【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

文字の大きさ
27 / 53

26.怖かった

しおりを挟む


「ここで僕が、本心をお話ししてもよろしいのでしょうか……?」
「ああ、かまわない。俺がルネの本心を聞きたいのだ。何を言っても俺が守ってやる」

 シャルルは、ルネの不安を打ち消すように彼を守る言葉を口にして、いつものように愛おしそうな眼差しを向けた。それは、学園の卒業生からは見慣れたものであるが、臨席している保護者や来賓たちにすれば初めて目にする光景だ。
 一部で噂になっていた『第一王子は婚約者を蔑ろにして子爵令息を寵愛している』という噂は真実であったのだと、それを見たみなは判断した。

 再び俯いたルネだが、暫しの後に上げた顔には決意の表情が見て取れた。そして、毅然とした様子をで話を始めたのだ。

「僕……、僕は、他人から可哀想だなどと言われるなんて恥ずかしいことだと思っています……」
「そうだろうルネ! フロレルはひどいことを言う奴だ!」
「……でも、可哀想だと言ってくれる人がいたというだけで、救われたような気持ちになりました」
「ルネ……?」
「シャルル殿下。畏れながら、ルネは殿下だけに話をしているわけではありませんので、相槌は心の中でお願いいたします」

 ルネの言葉に都度都度反応するシャルルに対して、カミュが落ち着いた様子で苦言を呈した。その言葉に目を泳がせたシャルルは、アントワーヌとジャックにも頷かれて慌てて口を噤む。

「シュクレ王立学園に転入して来てすぐに、畏れ多くも第一王子殿下とお知り合いになりました。それと同時に、僕は他のみな様と仲良くなる機会を失ってしまったのです」

 ルネはシャルルと廊下で鉢合わせをして知り合いになってから、王族と高位貴族のアルファに囲まれたオメガとして、なんとなく敬遠されるようになった。そして、夏季休暇前の試験のときにシャルルがルネを庇護していると言わんばかりの態度を学園内で示したことで、本格的に周囲から距離を取られるようになってしまったのだ。
 それからのルネは、学友と連絡事項や簡単な会話をすることはあっても、親しい関係を築くことはできなかった。私物が隠されたり壊されたりしたこともあったようだが、それはすぐに収まった。そして、そのような被害よりも、特別扱いによる孤独感の方がルネには辛いことだったのだ。
 また、ときには、王族を誑かしたとして謗られたり、アルファのお手付きになったオメガとして蔑まれたりしたこともあったという。
 シャルルに『寵愛されている』と見做されることによって受ける精神的な苦痛は、決して小さなことではなかった。

「お名前で呼ばせていただきます。アントワーヌ様とカミュ様、ジャック様は、僕が害されないように何かとお気にかけてくださいました。学習の手助けもしてくださって、良い成績を修めることもできました。そのことには、感謝しています。だけど僕は……、下位貴族という立場に見合った学園生活を送りたかった……」

 ルネはそう言うと、ぽろぽろと涙を零した。

 ルネにとっては、シャルルの寵愛など迷惑でしかなかった。

 ましてやシャルルに心を預けていたなどと思われていたとなれば、ルネにとっては怖気が立つものでしかない。

「ルネ……、ルネ……、嘘だろう? 俺のことを慕ってくれていたんじゃないのか? いつも誘えば喜んでくれたし、笑顔を見せてくれていたじゃないか……」
「第一王子殿下、下位貴族が王子殿下に逆らうことなどできません。自分の感情を表に出すことも……できません……」

 シャルルの呼びかけに、再び拒絶するようなルネの言葉が返される。それに衝撃を受けて青褪めたシャルルがルネに手を伸ばそうとすると、ジャックがその邪魔をするかのように二人の間に体を割り込ませた。

 シャルルには、その光景に既視感があった。

 シャルルがルネとの距離を縮めようとすると、必ず誰かが邪魔をする。最初はみながルネに懸想しているのかと思ったが、そのような雰囲気でもないのでシャルルは不思議に思っていた。

 それは、シャルルに過剰に近づかれることをルネが望んでいないと、側近たちにはわかっていたからなのだ。

「第一王子殿下、オメガにとっては、好きでもないアルファから行動を制限されるというのはとても怖いことなのですよ。だからわたくしはボンボン子爵令息を可哀想……、失礼、ボンボン子爵令息は、不本意な状況に置かれていると思っていたのです。そのような方を害するなどと、わたくしには想像もできません。ましてや貴方は王族のアルファだ。下位貴族のオメガでは貴方に抗うことが難しいとわかっているからフロマージュ侯爵令息やガレット伯爵令息、そしてわたくしの義弟は貴方の行動がエスカレートしないように配慮していたのではありませんか?」

