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3.再会
しおりを挟む王立学院の入学式。雲一つない晴天だった。アラステアはラトリッジの祖父母に見送られたときは明るい気持ちだったのに、学院に近づくにつれて不安になって来た。ラトリッジ家の車から降りて、入学式が行われる学院のホールへ歩く自分の足がぎこちなく動いているような気がする。
やがてたどり着いた学院のホールは大きくて豪華なものだった。
しかし、ラトリッジ侯爵となるアラステアはこのような場所に来たからといって気後れしているわけにはいかない。間もなく王城で開かれるデビュタントに臨み、社交界でそれなりの振舞いをしなければならないのだ。学院内は平等だといわれているがそれは建前だ。高位貴族には、その立場に相応しい態度が求められている。
アラステアは、祖父母だけでなく、昨年卒業した兄のジェラルドからも学院内での身の処し方については様々な助言を受けていた。
「侯爵家の跡継ぎとして、堂々と、しかし、尊大でない振る舞いを心掛けるように」
他にも沢山の言葉をかけられたように思うが、緊張しているアラステアは、全部思い出すことができないでいた。
アラステアはゆっくりと深呼吸をしてから、ホールに足を踏み入れ、前方にある自分に割り当てられた席に向かう。アラステアの隣の席には、豪華な金色の髪と透き通った若草色の瞳を持つ美しい少年が座っていた。背筋の伸びた凛としたその姿は、近寄りがたい気品を漂わせている。
「お隣の席、失礼いたします」
「はい、どうぞお座りください」
アラステアが挨拶をすると、隣の席の美人は彼を見上げてふわりと微笑んでくれた。
「お隣の席なのだからきっと同じSクラスだね。わたしはローランド・ウォルトンだ。君の名前を教えて?」
ローランド・ウォルトンと言えばウォルトン公爵家の次男で、第一王子、アルフレッド殿下の婚約者だ。その首には繊細な刺繍が施されたネックガードがある。ローランドがオメガとわかってからすぐにアルファのアルフレッド殿下との婚約が結ばれた。アルフレッド殿下がローランドを溺愛しているというのは社交界では有名なことだ。
最初から大貴族の令息と遭遇してしまった。その巡りあわせに戸惑いながら、アラステアは自己紹介をした。
「ウォルトン様、僕はアラステア・ラトリッジと申します。僕も……Sクラスです」
「ああ、やはり同じクラスだ。君もオメガだね? これから、仲良くしてくれるとうれしいな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「同級生なのだから、もっと砕けた話し方で大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
ローランドはアラステアのネックガードを見ながら、親し気に話しかけると嬉しそうな笑顔を向けた。
アラステアとローランドは初対面ではあったが、非常に相性が良かったようだ。まるで当然のようにお互いを名前で呼ぶようになった二人の話は弾み、アラステアは、いつの間にかホールに入る前に抱いていた不安感を忘れていた。
「これより、オネスト王立学院の入学式を挙行する!」
副学院長の合図とともに、オネスト王立学院の入学式は厳かに始まった。
最高学年の第三学年から選出される在校生の代表は、ローランドの婚約者アルフレッド殿下だ。金色の巻き毛に王族特有の赤い瞳を持つアルフレッドは、端正な顔立ちの落ち着いた風情の人物だった。王妃の子である彼は、学院を卒業するのと同時に王太子に指名されるだろうというのが、社交界での大方の予想だ。
第二王子、レイフ殿下は側妃の子でアルフレッドと同じ年に生まれた。栗色の髪に青い瞳の彼は、赤い瞳を持たないため、王太子になるのは難しいといわれている。更に、彼はベータなので王位は遠いというのが下馬評だ。ただし、第二性がアルファであることが王位継承に必要なものではないため、側妃はレイフを王太子にしようと様々な画策をしているという噂がある。
国王は王妃殿下より側妃を寵愛しているため、レイフが王太子になる可能性もあると考えている貴族もいるようだ。
そして、今年の新入生代表はオネスト王国の第三王子、クリスティアン殿下だ。漆黒の髪に赤い瞳を持つ美しい王子はアルファであり、大層優秀だと言われている。なにしろ、新入生代表になったのも王族だからではなく、入学のための学力試験が首席だったからなのだ。
「まだ学生でいらっしゃるのに、素晴らしいご挨拶ですね……」
「そうだね。アルフレッド殿下もクリスティアン殿下も人前でお話しされることに慣れていらっしゃるから。学院内のことだから、原稿もご自分で用意なさっているはずだよ」
ローランドの母は国王の妹だ。従兄弟としてアルフレッドやクリスティアンと幼いころから交流があったのだろう。アルフレッドもクリスティアンも挨拶の終わりにローランドの方を見て頬を緩めてから、舞台を降りて行った。
学院の教師や職員の紹介と、生徒会活動の説明などが終り、新入生は自分たちの教室へ向かう。集合時刻までは少しばかりゆとりを持って設定されていた。
学院の入学式には新入生だけでなく、二年生と三年生も全員参加している。アラステアが周囲を見渡していたのは、エリオットを探そうと思っていたわけではない。
しかし、幼いころに無意識の中に刷り込まれたものは、自然に目に飛び込んでくるものなのだろう。アラステアには、校舎の入り口の近くで集まって話している上級生の中に、見覚えのある砂色の髪の人物がいるのが見えた。
「あれ……」
「アラステア、どうしたの?」
「あそこにいるの、僕の幼馴染だと思うのだけれど」
「あの集団……?」
アラステアが示す方を見たローランドは、その美しい眉を顰めた。
「ローランド、どうかしたの?」
「いや、挨拶だけをしてきたら良いのではないかな」
「……そうだね。挨拶だけをしてくるよ」
ローランドには、エリオットのことを詳しく話してはいない。それなのに、挨拶だけと強調するということは、あの人たちに何か思うことがあるのかもしれない。アラステアはそう思ったものの、ローランドに詳しく問いかけることはせずにエリオットと思われる人物の元に向かった。
「エリオット・ステイシー……さん?」
「ああ、そうだけど?」
やはりエリオットだった。アラステアは久しぶりの再会に嬉しくなってしまった。砂色の髪に青い瞳。凛々しい顔は大人っぽくなっているし、背もすらりと高くなっている。エリオットに受け入れてもらえないのではという気持ちを忘れてしまったアラステアは、声を弾ませた。
「僕、アリーです。あの、子どもの頃に遊んでもらった」
「アリーだって?」
エリオットは冷たい眼差しをアラステアに向けた。
「ええ、久しぶり……ね……」
「何の用だ……」
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