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13.婚約者の訴え
しおりを挟む頬の打撲も完治し元の美しい顔に戻ったのを機に、フロレルは二週間ぶりに学園に復帰することとなった。
「義兄上、無理はなさらないでください。調子が悪くなったらすぐに早退しましょう」
「ああ、アントワーヌ。わかっているよ」
最近、フロレルとアントワーヌは、同じ馬車で登園しなくなっていた。しかし今日からは、ジョゼフの命により、同じ馬車に乗ることになったのだ。
以前、アルファとオメガが馬車に同乗するのは良くないと言っていたのは何だったのかとフロレルは思う。
学園に到着すると、アントワーヌは素早く馬車を降りてフロレルにエスコートの手を差し出した。
「義兄上、どうぞ」
「ありがとう、アントワーヌ」
今朝のフロレルは、アントワーヌのエスコートを素直に受けて馬車から降りた。
アントワーヌは、そのままフロレルをエスコートして校舎に通じる回廊へと進んでいく。
「アントワーヌ、殿下をお迎えしなくてもよいのか?」
「かまいませんよ。義父上から義兄上のお側にいるようにと言われておりますから」
「……そうなのか?」
フロレルは、アントワーヌの返答に首を傾げた。以前、共に通っていたころは、アントワーヌは馬車から降りるとフロレルとともにシャルルの登園を待っていたのだ。馬車が別々になってからも、アントワーヌは側近としてシャルルを迎えていたはずだ。
それが側近の役目だというのが、シャルルの主張である。
何気なくフロレルが周囲を見渡すと、ジャックとカミュの姿もそこにはなかった。
不思議に思いながらも状況把握は後でよいかと考えながら、フロレルは回廊を歩いた。
「フロレル、待て。やっと登園したのだな。遅かったではないか」
「これはシャルル殿下、ご機嫌麗しゅう」
「シャルル殿下、おはようございます」
シャルルに呼び止められたフロレルは振り向くと、簡単に礼を取り、挨拶をした。アントワーヌも自分の後に簡単な挨拶をしているのを聞いたフロレルがちらりと見上げると、いつものように笑顔を貼り付けている。
「フロレル、お前に話があるから昼の休みにカフェテリアのサロンへ来い」
「……何のお話でございましょう?」
「来ればわかる」
「はい、承知いたしました」
シャルルと話をするのは気が進まなかったが、婚約者である王子の声掛けに逆らうことは難しい。フロレルは、仕方なくシャルルの呼び出しに頷いた。
「シャルル殿下、義父であるショコラ公爵から暫くは義兄の側にいるようにと言われております。わたしも同席させていただきます」
「アントワーヌ」
「ああかまわない。いや、むしろお前がいた方が話が早いかもしれん」
間髪を入れずにシャルルに言葉を放つアントワーヌは、不遜と思えるほどだ。しかしシャルルはそれを気にしている様子もなく、アントワーヌに同席の許可を与えた。
もしかしたら、シャルルとアントワーヌはいつもこんな感じのやり取りをしているのかもしれない。最近は一緒にいることが少なくなっていたから、それに気づいていなかった。
周囲は、この二人の上下関係について危ういものを感じていないのだろうか。
フロレルはシャルルとアントワーヌの様子を見て、そのような思いを抱いた。
それにしても、シャルルは婚約者が怪我をして学園を休んでいたのに見舞いの言葉の一つも発しなかった。この二週間の間も、王家からは見舞いの花などが届けられたが、シャルルからは見舞いのカードの一枚も贈られてこなかったのである。
シャルルは、本当にフロレルのことを軽んじているのだ。
フロレルは、これまでも大切にされているなどと感じたことはない。しかし、軽んじられているとまで思うようになったのは、最近のことだ。そして、今のシャルルの様子から、その気持ちを更に深めることとなった。
フロレルは、シャルルが話したいことというのが王妃に関わることだろうと予想した。
王妃はフロレルを扇で殴打した翌日から、王妃宮で謹慎となっている。王妃の立場であれば多少の横暴は許されそうなものだ。しかし、オランジュ教授との授業中のフロレルに対して暴力を振るっている状況であったことが、王妃にとっては不利に働いた。また、王妃はフロレルがオメガであることを蔑む言葉を口にしている。それを、オランジュ教授とともにペシェ宰相が耳にしていたこともあり、ただ国王が注意を与えるだけでは済まなくなってしまったのである。
これが、王妃宮で王妃の侍女や護衛騎士だけがいる場で起きたことであれば、状況は違っていただろう。
とはいえ、フロレルが学園に復帰したのだから王妃の謹慎もすぐに解かれることとなるはずだ。フロレルは、それ以上にシャルルが言いたいことは何であろうと考えるだけで憂鬱になった。
カフェテリアにはサロンがいくつかあり、事前に予約をしておけば貸し切りで使うことができる。
フロレルはアントワーヌに連れられて、サロンの中でもとりわけ豪華な部屋へと向かう。
カフェテリアのカウンターから、ジャックとカミュがルネとともにランチを運んでいた。この様子だと、シャルルはフロレルとアントワーヌとの三人で話をするつもりなのだろう。
フロレルとアントワーヌがサロンに入ってから程なくして、シャルルが護衛とともにやって来た。
あらかじめ注文されていたランチを静かに食べた後、侍女が三人に紅茶を用意する。学園内ではあるが、白い磁器に青い花が描かれた優美なものだ。王族がサロンを使用するときに出される高級な茶器である。
侍女が下がったのを確かめてから、シャルルは口を開いた。
「フロレル、話の予想はおおよそついているだろう。母上は反省している。だから、これ以上母上を虐めるのはやめてくれないか?」
「は……? 虐める、とはどういうことでございますか?」
フロレルは、シャルルの言葉の真意を拾いかねて首を傾げて聞き返した。この言葉の通りであるとすれば、フロレルの側に悪意ある行動があるかのようではないか。
「いや、確かにフロレルに暴力を振るった母上の行動は良くない。だからといって、ショコラ公爵家の力を使って王妃宮の予算を削るというのはやりすぎだろう? 母上は好きな紅茶も飲めなくなったと嘆いておられる」
王妃宮の予算を減らすなどということが、本当に行われているのであれば、それは国王の裁可ということになるだろう。どうしてシャルルは、フロレルにそんなことを訴えているのだろうか。
「殿下、わたくしが王妃宮の予算に関わることはございません。そして、もしそのようなことがあったとしても、わたくしにはどうしようもないことです」
フロレルには思い当たることがないではなかったが、とにかく王妃宮のことは関係がないのでそのように答えるしかない。落ち着いた様子で答えたフロレルであったが、シャルルはそれが気に入らなかったようだ。
「ふざけるな! お前が事を大きくしたせいで、母上は立場を失っておられるのだぞ! 黙って殴られておけば良かったのだ!」
シャルルは、テーブルを叩いて大声を上げる。茶器がかちゃんと音を立てて揺れた。
シャルルの興奮した様子を見ているフロレルは、王妃に怒鳴られ殴打された時のことを思い出して身を震わせた。
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