【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

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41.計画は実行された

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 すべての計画が実行されたという知らせを受け取った王妃は、北の離宮の自室で笑い声を上げた。

「うふふふ。今頃は、あの生意気なオメガのフロレルも、いつも王妃のわたくしに偉そうにしていたショコラ公爵も、絶望しているはずよ!」

 王妃は歌うようにそう呟くと、分厚い陶器のカップを持ち上げて紅茶を一口飲んだ。

「不味いわ……」

 王妃は紅茶の味に顔を顰めたものの、すぐに機嫌を直した。何しろ彼女は、憎いフロレルを傷つけ、ジョゼフを絶望させているはずなのだから。

「あはっ! 絶望した顔を見ることができないのは残念ねえ……」

 楽し気にそう呟くと、王妃は不味い紅茶を再び口にした。気持ちが高揚していても、王妃が不味い紅茶を美味しく感じることはないようだった。

 北の離宮は、初夏であっても朝夕は肌寒い。冬になれば雪に閉ざされて外に出ることはかなわなくなるという場所にある。これから先の生活を考えて王妃は暗い気持ちになっていた。
 僻地にある修道院のように灰色の石を積み上げただけで築かれたような「離宮」とは名ばかりの建造物を見たとき、王妃は泣き叫んで大騒ぎをしたのだ。「このような場所は高貴なわたくしには相応しくない」と。
 離宮の調度は下級貴族が生活する程度のものが整えられている。表へ出ることができなくなった王族やそれに連なる者が暮らす場所であるため、罪人の暮らす場所としては比較的恵まれた部屋の設えになっているのだ。しかし、王女に生まれ、王族としての生活しか知らない王妃は、貧民が暮らすような場所に押し込められたと思っていた。

 このようにひどい場所で、高貴な自分がいつまでも過ごすことはないと王妃は思っていた。息子のシャルルが国王に即位すれば、王宮ではなくとも王都の外れにある瀟洒な離宮に住まいを移すことができると。
 王妃はシャルルに北の離宮の環境の悪さと、早く王都に戻れるように手配してほしいという希望を手紙に書いて送った。
 シャルルからの返事がないため、何度も何度も手紙を書いて送った。他にも紅茶や化粧品、ドレスを送ってほしいと手紙に書き連ねた。

 しかし、シャルルからは何も送られてこない。

 シャルルは、あの可愛い息子は、いつも自分の思うように動いていた。母親である自分に逆らったことなどなかったのだ。
 卒業パーティーでは少しの意見の違いはあったが、あれは国王も近くにいたから両方の顔を立てようとしたからだと思っていた。

 愛する母である自分が望んでいる紅茶や化粧品やドレスぐらい、シャルルはすぐに送ってくれるはずだ。

 もしかしたら、シャルルから送られたものが届かないように妨害されているのかもしれない。いや、それどころか、自分の書いた手紙がシャルルに届いていないのかもしれない。

 自分の邪魔をしているのは、あのショコラ公爵家の者しかいない。

 実際には、シャルルは自分の意志で王妃の手紙の内容を無視し、返信をしていなかったのではあるが。

 事実はともかく、王妃はショコラ公爵家の者を貶めなければ自分は北の離宮から出られないという思いに支配されるようになる。

 自分をこのような目に遭わせているショコラ公爵家は、懲らしめなくてはいけない。
 国王は頼りにならず、シャルルへの手紙も届かぬようにされているのであれば、自分で動かなくてはいけない。

 ショコラ公爵に、あの生意気なフロレルに報いを受けさせなくてはいけない。

 ショコラ公爵家から不当に陥れられたと思っている王妃は、そう考えたのだった。

「ショコラ公爵家に自分たちの行いについて思い知らせるということであれば、万事お任せください。わたくしも彼らには恨みがございます」

 王妃の筆頭侍女であるマヤは、仄暗い笑みを浮かべて王妃にそう進言した。

 ラッテ王国からついてきてくれた侍女のマヤは、ずっと王妃に忠誠を誓ってくれていた。そして、婚姻もすることなく、王妃に仕えてくれていたのだ。
 ところがマヤは、二年ばかり前から王宮騎士と恋仲になったのだ。近衛でもない子爵家出身の下級騎士ではあるが。
 王妃は自分に人生を捧げてくれたマヤのために、二人を婚姻させてやろうと考えていた。
 そう、シャルルが立太子すれば、王妃の肩の荷も下りる。その時には、マヤをその騎士と添わせてやると約束をしていたのだ。

 しかし、王妃が北の離宮へ送られることになって状況は変わった。

 王妃はマヤを騎士の側へ、そう、王都に残そうと思った。ところが、マヤはラッテ王国の者であるから王妃の侍女を辞するのであれば、ラッテ王国へ送還すると宰相ペシェから伝えられたのだ。
 騎士を王妃の護衛にしてマヤとともに連れて行こうとしたが、それも叶わなかった。
 何しろ、王妃には人事権は全くなかったのであるから。

 マヤは、密かにラッテ王国の親戚に連絡を取った。マヤの従妹の嫁ぎ先は、ラッテ王国の諜報を扱っている。それはシュクレ王国には知られていないはずだった。
 従妹からは、本当に困った時には頼るようにと言われていた。マヤはその秘密のルートを使うことにしたのだ。そして従妹に、恨みのある者に一矢報いた後に、何人かを亡命させてほしいと相談をした。
 マヤを哀れに思った従妹は、ある程度の計画と亡命の方法を知らせてきた。
 従妹から送られてきたのは、殺人に至ると厄介なことになるため、傷つけるだけで速やかに逃亡するようにという計画だった。ただ、シュクレ王国を混乱させること自体は、ラッテ王国にとっても好都合であると添え書きがされていたので、従妹に害が及ぶことはないだろうとマヤは思った。

 フロレルを殺せないことには不満があったが、マヤは恋仲である騎士と連絡を取り、計画を伝えた。軍資金となる『贈り物』とともに。
 離宮からの手紙は検閲を受けている。しかし、もともと王宮にいる時から、マヤと騎士は二人だけにわかる暗号をこめた手紙をやり取りしていた。それも従妹に教えられたことだ。マヤの計画は正確に騎士に伝えられ、そして実行されたのだ。

 やがて、マヤの元へ騎士から計画実行の知らせが届く。
 マヤは涙を流して喜び、王妃にそれを伝えた。

「次はペシェの番かしらね」

 王妃の言葉に、マヤは笑顔を向けるが頷くことはない。

 亡命のことを王妃は知らない。

 ショコラ公爵に恨みはあるから、一矢報いる計画は立てた。それは、ラッテ王国の意にも沿うことだ。従妹の情報では、ラッテ王国は完全にかつての王女であった王妃を切り捨てるつもりでいる。

 マヤはそれに巻き込まれないようにと従妹から指令を受けている。
 
 考えの浅い落ち目の王妃にこれ以上付き合う必要はない。
 もっと早く、従妹に連絡するべきだったとマヤは思う。

 その夜王妃の侍女は、北の離宮から姿を消した。






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