 フロレルの言葉に大きく頷いたルネは、アントワーヌが手渡してくれたハンカチで涙を拭いながら絞り出すように声を発した。

「フロレル様のおっしゃる通りです。僕は怖かった。僕、この学園に来て、第一王子殿下に出会ってからずっと、ずっと毎日怖かったんです。でも、それも今日で、このパーティーで終わりだと思って、静かに過ごすつもりでした……。それなのに……」
「ルネ……、ルネ……」

 ルネの言葉を聞いたシャルルは、その名を呼びながら項垂れた。

 シャルルはこの場でフロレルに婚約破棄を宣言して断罪し、ルネに愛を告白する予定だった。

 それは予定通りにいかなかった。

 それどころか、シャルルは自分がルネに怖いと思われていたということに、完全に打ちのめされていた。

 とんだ喜劇である。

 しかし、この喜劇はそれでは終わらない。

「シャルル! この場を任せたというのにどういうことなの! 早くフロレルの罪を暴いてしまうのではなかったの?」
「母上……、もともと証拠がなくて、動機もなくなってしまったのです……」

 王妃の金切り声を聞いたシャルルは、何とか気力を振り絞って、それに応えた。しかし、王妃はその高貴な身に不釣り合いなほど顔を歪めてシャルルを罵った。

「本当にお前は情けない子ね。だから、ショコラ公爵家の後ろ盾をつけてあげたのに、子爵家のオメガなんかに夢中になってしまって。ああもう、そのオメガも邪魔ね!」
「母上……、何をおっしゃるのですか!」
「手ぬるい方法を使わないで、さっさと殺してしまえば良かったわ……」

 シャルルの叫びに王妃は更に顔を歪め、最後には小さく自分の後悔の言葉を漏らした。それは小さなものではあったが、周囲のいくばくかの人間には拾える程度のものであった。

「殺してしまえば……?」「え、王妃殿下は何をおっしゃられている」「先ほど激高されていたのはやはり」「何と言ってらっしゃるのだ」「殺してしまえばと……」「……!」

 王妃の呟きが聞こえた者はそれを周囲に確認した。それによりその内容は、会場の中を駆け巡ることとなったのだ。



しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

欠陥Ωは孤独なα令息に愛を捧ぐ あなたと過ごした五年間

華抹茶
BL
旧題:あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~ 子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

出来損ないと虐げられ追放されたオメガですが、辺境で運命の番である最強竜騎士様にその身も心も溺愛され、聖女以上の力を開花させ幸せになります

水凪しおん
BL
虐げられ、全てを奪われた公爵家のオメガ・リアム。無実の罪で辺境に追放された彼を待っていたのは、絶望ではなく、王国最強と謳われるα「氷血の竜騎士」カイルとの運命の出会いだった。「お前は、俺の番だ」――無愛想な最強騎士の不器用で深い愛情に、凍てついた心は溶かされていく。一方、リアムを追放した王都は、偽りの聖女によって滅びの危機に瀕していた。真の浄化の力を巡る、勘違いと溺愛の異世界オメガバースBL。絶望の淵から始まる、世界で一番幸せな恋の物語。

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

アルファ王子に嫌われるための十の方法

小池 月
BL
攻め:アローラ国王太子アルファ「カロール」 受け:田舎伯爵家次男オメガ「リン・ジャルル」  アローラ国の田舎伯爵家次男リン・ジャルルは二十歳の男性オメガ。リンは幼馴染の恋人セレスがいる。セレスは隣領地の田舎子爵家次男で男性オメガ。恋人と言ってもオメガ同士でありデートするだけのプラトニックな関係。それでも互いに大切に思える関係であり、将来は二人で結婚するつもりでいた。  田舎だけれど何不自由なく幸せな生活を送っていたリンだが、突然、アローラ国王太子からの求婚状が届く。貴族の立場上、リンから断ることが出来ずに顔も知らないアルファ王子に嫁がなくてはならなくなる。リンは『アルファ王子に嫌われて王子側から婚約解消してもらえば、伯爵家に出戻ってセレスと幸せな結婚ができる!』と考え、セレスと共にアルファに嫌われるための作戦を必死で練り上げる。  セレスと涙の別れをし、王城で「アルファ王子に嫌われる作戦」を実行すべく奮闘するリンだがーー。 王太子α×伯爵家ΩのオメガバースBL ☆すれ違い・両想い・権力争いからの冤罪・絶望と愛・オメガの友情を描いたファンタジーBL☆ 性描写の入る話には※をつけます。 11月23日に完結いたしました!! 完結後のショート「セレスの結婚式」を載せていきたいと思っております。また、その後のお話として「番となる」と「リンが妃殿下になる」ストーリーを考えています。ぜひぜひ気長にお待ちいただけると嬉しいです!

処理中です...