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17.渡り廊下で
フロレルは冬季の試験だけを受けるために学園に向かった。このまま学園へ復帰するか休み続けるかは決まっていない。フロレルとシャルルとの婚約がなくならないのであれば、学園に通っておく必要はあるだろう。王子の伴侶となるからには、社交にも気を配っていると示しておかなければならないのだから。
試験が終わり、フロレルは早々に帰宅の準備をする。フロレルは校舎を出て渡り廊下を歩いていく。その先にある馬車止めの前の広場で、フロレルはアントワーヌと待ち合わせをしていたのだ。
ふと、何かの気配を感じて渡り廊下の向こうを見ると、木陰に誰かが蹲っているようだ。
「あれは……?」
フロレルが護衛とともに木陰に近づいていくと、見覚えのあるストロベリーブロンドの髪の華奢な少年がしゃがみこんでいるのが見えた。
「ボンボン子爵令息……?」
フロレルの声に顔を上げたルネは、青白い顔をして涙を流している。ルネとは『友人』ではないが、アントワーヌとともにいるときに挨拶を交わしたことはあるので、見知らぬ人物であるとはいえない。見るからに気分が悪そうなルネを、フロレルは見捨てていくことはできなかった。
「ショコラ……公爵令息……?」
「ボンボン子爵令息、体調が悪いのか? 医務室まで連れて行こう」
「気分が悪く……て……」
フロレルは、力なく声を出すルネの様子は、尋常でないと感じた。自分の護衛に命じてルネを抱き上げさせると、そのまま渡り廊下へ移動した。アントワーヌを待たせることになるかもしれないが、先に医務室に行こうと校舎の方へと向かう。
ルネは、涙を流して荒い息をしている。ルネの顔を覗き込みながら廊下を歩いていると、聞きなれた声がフロレルを呼び止めた。
「義兄上、どうかなさいましたか?」
声のする方を見ると、アントワーヌがシャルルやカミュ、ジャックとともにいる。フロレルは、彼らが馬車止めに行く途中で出会うことができたようだ。
「アントワーヌ、ちょうど良かった。ボンボン子爵令息が……っ」
「ルネ! ルネ、どうしたのだ!」
フロレルはアントワーヌに状況を説明しようとした。ところが、シャルルがルネに駆け寄ろうとして、フロレルを押しのけたのだ。フロレルは、突き飛ばされたような格好になり、壁にぶつかった。
それを見たアントワーヌが、フロレルに駆け寄る。
「ルネ! ルネ! 可哀想に、こんなに顔色を悪くして。フロレル、お前はルネに何をした!」
「シャルル殿下、わたくしは何もしておりません。ボンボン子爵令息は渡り廊下の途中の木陰に蹲っておられて……」
ルネの手を握りながら、シャルルはフロレルを責めるように大きな声を上げた。フロレルが状況を説明するが、シャルルは聞く耳を持たない。
なおも罵声を浴びせようとするシャルルとフロレルの間に、アントワーヌがすいと身を割り込ませた。
「シャルル殿下、状況の聞き取りは後にして、早くルネを医務室に運びましょう」
「あっ……ああ、そうだな。早く学校医に見せなければ」
アントワーヌの言葉に、シャルルはぞわりと背筋が寒くなった。実際にはアントワーヌが上位アルファの威圧をシャルルにぶつけたのだ。もちろんそのようなことがあったとは、王族の威厳に関わるのでシャルルが口には出すことはないし、アントワーヌが不敬であることも表沙汰にはならないが。
「義兄上、大丈夫ですか」
「ああ、大事ないよ。アントワーヌ」
アントワーヌはフロレルを労わるように声をかけた。
フロレルは、アントワーヌが心配しているのはルネなのではないかと思ったが、シャルルの手前そういう行動もできないのだろうと推測した。
シャルルは医務室へ行くまでの間も、ルネの顔を覗き込みながらずっと話しかけている。
フロレルは、調子が悪い時にあのようにしつこく話しかけられてはさぞつらかろうと、密かにルネに同情心を抱いた。
結局、ルネは試験勉強のために寝不足となり、更に過労となって倒れたのだろうというのが、学校医の見立てだった。
馬車止めに待機していたボンボン子爵家の侍従ロジェがルネを連れて帰ったのだが、シャルルは最後まで自分が送って行くと主張していた。みなで王子のすることではないと押しとどめて、なんとか諦めさせたのだ。
それはフロレルの目前で行われたことである。
婚約者のフロレルのことは心配するどころか、ルネを害したと疑ったのに。そして、フロレルにあらぬ疑いをかけたことに対して、シャルルが悪いと思っているような様子は、全く見られなかったのに。
王子の婚約者というのは、これほどまでに蔑ろにされるものなのだろうか。
帰りの馬車の中でフロレルはそのようなことが頭に浮かび、大きなため息を吐いた。
アントワーヌは、いつものように向かいの席でフロレルを見つめている。
アントワーヌの夕闇の空のような青い瞳。その色は心なしか以前より明るく見える。
「アントワーヌは最近、機嫌が良いようだな」
「義兄上、急にどうされたのですか?」
「いや、何でもない」
「そうですね。以前より明るい気持ちになっているのは確かです」
フロレルの問いに答えるアントワーヌは、美しい笑顔を浮かべた。
アントワーヌが明るい気持ちになっているのは、自分の思い通りにことが進んでいるからなのかもしれないとフロレルは思う。
ショコラ公爵の継嗣としての立場の確立と、そして……
フロレルは、アントワーヌに婚約者がいないことについて、ジョゼフに尋ねたことがある。
「お父様、アントワーヌの婚約者は決めないのですか?」
「そうだな。アントワーヌが継嗣となってから婚約者を決定することになるだろう」
「……適齢期の方が誰もいなくなるということは、ありませんか?」
「大丈夫だ。アントワーヌのような上位のアルファは、自分の望む相手を必ず囲い込むことができるだろうからね」
そう言ってフロレルに微笑んで見せたジョゼフの口元には、アルファ特有の鋭い犬歯が見えていた。
アルファのアントワーヌが望む囲い込みたい相手。きっとその誰かをアントワーヌは得ることができそうなのだ。だから、最近のアントワーヌは明るく見えるのだ。
アントワーヌは幸せなのだ。
だけど、自分は決まっている婚約者にも大切にされない。
いや、自分と誰かを引き比べるなんてどうかしている。
義弟の幸せを喜べないなんて、なんて心が狭いのだろう。
フロレルは、そんな自分に自己嫌悪を抱いた。
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