異世界立志伝

小狐丸

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いつの間にか終わっていた戦争

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 カイト達がレイラとクリストフを王都で降ろし、ノトスの街へ帰って一日、バンスに籠城するゴドウィンは、帝国の軍の影すら見えない事に疑問を覚え始めていた。そこで斥候を出して敵軍の位置を探ることにする。

 暫くして、斥候が帰って来て、驚くべき報告をもたらす。

「……報告致します。帝国との国境付近で戦闘が行われた痕跡が有りました。いえ、痕跡と言うか……」
「どうした?」

 斥候に出た兵士の様子がおかしい事にゴドウィンが訝しげに先を促す。

「……痕跡と申しましたが、数は正確には分かりませんが、三千人近い帝国軍の死体がその場にあり、死体処理を行っている所を見ました」
「……どういうことだ。帝国軍はどこの軍と戦ったのだ。それで帝国軍はどこへ行ったのだ」

 バスターク領内の被害は無いと言う。
 斥候からもたらされた、訳のわからない報告に、ゴドウィンが混乱して立て続けに詰問する。

「申し訳ありません。そこまでは調べることが出来ませんでした」
「いや、いい。儂が悪かった。休んでくれ」

 ゴドウィンは斥候を定期的に国境付近へ送り、警戒を続ける事しか出来なかった。


 状況が変わったのは、斥候が国境付近の異常を知らせてから八日目の事だった。王都に避難していた筈のレイラとクリストフが、バンスに戻って来たのだ。

「どうしたレイラ、なぜ帰ってきた。まだ戦争は終わってないぞ」
「いいえ、暫くチラーノス辺境伯が攻めて来ることはないでしょう」

 王都へ避難していた筈の妻が、何故戦争が終わったと言うのか、ゴドウィンには訳がわからない。

「父上、チラーノス辺境伯は戦死しました。少なくとも直ぐに攻めて来ることはないでしょう」
「へっ?」

 クリストフが、チラーノス辺境伯が戦死したと言い切った事に益々混乱するゴドウィン。

「どうして王都に居たレイラとクリストフに、国境付近で有った戦闘の詳細が分かるのだ」
「……それは私があの場に居ましたから」
「チラーノス辺境伯が、ゴミのように飛んで行くのを目の前で見ましたから」

 ゴドウィンは妻と子の頭が、おかしくなったのかと心配になる。側で見ているアルフォンスも、母と弟の事を心配そうに見ている。

「旦那様、アルフォンス様、奥様もクリストフ様の言うことも真実で御座います」

 そこにレイラとクリストフに着いて王都へ行っていた、家宰のフレデリックがレイラとクリストフの発言を肯定する。

「どう言うことか詳しく話せ」



 場所を移し、騎士団の隊長達武官や文官が集まるなか、フレデリック主体で説明が始められた。

「先ず事の起こりは、王都でエルレインお嬢様をお見掛けした事から始まります」
「まて、何故エルレインがここで出て来る。エルレインの無事が確認出来たのは嬉しいが、帝国との戦争には関係ないだろう」

 ゴドウィンの言う事は最もだったが、フレデリックはそのまま話を続ける。

「お嬢様は、バンスでの籠城戦との噂を聞きつけ、バスターク辺境伯領が蹂躙される事に、お心を痛められました。
 お嬢様の憂いを取り除く為に、お嬢様のパートナーであるカイト様が立ちあがられたのです」
「ちょっとまて!パートナーとはなんだ!カイトとは誰だ!」

 椅子を飛ばして立ち上がり、可愛い娘に虫が付いたと激怒するが……。

「話が進まないので後にして下さい」

 レイラに叱られて、仕方なく座る。

「では続けます。カイト様は御自身で造られたゴーレム馬車で、馬車で十日かかる距離を二日掛からずに走破され、王都で一泊されたのち帝国との国境付近へ向かわれました。
 我等はここで同乗を願い、私と奥様とクリストフ様の三人が一緒に、ゴーレム馬車で国境へ向かったのです。
 国境付近に到着した私達が見たのは、横陣を敷きバスターク辺境伯領に攻め込まんとする、帝国軍一万の軍勢でした。
 カイト様は単身ゴーレム馬車を離れられ、何処からか鋼のゴーレム馬を取り出すと騎乗されました。 
 カイト様は、単騎で横陣を敷く帝国軍を蹂躙しながら横断して行きました。お嬢様もアンナに運転するゴーレム馬車で突撃し、法撃と体当たりで敵兵を蹴散らして行きました。
 クリストフ様が、チラーノス辺境伯の死を見たのはその時です。私も鉄の塊に撥ねられ飛んで行くのを見ましたから、チラーノス辺境伯が亡くなられたのは確実でしょう」

 フレデリックがそこまで説明して周りを見る。
 ゴドウィン始め、そこに居た武官と文官はフレデリックの話を頭が理解するのを拒む。

「……それなら何故今日まで戻って来なかった。国境からバンスまで直ぐだろう」
「カイト様は、余りの光景に放心状態の私達を王都まで送られると、そのまま帰ってしまいましたから。王都から馬車ですので、今日まで掛かりました」
「へっ?帰った?エルレインは?」
「当然カイト君と一緒に帰ったわよ。こんな所に居たら、オークみたいな爺いと結婚させられるかもしれないんだから」

