【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

文字の大きさ
18 / 53

17.渡り廊下で




 フロレルは冬季の試験だけを受けるために学園に向かった。このまま学園へ復帰するか休み続けるかは決まっていない。フロレルとシャルルとの婚約がなくならないのであれば、学園に通っておく必要はあるだろう。王子の伴侶となるからには、社交にも気を配っていると示しておかなければならないのだから。

 試験が終わり、フロレルは早々に帰宅の準備をする。フロレルは校舎を出て渡り廊下を歩いていく。その先にある馬車止めの前の広場で、フロレルはアントワーヌと待ち合わせをしていたのだ。

 ふと、何かの気配を感じて渡り廊下の向こうを見ると、木陰に誰かが蹲っているようだ。

「あれは……?」

 フロレルが護衛とともに木陰に近づいていくと、見覚えのあるストロベリーブロンドの髪の華奢な少年がしゃがみこんでいるのが見えた。

「ボンボン子爵令息……?」

 フロレルの声に顔を上げたルネは、青白い顔をして涙を流している。ルネとは『友人』ではないが、アントワーヌとともにいるときに挨拶を交わしたことはあるので、見知らぬ人物であるとはいえない。見るからに気分が悪そうなルネを、フロレルは見捨てていくことはできなかった。

「ショコラ……公爵令息……?」
「ボンボン子爵令息、体調が悪いのか? 医務室まで連れて行こう」
「気分が悪く……て……」

 フロレルは、力なく声を出すルネの様子は、尋常でないと感じた。自分の護衛に命じてルネを抱き上げさせると、そのまま渡り廊下へ移動した。アントワーヌを待たせることになるかもしれないが、先に医務室に行こうと校舎の方へと向かう。
 ルネは、涙を流して荒い息をしている。ルネの顔を覗き込みながら廊下を歩いていると、聞きなれた声がフロレルを呼び止めた。

「義兄上、どうかなさいましたか?」

 声のする方を見ると、アントワーヌがシャルルやカミュ、ジャックとともにいる。フロレルは、彼らが馬車止めに行く途中で出会うことができたようだ。

「アントワーヌ、ちょうど良かった。ボンボン子爵令息が……っ」
「ルネ! ルネ、どうしたのだ!」

 フロレルはアントワーヌに状況を説明しようとした。ところが、シャルルがルネに駆け寄ろうとして、フロレルを押しのけたのだ。フロレルは、突き飛ばされたような格好になり、壁にぶつかった。
 それを見たアントワーヌが、フロレルに駆け寄る。

「ルネ! ルネ! 可哀想に、こんなに顔色を悪くして。フロレル、お前はルネに何をした!」
「シャルル殿下、わたくしは何もしておりません。ボンボン子爵令息は渡り廊下の途中の木陰に蹲っておられて……」

 ルネの手を握りながら、シャルルはフロレルを責めるように大きな声を上げた。フロレルが状況を説明するが、シャルルは聞く耳を持たない。
 なおも罵声を浴びせようとするシャルルとフロレルの間に、アントワーヌがすいと身を割り込ませた。

「シャルル殿下、状況の聞き取りは後にして、早くルネを医務室に運びましょう」
「あっ……ああ、そうだな。早く学校医に見せなければ」

 アントワーヌの言葉に、シャルルはぞわりと背筋が寒くなった。実際にはアントワーヌが上位アルファの威圧をシャルルにぶつけたのだ。もちろんそのようなことがあったとは、王族の威厳に関わるのでシャルルが口には出すことはないし、アントワーヌが不敬であることも表沙汰にはならないが。

「義兄上、大丈夫ですか」
「ああ、大事ないよ。アントワーヌ」

 アントワーヌはフロレルを労わるように声をかけた。
 フロレルは、アントワーヌが心配しているのはルネなのではないかと思ったが、シャルルの手前そういう行動もできないのだろうと推測した。

 シャルルは医務室へ行くまでの間も、ルネの顔を覗き込みながらずっと話しかけている。
 フロレルは、調子が悪い時にあのようにしつこく話しかけられてはさぞつらかろうと、密かにルネに同情心を抱いた。


 結局、ルネは試験勉強のために寝不足となり、更に過労となって倒れたのだろうというのが、学校医の見立てだった。
 馬車止めに待機していたボンボン子爵家の侍従ロジェがルネを連れて帰ったのだが、シャルルは最後まで自分が送って行くと主張していた。みなで王子のすることではないと押しとどめて、なんとか諦めさせたのだ。
それはフロレルの目前で行われたことである。
 婚約者のフロレルのことは心配するどころか、ルネを害したと疑ったのに。そして、フロレルにあらぬ疑いをかけたことに対して、シャルルが悪いと思っているような様子は、全く見られなかったのに。

