私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一

文字の大きさ
248 / 363
第7部 才能と現実の壁

1-1時と共に変わりゆくものと変わらないもの

しおりを挟む
 朝六時過ぎ。早朝だが、六月なので空気は温かい。私は、エア・ドルフィンに乗って、町の上空を飛んでいた。この静かな早朝の時間の空が、とても大好きだ。空気が澄んでいて、身が引き締まり、心が浄化されるような気分になる。

 爽やかな空気を楽しむために、ゆっくり飛んでいたが、ほどなくして、大きな白い翼の看板が見えて来た。私の第二の実家であり、人生の拠点である〈ホワイト・ウイング〉だ。建物が見えてくると、自然に心が温まって来る。

 会社の上空に差し掛かると、庭の隅に、ゆっくりと舞い降りた。乗っているのは、見習い時代から愛用している、年季の入った、小型のエア・ドルフィンだ。これは、リリーシャさんから、借りている機体だけど、完全に私物化していた。

 旧式とはいえ、空を飛ぶには全く問題ない。それに、小さなスペースに停められるから、とっても便利。どこに行くにも一緒なので、相棒のような存在だ。

 乗っている機体は、見習い時代から変わらないけど、操縦テクニックは、格段に上達している。上昇や下降、苦手だった小回りはもちろん、今では、空中ホバーも、普通にできるようになっていた。

 ただ、マスターするのは、とんでもなく大変だった。私は、物凄く不器用なうえに、魔力制御は、あまり上手くないからだ。しかし、昇級試験に、必須の技術だったので、ノーラさんの厳しいしごきに耐え、必死に習得したのだった。

 勉強はナギサちゃんに、機体操縦はノーラさんに。二人とも、容赦のない厳しさなので、あの時は地獄の日々だった。もう一度やれと言われても、できそうにないと思う……。

 私は、機体から降りると、庭の中央に立って、大きく伸びをした。やっぱり、朝の空気は、特別に気持ちがいい。

「うーん。今日は雲一つないし、結構、気温が上がりそうだなぁ。ササッと、朝の仕事を、終わらせちゃわないと」

〈グリュンノア〉には、梅雨がない。しかも、かなり南に位置しているので、温暖な気候だ。なので、六月で三十度を超える日も、珍しくはない。この世界の暦は、一ヵ月ズレているので、まだ、春なんだけどね。

 何だかんだで、こちらに来てから、二年以上が経過した。初めて、この世界に降り立った時は、十五歳だったけど。今では十七になり、だいぶ大人になった気がする。

 最初は、右も左も分からない状態で、日々生きるだけで、精一杯だった。でも、少しずつ慣れ、色んなことを学んで覚え、知り合いや友達も、たくさんできて。今では、すっかり、この世界に順応している。

 シルフィードの仕事にも完全に慣れ、操縦技術・知識・接客・経験、色んな部分が成長した。見習い時代にも、結構、自信があったんだけど。今思い返すと、全てにおいて甘かった。

 若さゆえの自信――というか、ただの過信だったのかもしれない。ただ、何も持っていなかった私は、強い自信を持たなければ、生きて行けなかったのだ。

 でも、今は、確固たる知識や経験があるので、ずいぶん落ち着いたと思う。シルフィード歴も、二年以上だし。今年の二月には、無事『エア・マスター』に昇級できた。だいぶ、本物のシルフィードらしく、なって来たよね。

 実は、最初の『リトル・ウイッチ』の昇級試験では、一度、落ちてしまった。でも、その後は、ストレートで昇級してきた。まぁ、その裏には、ナギサちゃんの猛特訓があったんだけど……。

 エア・マスターに昇級したおかげで、小型・中型・大型の、全ての機体に乗れるようになった。あと、お給料も増えて、生活にも余裕ができた。ようやく、社会人として、自立ができた気がする。

「色々あったけど、何だかんだで、一瞬だったよねぇー」
 ここに来るまでの間、たくさんの、苦労やトラブルがあったけど。今となっては、いい思い出だ。
 
 私は、ガレージから持って来た、掃除用具を手に、水路に係留してあった、エア・ゴンドラに向かった。

 ゴンドラに乗り込むと、まずは、ハタキを掛けてホコリを落とし、ほうきとちり取りを使って、丁寧にゴミをとる。それが終わると、雑巾で、隅々まで磨いて行った。

 シルフィードの基本は、清掃だ。掃除に始まり、掃除に終わる。これは、一番、最初に、リリーシャさんから、教わったことだ。どんなに接客が素晴らしくても、機体が汚れてたら、意味がないもんね。

 私は、見習時代から、ずっと早朝の清掃を続けている。これは、リリーシャさんに言われたからではなく、自主的にやっていることだ。エア・マスターになっても、この習慣は、全く変わっていない。

 会社に少しでも貢献するためと、リリーシャさんの役に立ちたいから。理由は色々あるけど、一番は、初心を忘れないためかな。最初に覚えた仕事は、掃除だったし。というか、掃除以外、やれることがなかったので……。

 今は、そこそこ、お客様がとれるようになった。とはいえ、リリーシャさんと比べれば、月とすっぽんレベルだ。

 相変わらず、一人もお客様がいない日だってあるし。リリーシャさんの、対応しきれないお客様を、回してもらっていることも多い。いくら、エア・マスターになったとはいえ、まだまだ、一人前とは、言い難い状況だ。

