【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

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18.暴漢の襲撃

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◇◇◇◇◇


 冬季の試験結果が発表された。一位がアントワーヌで二位がフロレル、三位はカミュだ。上位陣は夏季と変化はなかった。
 そして、ルネの順位が上がったことを喜んだシャルルが、微笑まし気に彼の頭を撫でていた。掲示板の前で。そう、衆目の中でオメガの子爵令息を寵愛するアルファの王子というのは相変わらずの図式だ。
 フロレルはその姿を見ながら、学園のみながどう思うのかを気にしないシャルルは、立太子どころか王族でいることすら難しいのではないかと考え始めていた。
 更に、いつも通りの成績を維持した側近たちとは異なり、シャルルは少しばかり成績を落としている。
 シャルル自身は、多少の順位の変動は誤差の範囲だとあまり気にしていないようだった。

 しかしながらそれを聞いた王妃は、「フロレルがっ! あいつが悪いのよっ!」と言って壁に花瓶を投げつけたという。
 王妃の言動は、伝聞でしかない。話を切り取られているのだろうとフロレルは思ってはいるが、王妃が自分を疎んでいるという確信だけは持っていた。なにしろ、シャルルが収穫祭の王になれなかったのはフロレルに責任があると言って暴力をふるった人間なのだから。

 とはいえ、フロレルは自分が再び王妃宮に行くことはないし、今後は王妃と相対する可能性もほとんどないということを知っている。そもそも、これからのフロレルは特別なことがなければ王宮にも行かないのだ。そういう変化を、王妃はどうやら知らないようだ。
 シャルルに関することをフロレルの責任にしようとしても、それは通用しないのだと王妃が早く気づいてくれれば良いのに。
 フロレルは心の中でそう祈った。


 冬季の短い休みの後、学園内の一部では、フロレルについての良くない噂が広まっていた。それは、シャルルが本格的にフロレルを排してルネに乗り換えたというもの。そして、それに嫉妬したフロレルがルネを害そうとしたというものだ。
 馬車止めに向かう渡り廊下で、シャルルがフロレルを怒鳴りつけたことを見た者からの伝聞が切り取られて、そのような噂になったのだろう。
 シャルル自身がルネを寵愛する様を周囲に見せつけているのも、噂を補強することになっている。
 しかし、その噂を面白がっているのは下位貴族だけだ。上位貴族はもし本気でフロレルがルネを排除しようとすればどのようなことになるのかを知っている。
 上位貴族たちは、本当にシャルルがフロレルを排してルネに乗り換えたのであれば、自分たちの振る舞いを変えなければならないのだ。
 彼らは状況を把握するために、慎重に行動していた。



◇◇◇◇◇


「アントワーヌ、ありがとう。今日も楽しかった」
「それは良かった」

 ルネは可愛らしい顔に笑みを浮かべて、アントワーヌを見上げた。笑顔でそれに応えたアントワーヌは、開けられた扉に向かってルネをエスコートする。そこは以前にも二人が待ち合わせていた秘密の会合をする店だ。アントワーヌは出口につながる部屋でルネをロジェに引き渡すと、薄暗い廊下へ戻り、別の出口を使用するために自分の護衛とともに移動した。
 自分のために用意された部屋で紅茶を楽しんでから、アントワーヌは店を出てショコラ公爵邸に向かう。しかし、その途中で馬車が止められた。

 アントワーヌが馬車の窓から周囲を窺う。何やら、騒然とした様子である。

「どうしたのだ?」
「何事かあったようで、交通規制がかけられています。迂回路にうまく入れるかどうか、確認いたしますので、お待ちくださいませ」
「そうか、仕方ないな」

 アントワーヌは御者の答えを聞いてため息を吐いた。帰るのが遅くなるのは避けたい。アントワーヌは、家族とともにとる晩餐に穴を開けるわけにはいかないのだ。

 程なくして御者がうまく迂回路を通り、アントワーヌはショコラ公爵邸に帰宅した。

 アントワーヌが湯浴みをしていると、ジョゼフから急ぎ執務室に来るようにという指示があると侍従が伝えに来た。この後すぐに晩餐となるのに珍しいことだと思いながら、アントワーヌは急いでシャツを纏い、上着を羽織った。髪がまだ湿っているが、それは許されるだろう。
 アントワーヌは速足で廊下を歩いてジョゼフの執務室に到着すると、その扉を叩いた。

「義父上、アントワーヌが参りました」
「入れ」

 侍従が開けた扉からアントワーヌが執務室に入ると、ジョゼフにすぐに座るように命じられた。ジョゼフは大きなため息を吐いてから、アントワーヌと目線を合わせると、低い声で告げる。

「先ほどのことだ。ルネ・ド・ボンボン子爵令息が乗った馬車が暴漢に襲撃されたという一報が入った」
「えっ! ルネの馬車がですか? ルネは……」
「ああ、御者が軽い怪我をしたらしいが、ボンボンの息子は無事だ。怪我もないらしい。侍従の男が全部撃退したと聞いている。人数も少なかったようだがな……」
「無事でよかったです。それで犯人は……」
「騎士団に拘束されている。だが、証言まではまだ掴んでいない」
「……そうですか。しかし……、我が家が疑われる可能性があるということですね」

 ジョゼフとのやり取りで、アントワーヌは暫し考えを巡らせる。
 学園内には、フロレルがルネを害しようとしたという噂がある。ここで暴漢に襲われたとなっては、フロレルがショコラ公爵家の力を使ってルネを排除しようとしたという疑いが持たれるかもしれない。
 フロレルがそのようなことをしないということは、ジョゼフとアントワーヌは理解している。
 そもそもフロレルが、ジョゼフに知られずにショコラ公爵家の暗部を使うことなどできないのだ。市井の破落戸を使うことすら、フロレルにはできないだろう。

 ジョゼフがそれを許さないからだ。

「ふふふ。ショコラ公爵家から依頼されたと証言すれば、騎士団から連絡が来るだろう。もしそういう嫌疑がかかれば……、面白いことになるだろうな」
「義父上、楽しそうですね」
「ふん。我が家に疑いをかけようとするのは誰なのかと考えるだけで、思い切り不愉快で、楽しいものだよ」

 ジョゼフの美しい笑顔が心底恐ろしくて、アントワーヌは背筋を伸ばす。
 しかしその恐ろしさは、アントワーヌの中にある仄暗い感情と似ているのだ。
 そのことに気づいているジョゼフは、姿勢を正したアントワーヌを見て、再び楽し気に笑った。



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