情報が必要だからだ。
昇級試験の知識は、仕事では、実際に使うことは、ほとんどない。それよりも、今の流行や話題を押さえるほうが、はるかに重要だ。楽しい観光案内には、話題の豊富さは、必須だからね。
以前は、検索が物凄く苦手で、あまりやってなかったんだけど。毎日、調べ物をしていたら、さすがに慣れて来た。単に、面倒だっただけで、スピも上手く使えば、物凄く便利だ。
ちなみに、この屋根裏部屋に住み始めてから、二年以上が経つ。でも、部屋の中は、最初のころと、ほとんど変わっていなかった。
変わったと言えば、座布団が三枚になったこと。あと、折り畳みテーブルを、用意したぐらいかな。これは、来客時に使うためのものだ。
まぁ、来客といっても、ナギサちゃんとフィニーちゃんしか、来ないけどね。そもそも、何人も入れるような広さじゃないので……。
ただ、フィニーちゃんが、狭いところが大好きらしく、屋根裏部屋を、ことのほか気に入っていた。なので、たまに、ここで食事会をやっている。三人だと、滅茶苦茶、狭いけど、これはこれで楽しかった。
他は、ほとんど変わっておらず、机の上に、ほんのちょっと、小物が増えたぐらい。でも、これらは、百ベルショップで買ってきた、安物だ。相変わらず、見習い時代と同様に、質素倹約をしている。
友人と外食に行く時は、そこそこのお店に行くけど。部屋で一人で食事をする時は、一食、三百ベルの生活を続けている。
うちの会社は、歩合制じゃないし、十分なお給料をもらっていた。中小企業の中では、むしろ、かなり高い水準だ。なので、ここを出て、ちゃんとした部屋を借り、普通に生活することだってできる。
でも、私は、この慎ましい生活を、変えるつもりはなかった。やっぱり、初心を忘れては、いけないと思うからだ。ここに住んでいると、新人時代のことを、嫌でも思い出す。
たくさんの辛い経験があったし、ぎりぎりの生活で、日々ひもじい思いもした。しかし、だからこそ、今の私があると思う。成長できたのは、色々な苦労があったからだ。
それに、私のゴール地点は、エア・マスターじゃない。なので、絶対に、気を緩める訳にはいかなかった。もし、少しでも満足したら、一生このままで、終わってしまいそうな気がするから――。
黙々と勉強を続けていると、マギコンから、着信音が鳴り響いた。送信者名を確認すると、やはり、ユメちゃんからだ。いつも、ほぼ決まった時間に、メッセージが飛んでくる。
ユメちゃんとのELのやり取りは、リアルでの一件があってからも、ずっと続いていた。こっちに来てから二年以上、毎日、休まずやり取りしている。もはや、欠かすことのできない、日課の一つだ。
私は急いで、ELを起動する。
『風ちゃん、こんばんは。元気してる?』
『こんばんは、ユメちゃん。元気元気、超元気! そっちはどう?』
『うーん、ぼちぼちかなぁ。てか、学校、超疲れたよー』
『勉強、お疲れさま』
ユメちゃんは、私に宣言した通り、一年前の四月から、学校に通い始めた。学力は十分にあるので、三年生からの編入も可能だった。ユメちゃんの父親の、知り合いの学長さんも、途中編入を、快く受け入れてくれたそうだ。
しかし、ユメちゃんは、あえて、一年生から再スタートした。つまり、他の子と比べ、二年遅れだ。普通だったら、二年も遅れるなんて、絶対に嫌がると思うんだけど。ユメちゃんの、強い意向によって、一からやり直すことになった。
久々の社会復帰なので、最初は、かなり苦労していた。でも、今では、すっかりなじんでいる。まぁ、元々勉強は、全く問題なかったわけだし。あとは、精神的な問題だけなんだよね。
『勉強は好きだから、いいんだけどねぇ。今日は、体育の授業があったんだよー』
『へぇー。叡智学館でも、体育の授業ってあるの?』
『それがねぇ、あるんだよー。優れた叡智には、健康な肉体も必要だって――』
『それは、確かに、一理あると思うなぁ。シルフィードにも、体力は必要だし』
ユメちゃんは、元々〈西地区〉にある、普通の中学校に通っていた。でも、新たに学校に通い始める際〈北地区〉にある〈ナターシャ叡智学館〉に転校したのだ。
ここは、四つあるシルフィード校のうちの一つ。『叡智の魔女』の名を冠している通り、学問に力を入れており、この町の中で『最も学力が高い』と言われている。学内には、巨大な図書館があり、ユメちゃんは、これが目当てで入ったらしい。
