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15.国王のため息
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◇◇◇◇◇
「シャルル、何とかしてちょうだい! お前がフロレルを手懐けておかないからこんなことになっているのよ!」
「母上……」
王妃に呼び出されたシャルルは、いきなり縋りつかれて困惑していた。私室で話をするということであったため、ある程度の本音を言いたいのだと予想はしていた。しかし、涙ぐみながら話をしている様子は、とても王妃のものではない。
シャルルが現在要求されていることも、王妃の自由になるお金を調達して来いということなのだ。
数日前に聞いた国王の話を思い出して、シャルルは手を強く握りしめた。
◇◇◇
シャルルは、フロレルが学園に登園した日、彼を呼びつけて王妃宮の予算をどうにかするようにと叱責した。フロレルが王妃から殴打されたことを恨みに思って、王妃宮の予算を減らすようジョゼフに依頼したのだと考えたからだ。
結局、シャルルはフロレルに冷たくあしらわれ、予算を元に戻すことを約束させることはできなかった。
しかし、数日後に父である国王からの呼び出しを受けて叱責を受けたのだ。
シャルルが呼び出された応接室に入ると、ペシェが同席しており、その後ろには宰相府の文官が控えていた。
「国王陛下にご挨拶申し上げます」
「時間もないから手短に話をするぞ。シャルル第一王子、其方はフロレル・ド・ショコラ公爵令息に王妃宮の予算を元に戻すようショコラ公爵に伝えろと迫ったそうだな」
「はい……。母上……王妃殿下がお困りのようでしたので、学園でそのような話はいたしました」
国王から王妃宮の予算の話が出たということは、予算が不当に減らされたということがやっと伝わったのだろう。シャルルはそう考えて少しほっとした。王族が公爵に翻弄されるなどとはあるまじきことだが、王妃がそう言っていたのだから間違いはないだろうとシャルルは信じていた。
最近の王妃は、気に入らないことがあるとシャルルを呼び出しては怒りをぶつける。このまま予算が戻らねば、また感情的になった王妃の相手をせねばならない。
しかし、国王が動き出したのであれば、王妃にとって満足のいく結果が得られるだろうと考えて、シャルルは頬を緩めた。
「シャルル第一王子殿下、王妃宮の予算は減ってはおりませぬ。今回打ち切られたのは、フロレル・ド・ショコラ公爵令息の教育に係る公爵家からの援助資金でございます。王宮での伴侶教育がなくなったからには当然のことでありますが」
「え? でも、王妃殿下は茶葉や菓子や化粧品の予算を減らされたと……」
「そのような事実はない。王妃が援助資金の余剰分を自由に使っていたのを、ショコラ公爵が黙認してくれておっただけだ」
ペシェの説明を聞いてシャルルは訳が分からなくなったが、続く国王の話を聞いて青褪める。
王妃が減らされたと言った予算で贖っていたものは、高級品でなくともなんとかなる品物ばかりだ。嫌がらせにはちょうど良かったのだろうとシャルルは考えていた。
しかし、これまでが教育のための援助資金の余剰金を贅沢品に充てていただけだったと……?
「つまり、使い込み……」
「まあ、そんなにはっきり言ってやるものではない。王妃はラッテ王国からの資金援助がない故、予算以上の贅沢品は手に入りにくいからな。ショコラ公爵も息子の義母となる王妃を助けてやりたい気持ちがあったから、黙認しておったのだろう。これまではな」
そんなに王妃宮の予算というものは乏しいものであったのかと、シャルルは驚いた。自身は特に不自由を感じたことはないため、王子宮よりも王妃宮の方が財政的に恵まれないのだろうとシャルルは考えを巡らせる。
実際には、王妃が贅沢をしていただけなのであるけれど。
そのようなことがわからないシャルルは、王妃宮の予算がもともと少ないのであれば、そして、王妃が困っているのであればと、思ったことを口にした。
「だったら! これからは母上のためにショコラ公爵が援助してくれても良いのではありませんか?」
「は?」
「……?」
シャルルの言葉に国王とペシェは絶句した。
「其方は何を言っておるのだ」
「父上! 母上はフロレルの義母になるのですから、息子として助けるのは当たり前のことです!」
驚きの目で国王はシャルルを見つめ、ペシェ宰相は眉間にしわを寄せて押し黙っている。
「其方は正気か?」
「父上?」
誰が自分の顔を殴打した人間に、自分の大事な息子を傷つけた人間に金銭的な援助をしたいと思うのだろうか。そもそもの発端は、王妃がフロレルに難癖をつけた挙句、暴力を振るったことでこれまで寛容に処されていたことが許されなくなったのだ。そのことに、シャルルは気づいていないのだろうか。
国王はそれをシャルルに滾々と説いた。
