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16.残り香
フロレルは、ショコラ公爵邸に引きこもっていた。
久しぶりに学園に登園したフロレルは、シャルルから罵声を浴びせられて調子が悪くなった。その日の夜からフロレルは、更に酷く具合が悪くなったのだ。そして医師より、その体調不良は発情期の前のようなホルモンバランスの異常によるものだと診断され、しばらくは安静にしているようにと指示をされた。
シュクレ王国のオメガは、第二性がオメガであると診断された日から、発情期を無事に過ごせるように薬を処方される。そして結婚するまでは、その薬を飲み続けるのだ。本人の体質によって、また成長によって薬は調整されて処方される。
フロレルは新しい薬を処方されたこともあって、医師から安静を命じられたのだ。
安静と言ってもベッドに横になっていなければならないわけでもなかったため、フロレルは本を読んだり古代語の翻訳をしたりして有意義な時間を過ごしていた。
特に、オランジュ教授から見舞いにと贈られた、古代の天文図とそれに添えられた古代語の写しをフロレルは夢中になって読み耽った。
「シャルル殿下は、相変わらずボンボン子爵令息を側に侍らせていらっしゃるわ」
「まあ、シャルル殿下の片思いと周囲は思っているようですけれど」
「そう……、ボンボン子爵令息は迷惑に思っていないのかな」
「あの方は、アントワーヌ様やカミュ様に勉強を教えてもらえるのが有難いと、周囲にお話になっているようですわ」
「本人が本当にそう思っているのなら良いのだけれど」
「フロレル様、ご自分の婚約者のことなのに、ボンボン子爵令息に対してお優しすぎますわ」
休日にはクロディーヌとルイーズがショコラ公爵家を訪れて、学園の様子をフロレルに教えてくれた。シャルルはルネと友人なのだから、仲良くしていても問題ないと言っているようだ。しかし、シャルルは例えばアントワーヌやカミュ、ジャックの肩を抱いて歩くようなことはしない。
明らかにアルファがオメガを『寵愛』する姿を、学園の中でみなに見せつけている。それはオメガにとって、あまり外聞の良い話ではない。
しかし、ルネがそれを嫌がっていないのならば、周囲がどうこう言うことではないだろうとフロレルは思う。
ルネ自身は『友人』だと本当に思っているのかもしれないと、クロディーヌとルイーズが話しているのをフロレルは黙って聞いていた。
「そういえば、あのような様子で、ボンボン子爵令息の縁談には影響しないのでしょうかね?」
「そうですわね……」
クロディーヌがふと漏らした言葉に、ルイーズは同意ともとれる言葉を返す。
「さあ、何もかもなるようにしかならないだろうね……」
「フロレル様……、軽口でしたわ」
「申し訳ありません」
フロレルの諦めたような言葉に、クロディーヌとルイーズははっとする。フロレルは、シャルルの婚約者なのだ。無神経な発言をしたとクロディーヌとルイーズは詫びる姿勢を見せるが、フロレルは気にすることはないとばかりに笑みを返した。
希少なオメガであれば子爵令息であっても、どこかの高位貴族の養子になれば王家に嫁ぐことはできるだろう。その時シャルルはショコラ公爵家の後ろ盾を失い、立太子することは叶わなくなる。
それをシャルルはどう考えているのか。
そして、ボンボン子爵は自分の息子のことをどう考えているのか。
「可哀想なボンボン子爵令息。いや、可哀想なのはわたくしも同じかな」
クロディーヌとルイーズを見送った後、フロレルはぽつりと呟いた。
ルネも自分も、アルファに振り回されるオメガでしかないと自嘲したのだ。
「義兄上、どうかされましたか?」
玄関ホールでぼんやりとしていたフロレルは、帰宅した様子のアントワーヌの声で現実に引き戻された。
「あ……ああ、アントワーヌ出かけていたのか。お帰りなさい。わたくしは、クロディーヌとルイーズを見送ったところだ」
「そうでしたか。このような場所では冷えます。部屋へ一旦入られませ」
まるで言い訳をするようだと思いながら、フロレルはアントワーヌを見上げた。そんな心の内を知る由もないアントワーヌはフロレルに笑顔を向けると、部屋に戻るよう促した。
「では義兄上、晩餐まで失礼いたします」
アントワーヌは、フロレルに近づくことなく自室に帰っていく。そんなアントワーヌの様子に、フロレルは首を傾げる。
最近はあんなにエスコートをしたがっていたアントワーヌが、いったいどうしたというのだろうか。もちろん、屋敷内のこのような状況でアントワーヌがフロレルをエスコートする必要はないのだが。
「あ……」
アントワーヌが去った後の残り香。以前に感じた花の香りに薄く混じるオメガフェロモン。
それを感じたフロレルは思わず声をもらした。
アントワーヌは、オメガの誰かと会っていたのだ。その香りは、フロレルが王妃に殴打された日に会っていたのと同じオメガのものだ。
その相手に、フロレルは思い当たる節があった。
「そうか、彼は次代のショコラ公爵の伴侶になるという道があるのかな」
その時フロレルは、領地の片隅にでも置いてもらえるだろうか。追い出されたりしないだろうか。
やはり今のうちにジョゼフに頼んで、天文台を作ってもらうのが良いのかもしれない。
そこで古代の天文図と現在の天文図を引き比べた研究をするのだ。
フロレルは、楽しいことを考えようと思いを巡らせる。
どうしてこんなに衝撃を受けているのか。
フロレルには自分の心の内が、わからなかった。
◇◇◇◇◇
「ルネを側に置いておく方法はないか……?」
シャルルは自室で独り呟く。
可愛い可愛いルネ。
「ルネ」と呼びかけると、シャルルに自然な、愛らしい笑顔を向けてくれる。その笑顔が、アントワーヌやカミュ、ジャックにも向けられているのは少々気に入らないが、まだ自分の気持ちをルネに伝えてはいないのだから、仕方ないだろう。
シャルルはそう考えながら、爪を噛んだ。
「フロレルをどうするかだな」
ルネと結ばれるためには、フロレルは邪魔者でしかない。王妃の不興を買ったのはフロレルが悪いのに、ジョゼフに泣きついて王宮に来なくなったことも気に入らない。
おかげで王妃は自分の自由になる予算が減ったと嘆いてシャルルに当たり散らしているのだ。
フロレルさえ王妃の言うことを聞いておけば良かったのに。優秀で従順なはずの婚約者が、今回に限ってどうしてそのような行動を取ったのかわからない。
それを考えて、シャルルは美しく整えられた爪を再び強く噛んで歯型をつけた。
全て逆恨みであるが、それを修正してくれる者は、シャルルの側にはいなかった。
爪を噛む悪い癖を注意してくれる者も、今はいない。
シャルルは、フロレルを排除するにしても、ジョゼフを怒らせてしまっては元も子もないということを、今回の件で学習した。
ルネを手に入れるには、フロレルに瑕疵をつけなければならない。ジョゼフにも仕方ないと思わせるような大きな瑕疵を。
しかし……
「一体どうすればいいんだ……!」
シャルルには、人を陥れたいという気持ちがあっても、そのような計略を考える能力はない。
その気持ちを良き方向に向けるためにフロレルが婚約者となり、良き計略を考えて実行するためにアントワーヌとカミュ、ジャックが側近となったのだが、シャルルはそれを全く生かせない王子になっていた。
まるで王妃のようだ。
そう言ったのは、誰だったのか。
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