通常は、普通の中学に一年、通ってから、シルフィード校で、二年間、専門知識を学ぶ。でも『ナターシャ叡智学館』は、一貫教育で、普通科もある。そのため、一年から三年まで、ずっと一ヶ所で学べるのだ。
『それは、分かるんだけどさぁ。運動は、超苦手なんだよね。私、昔から運動神経サッパリだし』
『運動神経は、置いといて。もうちょい、体力は付けたほうが良さそうだね』
ユメちゃんは、今では、ごく普通の生活をしている。でも、学校以外は、昔の引きこもり時代と、ほとんど、変わらないんだよね。家に帰ってきたら、すぐに、ベットに寝っ転がって、深夜まで本を読んでいるらしい。
『どうすれば、体力つくかな?』
『うーむ……。じゃあ、一緒に、今年のノア・マラソン出て見る?』
『えぇー?! 無理無理!! 五十キロなんて、絶対に死ぬから!』
『大丈夫だよ。確かに、死にそうにはなるけど、実際には死なないから』
一昨年、出場した時は、本当に死にそうになったけどね――。
『風ちゃんだって、あんなに苦労してたんだから。私には、絶対に無理だよ。百メートル走だって、息絶え絶えなんだし』
『あははっ、それは重症だね』
なんだか、ヘロヘロになって走っているユメちゃんの姿が、目に浮かぶようだ。でも、人には、向き不向きがあるから、しょうがないと思う。彼女は、どう考えたって、頭脳労働向きだ。
『友達と、どっかに遊びに行ったりとかは、しないの? 遊びに行くだけでも、体力つくんじゃない?』
『学校帰りに、寄り道したりはするけど。お茶したり、軽くお店を見たりぐらいかな。大人しい子が多いし』
『やっぱり、叡智学館は、大人しい子が多いの?』
『中には、普通に元気な子もいるよ。でも、私のグループは、本好きが多いから。全員、インドアタイプなんだよねぇ』
なるほど、付き合う友達にもよるよね。私の中学時代の友達って、全員、陸上部だったから、滅茶苦茶、アクティブだったんだよね。全員、体力が無尽蔵だったし。
『友達は、一杯できた?』
『一杯じゃないけど、仲のいい子は、二人できた。毎日、顔を合わせるたびに、本の話をして、凄く楽しいよ』
『そっかー、仲のいい友達ができて、本当によかった。正直、ちょっと、心配だったんだ』
『私、風ちゃんみたいに、コミュ力高くないけど。普通に話すぐらいなら、できるからね』
ユメちゃんは、基本、明るい子だ。知識が多いから、話題も豊富だし。コミュニケーションで、苦労することはないと思う。ただ、私は、心の傷のほうを、気にしていたのだ。でも、今ではすっかり、過去のことは、吹っ切れた感じがする。
『だよねぇ。まぁ、親心ってやつだよ』
『って、風ちゃんは、いつから、私のママになったの!』
『あははっ』
やはり、あの一件を知ってから、ずっと彼女のことが心配だ。でも、今のところ順調なようで、本当に良かった。
『風ちゃんのほうはどう? エア・マスターになって、仕事が増えたりしたの?』
『うーん……ボチボチ。最初のころに比べて、マシにはなったけど、相変わらずかなぁ。なかなか、ファンが増えなくて(涙)』
『風ちゃん、ファイトー!! 私が何度だって指名するから、超安心して!』
『毎度、ご利用、ありがとうございます』
実は、ユメちゃんが、定期的に指名を入れてくれている。リトル・ウィッチに昇進したあと、あまりにお客様がいなくて、ELで愚痴をこぼしたことがあった。そしたら、彼女が、指名を入れてくれるようになったのだ。
私は『悪いから、気を遣わないでいい』と、断ったんだけど。『私がやりたくて、やってるだけだから』と、ユメちゃんは、頑として引かなかった。それ以来、月に数回、予約を入れてくれているのだ。
ユメちゃん曰く『ファンが推しを応援するのは、当然の行為』らしい。今現在、私の唯一の、常連さんだ。
『でも、何でだろうね? 風ちゃんの観光案内、最高に楽しいのに』
『他のシルフィードの案内だって、普通に楽しいと思うよ。だから、強い個性とか、より多くの人に、知ってもらう必要があるのかも』
流石に、エア・マスターになると、かなりの技術や知識を持っている。当然、接客だって、みんなレベルが高い。だから、他の人たちと同じレベルでは、なかなか認知されないのだ。
『風ちゃんは、十分、個性的だと思うけどなぁ』
『えっ、どんなところが?』
『滅茶苦茶、元気だし。何か、話してて、肩こらないんだよね』
『うーむ。それって、個性って言えるのかな――?』
元気なのは、昔からだし、私の強みの一つだ。でも、個性というには、弱いと思う。それに、肩が凝らないって、風格や印象が薄い、ってことじゃないだろうか?