とにかくシャルルは、ショコラ公爵家からの教育のための援助資金がなくなったことが原因だということは理解していたようだが、それ以上のことはわかったのだろうか。
「シャルル、其方はもっとフロレルを大切にせよ」
国王のその言葉を、シャルルは怪訝な顔で聞いていた。とくに言い返すではなかったが、シャルルにはフロレルを大切にするという意味がわからないのだろうと国王が思うような表情だった。
シャルルが退室してから、国王はペシェに話しかけた。
「シャルルはあんなに愚かであったかな。まるで王妃と話しているかのようだった」
「はい。フロレル公爵令息との交流が減ってから、判断力が低下されているとの報告が」
「そうか……」
学園には、シャルルと懇意にしているオメガの子息がいるらしい。今は友人関係のようだが、シャルルの方が執着しているようだと王家の影から報告を受けている。
自分によく似た容貌のシャルルを国王は大切に思っていた。おおらかな性格も平和な現在であれば王には相応しいだろうと。雑で考えの足りないところは、フロレルが補ってくれるだろうとそれも当てにしていた。
しかし、現在の状況では、フロレルとうまく行くという未来が見えない。
先日来のショコラ公爵の訴えを聞かねばならぬときは間近かもしれないと思い、国王はため息を吐いた。
◇◇◇
王妃に泣きつかれたシャルルは、再びフロレルと話をしようとしたが、それは叶わない。
フロレルは冬季試験まで学園を休むことになったのだ。
既に卒業に必要な単位は取得しているため、試験さえ受ければ卒業には影響しない。
フロレルが休むことになったのは、自分の態度にも原因があるのだとはシャルルは少しも考えなかった。そして、自分がショコラ公爵家に出向いてフロレルに会いに行くという考えもない。
フロレルは、外見は美しいが、従順で賢いだけの面白みのない婚約者でしかない。せめて、ショコラ公爵家の財力で自分の役に立てばいいのにとシャルルは考えるようになる。
フロレルの代わりにシャルルの判断を修正してくれる者は、誰もいなかった。
「シャルル、何とかしてちょうだい! お前がフロレルを手懐けておかないからこんなことになっているのよ!」
「母上……」
王妃に呼び出されたシャルルは、いきなり縋りつかれて困惑していた。私室で話をするということであったため、ある程度の本音を言いたいのだと予想はしていた。しかし、涙ぐみながら話をしている様子は、とても王妃のものではない。
シャルルが現在要求されていることも、王妃の自由になるお金を調達して来いということなのだ。
数日前に聞いた国王の話を思い出して、シャルルは手を強く握りしめた。
◇◇◇
シャルルは、フロレルが学園に登園した日、彼を呼びつけて王妃宮の予算をどうにかするようにと叱責した。フロレルが王妃から殴打されたことを恨みに思って、王妃宮の予算を減らすようジョゼフに依頼したのだと考えたからだ。
結局、シャルルはフロレルに冷たくあしらわれ、予算を元に戻すことを約束させることはできなかった。
しかし、数日後に父である国王からの呼び出しを受けて叱責を受けたのだ。
シャルルが呼び出された応接室に入ると、ペシェが同席しており、その後ろには宰相府の文官が控えていた。
「国王陛下にご挨拶申し上げます」
「時間もないから手短に話をするぞ。シャルル第一王子、其方はフロレル・ド・ショコラ公爵令息に王妃宮の予算を元に戻すようショコラ公爵に伝えろと迫ったそうだな」
「はい……。母上……王妃殿下がお困りのようでしたので、学園でそのような話はいたしました」
国王から王妃宮の予算の話が出たということは、予算が不当に減らされたということがやっと伝わったのだろう。シャルルはそう考えて少しほっとした。王族が公爵に翻弄されるなどとはあるまじきことだが、王妃がそう言っていたのだから間違いはないだろうとシャルルは信じていた。
最近の王妃は、気に入らないことがあるとシャルルを呼び出しては怒りをぶつける。このまま予算が戻らねば、また感情的になった王妃の相手をせねばならない。
しかし、国王が動き出したのであれば、王妃にとって満足のいく結果が得られるだろうと考えて、シャルルは頬を緩めた。
「シャルル第一王子殿下、王妃宮の予算は減ってはおりませぬ。今回打ち切られたのは、フロレル・ド・ショコラ公爵令息の教育に係る公爵家からの援助資金でございます。王宮での伴侶教育がなくなったからには当然のことでありますが」
「え? でも、王妃殿下は茶葉や菓子や化粧品の予算を減らされたと……」
「そのような事実はない。王妃が援助資金の余剰分を自由に使っていたのを、ショコラ公爵が黙認してくれておっただけだ」
ペシェの説明を聞いてシャルルは訳が分からなくなったが、続く国王の話を聞いて青褪める。
王妃が減らされたと言った予算で贖っていたものは、高級品でなくともなんとかなる品物ばかりだ。嫌がらせにはちょうど良かったのだろうとシャルルは考えていた。
しかし、これまでが教育のための援助資金の余剰金を贅沢品に充てていただけだったと……?