 レイラがゴドウィンをキツく皮肉る。

「いや、その、儂も中央の伯爵からだと、なっ、分かるだろ、中々断れるものじゃないんだ」

 ゴドウィンが言い訳する度、レイラ、クリストフ、フレデリックの視線がドンドン冷たくなっていく。周りの武官、文官達の目も冷たくなっていく。

「いや、まて、フレデリックまでなんだ、その冷たい目を辞めてくれ!」

 ゴドウィンが叫ぶが、周りの空気は変わらない。貴族の婚姻は当主の言うがままなのは、常識なのだが、今回はゴドウィンが悪かった。
 父親よりも年上で、しかも何番めか分からない側室など、正妻ならまだしも家格を考えてもあり得なかった。
 ゴドウィンとしてはオース伯爵を通して、中央とのパイプを太くしたい思惑があったのだが、レイラ達は勿論、家臣的にもこの婚姻は反対だった。

「私達の総意として、お嬢様の幸せが一番ですので。そう考えますとカイト様は申し分ないと思います」
「私も同じよ。それと私暫く留守にします」
「えっ、帰ったばかりで何処へ行く気だ?」

 ゴドウィンがオロオロしてレイラに聞く。

「ノトスへ行きます。暫く帰りませんから」
「あっ、父上、僕もノトスへ行きます」


 レイラ達の辺境の街ノトスへ行く宣言で緩んでいた空気も、レイラ達が部屋を去り、今回の戦争を一人と一台のゴーレム馬車で終わらせた事実に、武官、文官問わず恐怖に背筋を冷たい汗が流れる。




「で、結局どうなんだそのカイトという男は」

 ゴドウィンは領主の執務室に、フレデリックと二人、改めてカイトの事を聞いていた。

「男というよりはまだ少年ですな。心根の優しい良い少年です。が、戦闘に関してはバケモノですな。彼が深淵の森の奥深くで育ったと言われても納得出来るほどに」

 図らずともフレデリックは、真実を語ったていたが、実際にカイトが深淵の森を抜けて来たとは思っていない。あくまで例えとして言っただけだ。

「俄かに信じがたい話だな」
「ではゴドウィン様は一万の軍勢に単騎で立ち向かえますか?」
「むぅ……」唸るゴドウィン。
「これは王に報告するべきか……」
「いずれ王にも知れるでしょうが、中央の欲にまみれた貴族と、関わらせたくはありません」
「だが、それだけの戦力を、他国へ行かせる訳にいくまい」
「それは問題ないと思われます。カイト様は兎人族の子供を引き取り、妹として育てています」
「ふむ、ではローラシア王国やゴンドワナ帝国へ行く心配は無さそうだな」

 ローラシア王国とゴンドワナ帝国は、どちらも人族至上主義の国だった。獣人や妖精種を亜人と蔑んでいる。

「旦那様、私も奥様達とノトスへ向かいます。カイト様の人となりを確かめ、人間的にも問題なければ、領地を与える方向で王家に働きかければ良いのでは」
「……悪くない案だが、バスターク領から分け与える訳にもいくまい」
「バスターク領より南東の地はどうでしょう」
「正気か、フレデリック!」

 バスターク領の南はゴンドワナ帝国があり、東にガウン王国というドワーフの国がある。
 ローラシア王国、ゴンドワナ帝国、ガウン王国は海に面しているが、サーメイヤ王国には海がなかった。
 それ故に、僅かに採れる岩塩以外、塩を他国から輸入に頼らなければならない現状だった。
 ただサーメイヤ王国に海がないと言うのは正確ではない。サーメイヤ王国の南東には海に面した広い土地があった。
 国土として海に面した広い土地がありながら、サーメイヤ王国がその地を利用出来ない訳があった。 
 ゴンドワナ帝国とガウン王国に挟まれたその土地は、海に出るまで豊かな森に阻まれている。さらにその森は、深淵の森に近い魔窟になっていた。
 これまで多くの貴族や騎士団、冒険者達が解放に挑んだが、多くの犠牲を出すだけで成功する者はいなかった。

「あの地をその少年に解放させようと言うのか」
「魔物の駆逐と森の木の伐採を進めれば、カイト様なら可能だと思われます」

 ゴドウィンはひとしきり唸りながら考える。

「……よし、今回の戦争の報告書には正確にその少年の事を記そう。それに合わせて儂が陛下に言上して、他の貴族家からの横槍を防いでみせる」

 フレデリックが満足そうな顔で頷く。

「それで良いと思います。王国の盾であるバスターク辺境伯の発言力は御自分が思うより強いものです。カイト様はエルレイン様の婿となるのです。男爵領としては少し広過ぎる領地ですが、現状人も何もない土地ですし、もとより余人に手を出せない地ですから」
「ふむ、すんなりと行く可能性が高いか、陛下も海が手に入れば儲けもの程度に考えるか」

 ガバッとゴドウィンは立ち上がる。

「儂は報告書を作成させた後、王都へ向かう。陛下に報告後、宮廷工作に入る。フレデリックはレイラとクリストフを頼む。その間、アルフォンスにバンスを任せる」

 そう言うとゴドウィンは早足で立ち去って行った。

 カイトの知らない所で、運命が大きく動き出していた。

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