 王子の婚約者というのは、これほどまでに蔑ろにされるものなのだろうか。

 帰りの馬車の中でフロレルはそのようなことが頭に浮かび、大きなため息を吐いた。

 アントワーヌは、いつものように向かいの席でフロレルを見つめている。
 アントワーヌの夕闇の空のような青い瞳。その色は心なしか以前より明るく見える。

「アントワーヌは最近、機嫌が良いようだな」
「義兄上、急にどうされたのですか?」
「いや、何でもない」
「そうですね。以前より明るい気持ちになっているのは確かです」

 フロレルの問いに答えるアントワーヌは、美しい笑顔を浮かべた。
 アントワーヌが明るい気持ちになっているのは、自分の思い通りにことが進んでいるからなのかもしれないとフロレルは思う。
 ショコラ公爵の継嗣としての立場の確立と、そして……


 フロレルは、アントワーヌに婚約者がいないことについて、ジョゼフに尋ねたことがある。

「お父様、アントワーヌの婚約者は決めないのですか?」
「そうだな。アントワーヌが継嗣となってから婚約者を決定することになるだろう」
「……適齢期の方が誰もいなくなるということは、ありませんか?」
「大丈夫だ。アントワーヌのような上位のアルファは、自分の望む相手を必ず囲い込むことができるだろうからね」

 そう言ってフロレルに微笑んで見せたジョゼフの口元には、アルファ特有の鋭い犬歯が見えていた。


 アルファのアントワーヌが望む囲い込みたい相手。きっとその誰かをアントワーヌは得ることができそうなのだ。だから、最近のアントワーヌは明るく見えるのだ。
 アントワーヌは幸せなのだ。

 だけど、自分は決まっている婚約者にも大切にされない。
 いや、自分と誰かを引き比べるなんてどうかしている。

 義弟の幸せを喜べないなんて、なんて心が狭いのだろう。

 フロレルは、そんな自分に自己嫌悪を抱いた。



感想 37

あなたにおすすめの小説

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。 ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

大好きな婚約者を僕から自由にしてあげようと思った

こたま
BL
オメガの岡山智晴(ちはる)には婚約者がいる。祖父が友人同士であるアルファの香川大輝(だいき)だ。格好良くて優しい大輝には祖父同士が勝手に決めた相手より、自らで選んだ人と幸せになって欲しい。自分との婚約から解放して自由にしてあげようと思ったのだが…。ハッピーエンドオメガバースBLです。最後におじいさまの番外編を追加しました。

[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません

月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない? ☆表紙絵 AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。 ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。 Xアカウント(@wawawa_o_o_)

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

悪役令息はもう待たない

月岡夜宵
BL
突然の婚約破棄を言い渡されたエル。そこから彼の扱いは変化し――? ※かつて別名で公開していた作品になります。旧題「婚約破棄から始まるラブストーリー」

アルファ王子に嫌われるための十の方法

小池 月
BL
攻め:アローラ国王太子アルファ「カロール」 受け:田舎伯爵家次男オメガ「リン・ジャルル」  アローラ国の田舎伯爵家次男リン・ジャルルは二十歳の男性オメガ。リンは幼馴染の恋人セレスがいる。セレスは隣領地の田舎子爵家次男で男性オメガ。恋人と言ってもオメガ同士でありデートするだけのプラトニックな関係。それでも互いに大切に思える関係であり、将来は二人で結婚するつもりでいた。  田舎だけれど何不自由なく幸せな生活を送っていたリンだが、突然、アローラ国王太子からの求婚状が届く。貴族の立場上、リンから断ることが出来ずに顔も知らないアルファ王子に嫁がなくてはならなくなる。リンは『アルファ王子に嫌われて王子側から婚約解消してもらえば、伯爵家に出戻ってセレスと幸せな結婚ができる!』と考え、セレスと共にアルファに嫌われるための作戦を必死で練り上げる。  セレスと涙の別れをし、王城で「アルファ王子に嫌われる作戦」を実行すべく奮闘するリンだがーー。 王太子α×伯爵家ΩのオメガバースBL ☆すれ違い・両想い・権力争いからの冤罪・絶望と愛・オメガの友情を描いたファンタジーBL☆ 性描写の入る話には※をつけます。 11月23日に完結いたしました!! 完結後のショート「セレスの結婚式」を載せていきたいと思っております。また、その後のお話として「番となる」と「リンが妃殿下になる」ストーリーを考えています。ぜひぜひ気長にお待ちいただけると嬉しいです!