【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

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25.可哀想な

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 国王は絞り出すように王妃を呼び、シャルルは呆然とした表情を浮かべて掠れた声を出した。

 誰がボンボン子爵令息襲撃の依頼者が王妃だと言ったのか。

 アントワーヌは、『身分の高い高貴な女性からの命令』としか言っていない。
 アントワーヌが発言していないことを、発言したとして不敬罪に問うことはできるわけがない。みなはそう考えているが、王妃はそう思っていないらしい。

「お前たち、何をしているの! 早くアントワーヌとフロレルを捕まえなさい!」

 誰も動かないことに我慢ができなくなった王妃は立ち上がり、近衛騎士の隊長を扇で指しながら大声を上げた。
 王妃らしくない振る舞いが続くことにみなが眉を顰めている。それを把握しながらも、国王は止める気がないらしい。しかし、息子であるシャルルは彼女を見捨ててはいなかった。

「母上! この場は俺に任せてください! フロレルの断罪はまだ途中です!」
「シャルル……」

 大きな声を出し、シャルルは王妃の行動を止めた。アントワーヌは、『王妃が襲撃の主犯である』とは言ってはいない。シャルルがアントワーヌから奪った報告書の続きにそのように書いてあるかどうかはわからないのだ。そもそもシャルルがこの卒業パーティーを舞台として始めたのは、フロレルの断罪だ。

 シャルルとの婚約がなくなった後には、本来の一人息子であるフロレルがショコラ公爵家の継嗣として返り咲くかもしれない。そのようなことになれば、ショコラ公爵家の後ろ盾はなくなり、シャルルの立場は危うくなる。しかし、アントワーヌが継嗣でいられるようにすれば、ショコラ公爵家の後ろ盾を維持することができるはずだとシャルルは考えていた。そのためには、何があろうともフロレルを断罪せねばならなかったのだ。

「母上、俺が必ずやフロレルを罪に問うてみせますので、少し待っていてください。不敬罪で彼らを拘束するのは、その後に」
「わかりました。ここはシャルル、お前の顔を立てましょう」

 シャルルと王妃、二人の間では話がついたらしい。唯一二人を止められそうな国王は、無表情のままで言葉を発することはない。

 まだこの茶番が続くのかと思い、フロレルは心の中でため息を吐いた。おそらく、この会場のみなも同じ気持であっただろう。

「とにかくっ! フロレル、お前にはルネを害する動機がある。お前は俺が友人として親しくしているルネが可愛らしいオメガであることに嫉妬していたのだろう。お前は可愛げのないオメガだからな!」
「なぜ、可愛らしいオメガだからという理由で、誰かに嫉妬心などを持たねばならぬのですか……」
「それは、ルネの存在によって、王子の婚約者である自分の立場が揺らぐと思ったからだ。だから、命を奪おうとしたに違いない。この報告にある『高貴な女性』というのもお前が人脈を使って手配したのだろう! アントワーヌはなんといっても義兄であるお前の罪をこの場では明らかにしたくなかったようだが、俺にはお見通しだ!」

 シャルルの話は、穴だらけではあるものの、王妃が犯人だという結論にはならないように考えてはいたようだ。そして、フロレルが犯人であると信じている様子である。
 しかし……、そもそも穴だらけの論であることには変わりない。フロレルがいつになく呆れたような態度を表に出していることも、シャルルには伝わっていないようである。

「第一王子殿下、そのように説得力のない動機を主張なさるのは、おやめください。なぜわたくしが、その可哀想なボンボン子爵令息に嫉妬したり害しようとしたりせねばならぬのですか」
「それは……、いや、ルネが可哀想だと?」
「ええ、可哀想でしょう」
「ルネが可哀想だとはどういうことだ!」

 何を言っているのかわからないという表情をしたシャルルを、そしてその後ろでカミュとジャックに守られながら青い顔をしているルネを憐れむように見ると、フロレルは美しい角度で首を傾げた。

「本当におわかりにならないのか。可愛らしいオメガが権力を持ったアルファに、この一年ほど纏わりつかれていたのですよ? それはそれは、恐ろしい思いをしていたことと察せられます」
「そっ、そんなはずはない! 我らは友人として仲良くしていただけだ! ルネもそう言っていた。我らはともに学業に励み、学園生活を楽しんだと。そのようなことは、フロレルの思い込みだ!」
「ふふ、貴方のことが嫌だと、近寄らないでほしいと、子爵令息がこの国の第一王子に言えるわけがないではありませんか。……そうですね、ボンボン子爵令息に直接尋ねてみてはいかがですか?」

 フロレルに反論したシャルルだったが、そこに思いもよらない言葉を返される。

 貴方のことが嫌だと、近寄らないでほしいと……
 ルネがそう思っていると。
 あんなに可愛らしい笑顔をシャルルに向けてくれたルネがそのようなことを思っていると。

「ルネ、俺たちは仲の良い友人だったな! 俺はルネを大切にして心を寄せていた! ルネも俺に心を預けてくれていたよな!」
「……!」

 フロレルが言っていることが、本当であるはずはない。そう思ったシャルルはルネの方へ顔を向けると、友人であると言いながら、友人に向けるとは思えない言葉をルネに投げかけた。これまでも、そのようなことを囁いていたのかもしれない。周囲にそう思わせてもおかしくないぐらい、シャルルの口からそれは自然に零れ落ちた。

 その言葉に、ルネはぴくりと身を竦ませて目を泳がせた。

「ボンボン子爵令息。今日で学園生活は、最後となる。思っていることを正直に伝えることを、お勧めするよ」

 フロレルはシャルルに向けているのとは全く違う優しい声でルネに話しかけ、慈愛に満ちた眼差しを向けた。
 ルネの大きなマゼンダの瞳からポロリと涙が零れ落ちた。その涙をとどめようとするかのようにぱたぱたと瞬きをして俯くルネは、大層可憐に見える。
 そして再び顔を上げたルネは、意を決したように口を開いた。



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