【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

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40.ことの顛末とこれから

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 オランジュの無事を確認した後、研究室のソファに座り、フロレルはことの顛末を話し始めた。生きているのが辛くなるほどの怪我をさせられそうになったと話すフロレルの手が震えているのを見たアントワーヌは、フロレルを抱き寄せて額にキスをした。

「ちょうど灰色の髪の男がわたくしに暴力を加えようとしたところで、護衛が長靴に仕込んだナイフで縄を切ったのを確かめた。その時点で時間稼ぎは必要ないと判断して、男の股間を狙ったのだ。あの場所は、そう、男性の急所だからね」
「……そうだな」

 フロレルの状況説明に、アントワーヌは眉を顰めた。愛するオメガが襲われそうになった嫌悪感と男としてその痛みを想像してしまったことがない交ぜになっていたのだろう。

「茶色の髪の男がそれで完全にわたくしに注目したので、護衛は後ろから奴を殴打したのだ。彼も手加減はできなかったようで、ご覧の通り室内は血塗れになっている。オランジュ教授にはお詫びを申し上げます」
「いや、気にしないでくれ。わしがきちんと護衛を配置しておらなんだのが悪いのだ」

 フロレルは話の最後に、眉を下げてオランジュへの詫びの言葉を付け加えた。オランジュは手を振ってそれに応えた。資料は汚れていないから大丈夫だという言葉とともに。そしてオランジュは、破落戸が研究室へ入って来た時のことを語った。
 オランジュは、研究室に入って来た破落戸を本当に清掃員だと思っていたらしい。なぜならば、二人が清掃員としてこの部屋に来たのは初めてではなかったからだ。

「ほんの数回顔を合わせただけで、わしは奴らのことを怪しい人物ではないと思い込んでしまっていた」

 数度仕事で顔を合わせるだけで、人間は相手を怪しい人物ではないと認識してしまう。特に大学院がそれなりの手順で雇った清掃員だと信じ込んでいたのだから、それはなおさらだ。
 それが今日、当たり前のように清掃をした二人は、突然オランジュを拘束し、縛り上げたのだ。
 オランジュに来客があること、それがフロレルであることを破落戸二人は大学院の事務局で調べていた。そう、破落戸にフロレルを襲わせた依頼者は、フロレルとオランジュが懇意であることを知っている人物なのだ。
 アントワーヌは、その人物のことを考えて、ぎりと奥歯を噛み締めた。

 フロレルを危ない目に遭わせてしまったのは自分の失敗だと、そう思って。

 アントワーヌとともにやって来た護衛が大学院に事件を伝えて通報をしたため、間もなく警察がやって来た。
 そして、フロレルとオランジュは警察を相手に、再び同じことを証言することになる。
 皆が警察から解放されたのは、日も暮れてからのことであった。


◇◇◇◇◇


 ジョゼフは、執務室のソファでアントワーヌと向かい合っていた。怒りと焦燥感が複雑に入り混じった表情をしているアントワーヌを見て、ジョゼフはどう話したものかと考えを巡らせていた。

 フロレルはシャルロットに付き添われて自室で休んでいる。気丈なフロレルではあるが、オメガである以上身体的には頑丈とは言えない。さすがに破落戸に襲われ、その後警察の事情聴取を受けていては、疲労はかなりのものであろう。
 警察でも医師の診察は受けたが、ショコラ公爵家の侍医もこの後訪れてフロレルの様子を診ることになっている。

「情報が入るのが遅れていたのが気になるな。おそらく、別ルートの協力者がいるのだろう。しかし、雇われていたあの破落戸の質の悪さと、与えられていた情報の精度に差がありすぎるのが気になる。いや、明らかに計画を考えた者と破落戸を雇った者の質が違うのだろう」

 ジョゼフは、そう言ってからコーヒーを一口飲んだ。今日はブラックコーヒーだ。フロレルが襲われたという怒りを抱いたジョゼフは、ウイスキーもクリームも、何も入れる気にはならなかった。
 しかし、調査はすぐにできるだろう。犯人は捕まっているのであるからという見通しは立てている。

「ええ、計画を立てたのと、実行のために破落戸を雇ったのが違う人物なのでしょう。そう、破落戸を雇ったのはあの王妃の手の者だ。だけど、計画をしたのは……」

 破落戸は、フロレルに向かって『高飛びできる』と言っていたようだ。雇い主はそのようなことを言いながらも破落戸たちを始末するつもりであったのだろうが、何か高飛びできると信じるに足る情報が彼らにあったのか。
 アントワーヌの頭の中にもジョゼフの頭の中にも、王妃の母国、ラッテ王国に於いてある程度の力を持つ者が絡んでいるのだろうという予測が立っている。しかし、その人物がフロレルを傷つけてどんな得になるのだろうか?

「義父上、フロレルを危険な目に遭わせてしまったことをお詫びいたします」
「そうだな。今回は無事であったが、二度目はない。心しておくようにな」
「はい……」

 アントワーヌはフロレルを自分が守ると言っていたが、やはりまだ若く、経験も浅い。些か手助けが不足であったかとジョゼフも悔いていた。

「まあ、調査はこれから……、既に始めている。フロレルに手を出したことを後悔させてやる。自分の命が無くなる瞬間までな」

 ジョゼフがそう言って口角を上げた唇の向こうには、アルファ特有の犬歯がぎらりと光るのが見える。

「承知いたしました。義父上」

 アントワーヌは胸に手を当てて、頷いた。




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