「つまり、使い込み……」
「まあ、そんなにはっきり言ってやるものではない。王妃はラッテ王国からの資金援助がない故、予算以上の贅沢品は手に入りにくいからな。ショコラ公爵も息子の義母となる王妃を助けてやりたい気持ちがあったから、黙認しておったのだろう。これまではな」
そんなに王妃宮の予算というものは乏しいものであったのかと、シャルルは驚いた。自身は特に不自由を感じたことはないため、王子宮よりも王妃宮の方が財政的に恵まれないのだろうとシャルルは考えを巡らせる。
実際には、王妃が贅沢をしていただけなのであるけれど。
そのようなことがわからないシャルルは、王妃宮の予算がもともと少ないのであれば、そして、王妃が困っているのであればと、思ったことを口にした。
「だったら! これからは母上のためにショコラ公爵が援助してくれても良いのではありませんか?」
「は?」
「……?」
シャルルの言葉に国王とペシェは絶句した。
「其方は何を言っておるのだ」
「父上! 母上はフロレルの義母になるのですから、息子として助けるのは当たり前のことです!」
驚きの目で国王はシャルルを見つめ、ペシェ宰相は眉間にしわを寄せて押し黙っている。
「其方は正気か?」
「父上?」
誰が自分の顔を殴打した人間に、自分の大事な息子を傷つけた人間に金銭的な援助をしたいと思うのだろうか。そもそもの発端は、王妃がフロレルに難癖をつけた挙句、暴力を振るったことでこれまで寛容に処されていたことが許されなくなったのだ。そのことに、シャルルは気づいていないのだろうか。
国王はそれをシャルルに滾々と説いた。
とにかくシャルルは、ショコラ公爵家からの教育のための援助資金がなくなったことが原因だということは理解していたようだが、それ以上のことはわかったのだろうか。
「シャルル、其方はもっとフロレルを大切にせよ」
国王のその言葉を、シャルルは怪訝な顔で聞いていた。とくに言い返すではなかったが、シャルルにはフロレルを大切にするという意味がわからないのだろうと国王が思うような表情だった。
シャルルが退室してから、国王はペシェに話しかけた。
「シャルルはあんなに愚かであったかな。まるで王妃と話しているかのようだった」
「はい。フロレル公爵令息との交流が減ってから、判断力が低下されているとの報告が」
「そうか……」
学園には、シャルルと懇意にしているオメガの子息がいるらしい。今は友人関係のようだが、シャルルの方が執着しているようだと王家の影から報告を受けている。
自分によく似た容貌のシャルルを国王は大切に思っていた。おおらかな性格も平和な現在であれば王には相応しいだろうと。雑で考えの足りないところは、フロレルが補ってくれるだろうとそれも当てにしていた。
しかし、現在の状況では、フロレルとうまく行くという未来が見えない。
先日来のショコラ公爵の訴えを聞かねばならぬときは間近かもしれないと思い、国王はため息を吐いた。
◇◇◇
王妃に泣きつかれたシャルルは、再びフロレルと話をしようとしたが、それは叶わない。
フロレルは冬季試験まで学園を休むことになったのだ。
既に卒業に必要な単位は取得しているため、試験さえ受ければ卒業には影響しない。
フロレルが休むことになったのは、自分の態度にも原因があるのだとはシャルルは少しも考えなかった。そして、自分がショコラ公爵家に出向いてフロレルに会いに行くという考えもない。
フロレルは、外見は美しいが、従順で賢いだけの面白みのない婚約者でしかない。せめて、ショコラ公爵家の財力で自分の役に立てばいいのにとシャルルは考えるようになる。
フロレルの代わりにシャルルの判断を修正してくれる者は、誰もいなかった。
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