 エア・マスターは、一般階級の中では、最高位。なので、昔は、物凄い憧れがあった。あと『昇級さえすれば、自然にお客様が増える』と、かなり期待していた。
 
 でも、現実は、想像以上に厳しかった。試験に受かれば、誰でもなれる階級だから、実際には、物凄く数が多い。私の同期の子たちも、みんなエア・マスターになってるし。全然、特別な存在ではないからだ。

 やはり、人気は全て、上位階級の人たちに集まっていた。もちろん、エア・マスターでも、人気の高い人はいる。でも、たいていは、大企業のシルフィードたちだ。

 大企業の場合、元々の知名度に加え、バンバンCMを打ったりしていた。さらに、雑誌やニュースにも、しょっちゅう出ている。どの業界でも、注目されるのは、大企業なんだよね。

 中には、中小企業でも、人気の高いエア・マスターはいる。ただ、そういう人たちは、SNSを使って、積極的に自己ブランディングをしていた。毎日、欠かさず、動画配信している人なんかもいる。

 でも、私はSNSとかって、あまり得意じゃない。撮った写真を、たまにアップしている程度。多少、見てくれている人はいるけど、微々たる数だ。

 結局は、地道な営業活動を続け、日々全力で頑張っている。『本当に、このままでいいのだろうか?』と、ちょっと不安はあるけど。リリーシャさんも、特別な宣伝活動はしてないので、私も正攻法で頑張ることにした。

 ゴンドラの清掃が終わると、ガレージに移動し、一台ずつ、綺麗に磨いていく。最近は、どの機体にも乗るようになった。ただ、やっぱり、一番、愛着があるのは、小型のエア・ドルフィンだ。

 私は、オレンジ色の、初心者用の機体の前で足を止めた。最近は、全く乗っていないけど、毎日、念入りに掃除をしている。いつか来るかもしれない、未来の新人のために――。

 ガレージが終わると、ほうきを持って庭に出た。敷地の隅から隅まで、一切、手を抜かずに、真剣にはいていく。すでに、気温が上がってきており、額に汗がにじんできた。それでも気にせず、手を動かし続ける。

 一通り、敷地内のチェックが終わると、今度は、事務所の掃除を開始する。隅々までハタキを掛けたあと、雑巾を手に、丁寧に拭いてゆく。受付カウンターの掃除が終わると、お客様の『待合コーナー』に移動した。

 テーブルの横には、お客様と一緒に撮った写真が、何枚も貼ってある。その中に、ひと際大きな、パネル入りの写真が飾ってあった。映っているのは、十五歳の時の私。風車の前で、楽しそうに、風とたわむれている姿だった。

 これは、以前、出会った、写真家の卵の、エヴァンシェールさんが撮ったもの。別れてから数ヵ月後、パネル入りの写真が送られて来たのだ。

 一緒に入っていた手紙を見て、私はびっくり仰天した。なぜなら、この写真が、コンテストで『金賞』をとったらしいのだ。そのお蔭で、彼女は卵を卒業し、プロの写真家としてデビューした。今では、注目の若手写真家として、大活躍している。

「エヴァさん、どうしてるかなぁ……?」
 写真を見るたびに、彼女のことを思い出す。ちょっと、変わった性格だったけど、ノリがよくて面白い人だった。

 しばらくすると、外からエンジン音が聞こえて来た。この音は、リリーシャさんの機体だ。

 私は、雑巾を置くと、早足で外に向かい、入り口の前でサッと身構えた。機体を降り、こちらに向かって来る、リリーシャさんが見えると、深々と頭を下げる。

「リリーシャさん、おはようございます。今日も一日、よろしくお願いいたします!」
「おはよう、風歌ちゃん。今日も、一日、頑張りましょう」
 
 優しい笑顔と共に、とても柔らかな言葉が返って来た。その笑顔と声だけで、朝から、物凄く癒される。

 二十一歳になったリリーシャさんは、ますます美しくなり、まさに『大人の女性』という感じだった。人気も、以前よりも、さらに増していた。

「いつも、お掃除ありがとう。でも、もう無理して、やらないでいいのよ。見習いではないのだから」
「いえ、私は、まだまだ、新人ですから。掃除は、新人の仕事ですので」

「二年もやっているのだから、新人ではないでしょ?」
「次の新人が来るまでは、私が新人なんです」
「なら、一生、新人のままかもしれないわよ」 
 
 二人で顔を見合わせると、くすくすと笑う。

 うちの場合は、新人の募集は、全くやっていなかった。なので、もしかしたら、本当に、一生、新人のままかもしれない。でも、それもいいかなぁ、なんて思う。リリーシャさんと二人だけで過ごす、今の環境が、物凄く居心地がいいから。

 大企業みたいに、人間関係で気を遣う必要はないし。後輩は、私一人だけだから、先輩のリリーシャさんを、独占し放題。それに、少人数ならではの、アットホームな雰囲気がいいんだよね。

「今日の一件目は〈西地区〉の観光ですよね。オープンタイプのエア・カートで、大丈夫ですか?」
「そうね。若い女性の二人組なので、可愛らしいセッティングがいいかしら」

「了解です! すぐに準備しますね」
 私は、元気に答えると、事務所の二階にある物置部屋に、小走りで向かって行った。

 こうして今日も、私のシルフィードとしての、平和な一日が始まる……。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回――
『いつだって攻めの気持ちを忘れちゃいけないよね』

 ピンチの時こそ攻める心を忘れるな!攻撃こそ最大の防御!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~

チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!? 魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで! 心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく-- 美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...