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12.晩餐のあとで
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晩餐を終えたフロレルは自室で湯浴みをし、部屋着に着替えた。
鏡に写る自分の頬には大きなガーゼが当てられている。その頬にそっと左手で触れながら、フロレルはため息を吐いた。
顔を叩かれるというのは、精神的なダメージになるものだ。軽い打撲になっているだけなので、傷は残らないと王宮の侍医は言っていた。王妃が非力であったためだと思われているが、フロレルは攻撃を最小限にとどめるために咄嗟に身を引いている。それは、これまでの王族の伴侶教育で自然に身についたもので、おそらく周囲の者は気づいていない。
しかし、王妃から謂れのない罵倒を受け、暴力を振るわれたことは、フロレルの心に大きな傷を与えた。
「いっそ顔に傷が残ってしまえば、速やかに婚約が解消されたかもしれないのに」
フロレルはそう呟き、自嘲する。顔に傷のある醜いオメガになってしまえば、王妃は自分の大切な息子の婚約者でいることを望まないだろう。
王妃に叩かれた後の事情聴取は、治療が終わってから宰相省の文官と騎士によって行われた。文官と騎士の両方がいたということは、ペシェ宰相はこのことを内密に済ませる気はないという意思表示だ。フロレルの事情聴取は当初、単独で行われると言われたのだが、オランジュ教授がすぐに同席することになった。そして、途中からは連絡を受けて登城したジョゼフも介入してきた。そのような状況であるから、結局フロレルが話したのは、王妃の発言が単なる言い掛かりであることだけだ。
ジョゼフは改めて国王への謁見を申し込んでいる。早ければ、明日には今後どのように対処されていくかがわかることだろう。
ジョゼフの中では、いくつかの落としどころがすでに出来上がっているはずだ。
フロレルは、シャルルと結婚することがもはや考えられなくなっている。もっとも王命で決まったことであるから、フロレルの気持ちによって婚約が解消されるわけではない。だが、たとえ婚約が解消されたとしても、フロレルがショコラ公爵家の継嗣に戻ることは難しいだろう。
「公爵領のどこかに小さな天文台を建ててくれないかな。お父様にお願いしてみようか。そこで、静かに過ごせたらいいのにな……」
口に出した方が願い事は叶うという。そういう思いでフロレルは願いを口にした。
公爵家はアントワーヌが継げば良い。
アントワーヌがショコラ公爵家を継ぐということは、まだ確定ではないとジョゼフは言っているようだ。しかし、学園の首席で公爵家の執務についての学習も進んでいるのだから、今更、他の縁戚から誰かを連れてくるよりも、アントワーヌが継ぐのが順当だ。
フロレルはそんなことを考えながら、帰宅して談話室に駆けこんで来たアントワーヌのことを思い出していた。
フロレルの手を握って顔を覗き込んだあの時のアントワーヌは、心配そうな顔をしていた。
フロレルはその顔を見て、アントワーヌが自分のことを心配してくれたのだと、少しうれしい気持ちになったのだ。
しかし、フロレルが王妃に扇で殴打されたのだと聞いた瞬間、アントワーヌの表情は一転して凶暴なものになった。その時、アントワーヌの開いた口からアルファ特有の尖った犬歯が光って見えて、フロレルは背中がぞくりとしたのだ。
あれが上位アルファの放つ、他を従える何かなのだろう。
ジョゼフも上位アルファだ。しかしフロレルは、ジョゼフからあのように恐ろしい雰囲気を感じたことはない。
アントワーヌは、家族であるフロレルが怪我をしたことを心から案じていたのだろうし、王妃に対して憤りを抱いたのである。それは、アントワーヌがフロレルを家族として大切にしてくれているからだ。
それなのに、それがフロレルにはわかっているのに、アントワーヌに恐れを抱いてしまった。
アントワーヌからは知らない花の香りが立ち上っていた。それには、薄っすらとしたオメガフェロモンが混じっていた。
シャルロットは、「ジョゼフが王妃の暴行事件をアントワーヌに説明し終るまでその匂いを我慢していたの。辛かったわ」と、談話室を退室してから零していた。