『もちろん、個性だよ。こっちも元気になるし。あと、距離感が近くて話しやすいのも、立派な個性だと思うよ』
『でも、それって、私とユメちゃんは、歳が近くて友達だからじゃない? 歳の離れたお客様も、多いからね』
実際、私の案内するお客様は、ほとんどが年上だった。
『元気さと、コミュ力の高さは、相手の年齢は関係なく、喜んでくれると思うけどなぁ。風ちゃんって、誰とでも、すぐに仲良くなるでしょ?』
『そうだね。気付いたら、仲良くなってる感じ』
『なら、年齢とかは、関係ないよ。誰とでも、友達になっちゃうんだから』
『うーむ。そうなのかなぁ……。距離感については、結構、考えることが多いんだよね。リリーシャさんの場合、しっかり、距離をとってるし』
リリーシャさんに、限ったことではない。シルフィードは、仕事としてやっているのだから、お客様と距離を置くのは、普通のことだ。私のように、友達感覚で、踏み込んで付き合っていいのか、常々疑問に思っていた。
『お客様と、本気で仲良くなること?』
『うん。もっと距離を置いて、サラッと対応すべきなのかなぁ、なんて思ったりもするんだけど。私、つい踏み込んじゃうんだよねぇ』
『いいじゃん。誰とでも仲良くなる、フレンドリーなシルフィード。私は、そっちのほうが、好きだなぁ』
『本当に、そう思う? 慣れ慣れしくないかな?』
本来シルフィードとは、美しくて上品な存在だ。一般の人から見れば、高嶺の花。そんな簡単に、手の届く距離にいる、軽い存在ではない。特に、上位階級の人たちは、みんな、雲の上の存在のような感じだ。
『そんなことないよ! 絶対に、今のままがいいから。あとは、何かのキッカケで、世に知れ渡れば、間違いなく、人気になると思うんだけどなぁ』
『問題は、そこだよね。なかなか、そういう機会がなくて』
大企業と違って、メディアに露出する機会は、滅多にない。リリーシャさんは、割と頻繁に、取材を受けたりしてるけど。私は、一度も経験がない。
『また、ノア・マラソンに、出てみるとか? イベントで目立つのが、一番、手っ取り早くない?』
『それも、考えたんだけどね。一応、来月の「ノア・グランプリ」は、出てみたいなぁ、と思ってるよ』
『それ、いいじゃん! MVに映れば、間違いなく注目されるよ』
『まぁ、出場できればだけどね。予選もあるし、機体も用意しなきゃだから』
ちなみに、昨年のノア・マラソンは、参加を断念した。本当は出たかったんだけど、立て続けに問題を起こしたら、非常にマズイので。
でも、今は、エア・マスターだし、出ても怒られたりはしないと思う。さすがに、ほとぼりも冷めてると思うし。ただ、その前に、空の祭典の『ノア・グランプリ』があるのだ。
『風ちゃんなら、大丈夫だよ! サファイア・カップでも、準優勝だったし。ノア・マラソンだって、何だかんだで、完走したじゃない。不可能を可能にするのが、風ちゃんなんだから』
『マメに、SNSをやるような性格じゃないし。もう、完全に、その路線で行くしかないのかもね。無茶な挑戦は、割と好きだからいいけど』
SNSに動画をアップして、自分を売り込むような、戦略的なことは、私には無理だ。頭を使うのは苦手だから、結局は、体を張るしかないんだよね――。
『そうだよ、行っちゃえ、行っちゃえー!! 全力で応援するから、大丈夫!』
『また、営業停止になったら、慰めてね……』
『オッケー、任せて! 祝勝会でも残念会でも、何でもやってあげるし。最悪、私が風ちゃんを、養ってあげるから』
『あははっ、なら安心だね』
応援してくれるのは、凄く嬉しいけど、養うって――。ユメちゃんが言うと、冗談に聞こえない。
その後も、色んな世間話で、盛り上がった。本当は、私がユメちゃんを、元気づけてあげなきゃ、ダメなのに。結局、私のほうが、元気や勇気をもらっている。
ダメだなぁー、私。色んな意味で、もっと突っ走って行かないと。昇級してから、完全に、守りに入っちゃってるもんね。
よし、これからも無茶をやって、上を目指して頑張りまっしょい!
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次回――
『どんなに成長しても人の本質は変わらない気がする』
僕も君も、ごく普通で本質的にありきたりな人間だ
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何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
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