攻略対象の婚約者でなくても悪役令息であるというのは有効ですか

中屋沙鳥

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2.新しい生活の始まり

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◇◇◇◇◇


 王都に続く街道は舗装され、魔導車の揺れは少ない。近くに見える森はそれほど深くない。何より、道幅が広くなっていることで王都が近づいているというのがわかる。
 アラステアは、遠くに見え始めた王都を囲む城壁を見ながら、これからの生活に思いを馳せる。

「アラステア様、もうすぐ王都に入ります。王都門での審査がございますから心の準備をしてくださいね」
「ハドリー、長い道のりだったね。魔導車で一日半かかるというのは、本当だった」
「お疲れでございましょう」
「うん、疲れたね。今日はタウンハウスでゆっくりできると思うとほっとするよ」

 アラステアはそう言うと、侍従のハドリーに微笑を向けた。

 アラステア・ラトリッジは、王立学院に入学するため、十五年間住んでいた父の領地から、王都に向かう魔導車に乗っている。これほどの長旅をするのは初めてなので、体のあちこちが痛んでいるが、それももうすぐ終わると思うとほっとした。
 オネスト王国の貴族は、十五歳になると王都にある王立学院高等部に入ることになっている。貴族籍の者の高等部への入学が免除されるのは、病気で学校生活に耐えられないと診断書が出されたときと神に仕えるために神学校に入るときのみとされている。
 アラステアも幼いときは病弱で、王立学院へ通うことはできないのではないかと家族に心配されていた。しかし、第二性の診断でオメガであることが確定した十二歳の頃からみるみる健康になっていった。
 王立学院の高等部からは、成績優秀者であれば平民でも入学することができる。学業を修めたい者のほか、商売での人脈を作りたい富裕層の平民が入学してくることも多いようだ。

「王立学院で、どんな人に会えるのか楽しみだな」
「アラステア様は、エリオット様にお会いできるのを楽しみにしていらっしゃるのでしょう?」
「もう、ハドリーったら。それはそうなんだけど……」

 そうなんだけど、そうでもないかもしれない。そう思ったアラステアは、言葉を飲み込んだ。

 アラステアには二歳年上の幼馴染がいる。名前はエリオット・ステイシー。エリオットの父、ロバート・ステイシー伯爵は、アラステアの父、ジョナサン・コートネイ伯爵の学生時代の友人でコートネイ商会と提携を結んでいるステイシー工房の経営者だ。アラステアとエリオットの結婚については子どもの口約束にしか過ぎないもので、二人は婚約者ではない。

 アラステアは、コートネイ伯爵家の次男として生まれた。父のジョナサンと、母のイブリンはどちらも一人っ子だった。そのため、二人の間に生まれた子どものうち、父親に似た茶色の髪と青い瞳を持つアルファの長男、ジェラルドがコートネイ伯爵家を継ぎ、母親に似たプラチナブロンドとラトリッジの血筋を現す紫の瞳を持つオメガの次男、アラステアがイブリンの実家であるラトリッジ侯爵家を継ぐことになった。そして、アラステアは王立学院に入学する十五歳になったときに、正式な後継者となるため祖父母の籍に入り、ラトリッジ姓を名乗ることになったのだ。
 オメガのアラステアには、優秀なアルファを婿入りさせたいというのがラトリッジの祖父母の希望だ。


 王立学院を卒業する十八歳という年齢は、オネスト王国での成人年齢でもあるため、卒業してすぐに婚姻を結ぶ者も多い。婚約者が決まっていない者にとっては、王立学院での出会いを求めていることも多いのだ。ラトリッジの祖父母やジョナサンとイブリンも、王立学院での出会いによって結婚をした。ラトリッジの祖父母は、アラステアにも同じように自分で婚約者を見つけて欲しいと考えているようなのである。
 人見知りのアラステアには、自分で婚約者を見つけられるような出会いがあるとは考えることができなかった。
ロバート・ステイシー伯爵は、次男のエリオットとアラステアとの婚約をコートネイ伯爵家経由で打診している。ラトリッジの祖父母は今のところその話を受けてはいない。
 実のところ、学院に入学してからのエリオットは、アラステアが手紙を送ってもまったく返信をしてくれなくなっていた。
 一通たりともだ。
 エリオットは王都での生活が楽しくて、田舎にいる幼馴染のことなど忘れてしまったのかもしれない。アラステアの中にはそのような思いがある。
 王立学院入学以降、王都で生活している四歳年上の兄、ジェラルドも、エリオットのことはほとんど話題にしないし、別の選択肢があるという考えであることがはっきりしている。

「いくらステイシーのおじ様が僕と婚約させたがっていても、エリオットにその気持ちがないのでは仕方がないのじゃないのかな……」

 アラステアが車の中でぽつりと漏らした呟きを、忠実な侍従のハドリーは黙って聞いていた。アラステアは諦めたような風情を見せてはいるが、幼いころの憧れがまだ心の中では燻っている。
 それはアラステア自身にも、そして、身近で主人の様子をいつも見ているハドリーにもわかっていることだった。


「アラステア、可愛いステア。長い旅で大変だったでしょう? 旅の間に困ったことはなかったかしら?」
「お祖母様、これからお世話になります。快適ではないですが、問題ありませんでした」
「これからここは、アラステアの家だからね。そういう認識を持つように」
「ありがとうございます。お祖父様、心得ておきます」
「まあ、学院に入るとなると大人びてくるのね。それに、ステアはとても綺麗になったわ」
「お祖母様……」

 王都にあるラトリッジ家の屋敷では、祖父母がアラステアを満面の笑みで迎えてくれた。温かく迎えてくれる二人の言葉に、アラステアも自然に笑顔となる。
 夜になると、現在は商会の仕事で王都のコートネイ伯爵家のタウンハウスに滞在しているジェラルドも訪れて、皆で楽しい晩餐のときを過ごした。
 ラトリッジの屋敷は王宮に近い区画にある。豪華でありながら品の良い調度が揃えられた居心地の良い屋敷はいずれアラステアのものになるが、今のところは大好きな祖父母の家という認識のままだ。アラステアに全てを取り仕切っていかなければならないという責任感が生まれるのは、もう少し後のことになるだろう。
 ラトリッジの領地は王都からほど近く、王都に食糧を提供することができる農園を多く所有している。それに付随する農産物の加工・販売についても、オネスト王国有数の商会を持つコートネイ伯爵家との連携があるので順調だ。ラトリッジ侯爵家は、経済的に豊かな家であり、それはコートネイ伯爵家も同様であった。


 アラステアは、晩餐の後、自分の恵まれた生まれとその責任を自覚するようにとジェラルドから言い聞かされたのだった。


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