「アントワーヌはアルファなのだな……」
可愛いアンヌはもういない。
そこにいたのは、上位アルファの空気を纏ったアントワーヌ・ド・ショコラだ。
わかっているはずなのに、怪我を心配して駆け寄って来てくれたアントワーヌを見てフロレルは少し期待をしてしまったのだ。
アンヌとフロルに戻れるのではないかと。
「もう、休もう」
侍医から処方された痛み止めが効いてきたのだろう。フロレルはベッドに横たわると、すぐに眠りに落ちた。
「アンヌ、星を一緒に……」
眠りに落ちる直前にフロレルの唇から零れた言葉は、誰の耳にも届かなかった。
◇
晩餐は、家族四人で和やかに行われた。
アントワーヌは、念入りに身体を洗い、着替えてから晩餐に行った。シャルロットが口にした花の香りはすっかりなくなっていたはずだ。
美しい顔にガーゼを貼って食事の席に座るフロレルの痛々しい様子は、アントワーヌの心にも影を落とす。
頬に痛みがあるフロレルには、よく煮込まれた野菜のポタージュや卵料理が用意されていた。美味しいと言いながらフロレルが食事をとっている様子を見て、アントワーヌは一安心した。もっとも、アントワーヌのその気持ちはジョゼフにしか伝わっていなかったと思うが。
その後アントワーヌは、談話室で明日以降の対応についてジョゼフから指示を受けた。
アントワーヌもジョゼフも、王妃がここまで頭が悪いとは思っていなかった。もっと狡猾さを持っていると考えていたのだ。
それは、ペシェも同様だっただろうけれど、彼の心のうちはアントワーヌもジョゼフも知ったことではない。ペシェは自分の甥であるアルチュールを王位につけたいため、今回の件をきっかけに王妃を追い落とそうと必死になるだろう。それが予測できればこちらとしては十分だとアントワーヌは考える。
ジョゼフが王妃を糾弾するのはフロレルを傷つけ、更にオメガであることを理由に貶めようとしたことが理由である。
「明日には国王に会えるだろう。わたしの大切な息子を傷つけて、謁見に数日かかるなどとは言わせないからな」
ジョゼフは、明日からの学園での振る舞いについてアントワーヌに指示をする。
「かしこまりました。義父上」
「うむ。アントワーヌ、うまくやれよ」
シャルルが王妃に対してどう思うのか、そしてフロレルにどんな気持ちを抱くのか。それらを全て判断してアントワーヌは動く。
ショコラ公爵家の継嗣に相応しい振る舞いが、アントワーヌには求められているのだ。
自分の部屋に戻ったアントワーヌは再び湯を浴びる。
目まぐるしい一日だった。昼間の逢瀬だけでも神経を使ったのに、夜にはフロレルに王妃が仕出かしたことの対応も考えなければならなかったのだ。
「あれは失敗だった。だけどどうしたら防げたのかな……」
シャルロットに異質な花の香りがすると言われてしまったのは、アントワーヌの失点だ。ジョゼフはあれをどう思っただろうか。ジョゼフからも「臭いな」と呟かれ、アントワーヌは頭を抱えた。
そうとなれば、シャルロットだけでなくフロレルも、花の香りに混じるオメガフェロモンを嗅ぎ取ったと考えるのが順当だ。
こんなことでジョゼフやシャルロットに疎まれてショコラ公爵家の継嗣と認められなくなってしまっては困る。そして、精神的な苦痛を受けたフロレルに嫌な思いをさせることも本来避けなければならないことだったのだ。
「いや……、今考えても仕方ないな」
アントワーヌはそう呟いて、他のことに意識を移した。
目の裏に焼き付いた赤い唇を、自分を見上げる潤んだ瞳を思い出す。
その白い顔に触れようと思うだけで、下半身に熱が集まって来る。
アントワーヌは自分の中心を掴み、ゆっくりと扱き始める。
妄想の中で、赤い唇に舌をねじ込み、むさぼり尽くす。そのなめらかな肌を撫で上げる
アントワーヌが自分の竿を扱く手は早くなっていく。自らその先を嬲り、自身を昂らせる。
美しく白い尻を掴んで押し広げ、自身を突き立てる。アントワーヌの名を呼ぶその身体を激しく蹂躙しながらその細い項にかぶりつく。
「……ル……!」
アントワーヌは愛しいオメガの名を呼びながら、浴室のタイルに白濁を巻き散らして果てた。
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