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43.黒い感情
しおりを挟む謹慎中のシャルルは、国王の私室に呼び出された。
謹慎が解けるのだろうかと思ったものの、私室ということであれば、正式な通達などではないだろうと思いなおした。
謹慎中のシャルルは、静かに自分の部屋で過ごしていた。卒業パーティーの後には、心が空っぽになってしまったと思っていたが、数か月も立てば様々なことを学びなおそうという意欲も戻ってきていた。王子としての執務も徐々にもとに戻ってきている。余程のことがない限り立太子することは難しいだろうが、兄としてアルチュールを支え、いずれは臣籍降下していくのだろうと考えている。
今のシャルルには、中庭を散歩することぐらいしか外に出ることは許されていないため、長い距離の廊下を歩くことすらしばらくぶりのことであった。
「シャルル、久しいのう。座るがよい」
「国王陛下にはご機嫌麗しゅう」
「いや、この場では父と呼んでよい。お前の父親として、母親の話をするためにこの場を設けたのであるからな」
「……母上の?」
シャルルが力なく語る国王の顔を改めて見ると、心なしか窶れている感が否めない。自分が父親である国王に負担をかけてしまった自覚はある。そして王妃を北の離宮へ送らなければならなかったのだから、この数か月は大変だっただろうとシャルルにも推察できる。
しかし、改めて王妃のことで話があるとは何なのだろうか。それも、私室へ招いて話すこととは……
シャルルは、次の言葉を待って国王の顔を見つめた。
国王は、少しの時間黙り込んでいたが、意を決したように口を開く。
「シャルル、王妃は間もなく病で身罷ることになった」
「え……?」
「その前に一目会っておきたいという希望はあるか?」
シャルルとて王族だ。北の離宮へ移送された王族が病で亡くなるということの意味は、わかっている。
王妃は、生涯を北の離宮で過ごすことに決まっていた。過酷な環境であるため北の離宮へ送られた王族は短命であったが、北の塔へ幽閉されるより幾分か命を長らえさせることができる場所のはずだった。
「いえ、希望いたしません。今更……、会ったとて何になりましょうか」
シャルルは、自分が立太子できなくなったことは己の行動によるものだと思ってはいる。しかし、王妃があのように立ち回らなければ、ここまで酷い事態にならなかったのではないかとシャルルは思っていた。
そして、北の離宮にいる王妃から送られてきた手紙に、自分の罪を認めず贅沢品ばかりをねだる内容ばかりが書かれていたことも、シャルルが王妃を精神的に切り離してしまう要因にはなっていた。
「そうか、そうだな。会わない方が良いかもしれん」
国王は頷きながらそう言うと、供されていた紅茶を一口飲んで、話を続けた。
「シャルルが面会を望まないのであれば、三日後に王妃は病で身罷ることになるだろう。発表した後は速やかに葬儀を行い一年間の喪に服する」
「父上、最初からその予定だったのでしょうか……?」
「いや、王妃が大人しくしていれば、そのまま静かに離宮に置いておく予定であった」
「……まさか」
国王は、その立場に相応しくない大きなため息を吐くと、シャルルから目を反らして、息子の知らない母親の所業を語り始めた。
シャルルは、北の離宮へ閉じ込められてもフロレルを傷つけたいという気持ちを手放さない王妃の執念に愕然とした。
その黒い感情は、いったいどこから来るものなのか。
そして、面会を求めなかった自分の判断を正しいと思った。
「父上、どうして母上はフロレルをそんなに憎んでいたのでしょうか……」
「オメガなのに優秀で美しかったからであろうな。卒業パーティーの後に王妃に聞いてもそれしか答えはなかった」
「それは理不尽では」
「そうだな」
シャルルは、理不尽と口にしてから自分もそうだったのではないかとふと思った。美しくて賢かったフロレル。学園に入る前にはそれほど関係が悪くなかったのに、どうして疎ましく思うようになってしまったのか。
学園でもフロレルは素晴らしい成績を上げていた。シャルルは、アントワーヌやカミュが自分より成績が良いことには喜んでいたが、フロレルの成績については不満に思っていたのではないか。
そう、シャルルとフロレルの能力差が学園の成績発表によって、可視化されたのだ。
優秀な伴侶を得ることに満足するのではなく、オメガであるのにアルファである自分よりも優秀であることが不満だったのではないか。
王妃の執念深いフロレルへの憎しみと同じものが、シャルルの中にもあったのではないか。
シャルルはそのことに思い至り、自分自身の黒い感情に愕然とした。
おそらく王妃から刷り込まれたオメガ蔑視の感情が、シャルルの内側にあったのであろう。
これからのことを少し話してから、シャルルは国王の私室から辞した。
去り際に、ふと疑問に思ったことをシャルルは口にする。
「それにしても、病死までの期間が短いようにも思うのですが……」
「お前は、ショコラ公爵がこれ以上黙っていると思うのか?」
シャルルは国王の答えに黙り込む。
その様子を見た国王は、シャルルは王の器ではなかったと静かに愛する息子のことを諦めた。
「いずれにしても母親があれでは立太子はできぬが……」
国王が独り呟いたことは誰の耳にも届くことはなかった。
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