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27.空っぽ
今現在会場にいる者の認識は、王妃がルネを暴漢に襲撃させたのだろうということでほぼ一致している。
それは、王妃の乱心による自白によって、そうなったのである。
ルネの襲撃を命じた王妃の罪はどうなるのか。その罪をフロレルに被せようとした王妃の罪はどうなるのか。これだけ多くの人間の前で王妃自ら罪を表明してしまっては、王家の力を持ってしても犯罪事実を隠蔽するのは不可能だろうと思われる。
そこで、みなは国王の方を窺った。王妃が乱心した現在では、この場を収めることができるのは国王だけであるのだ。国王は、この場を収束させるような何かしらの行動をしないのかと。
しかし、皆の目に映る国王は、これまでのところ黙ってこの事態を眺めていた。
「シャルル、フロレルの断罪はもうこの場でなくてもいいわ。とにかくフロレルとアントワーヌは王族に逆らったのだから不敬罪で投獄します。その二人を拘束しなさい。今は『王妃権限』の最中なのだから言うことを聞くのよ!」
「母上、それは横暴です! 不敬罪にあたる発言があったかは明らかではないうえに『王妃権限』には誰かを投獄するほどの権限はっ」
「黙りなさい! シャルル、お前はわたくしの言うことを聞いていればいいの。さあ、近衛騎士たち、早く二人を捕らえなさい!」
王妃の命令にシャルルは反論するが、彼女はそのようなことを聞き入れる様子はない。扇で近衛騎士を指すと、フロレルとアントワーヌを拘束するよう命令した。
王妃とシャルルのやり取りを聞いている多くの近衛騎士は戸惑うようにしていた。
暫しの後、王妃の睨みつけるようなまなざしに耐えられなくなった一人の近衛騎士が、思いつめたような顔をしてフロレルに向かって走り出した。
「ショコラ公爵令息! 王妃のご命令ですから!」
そう叫んでフロレルに手を伸ばした近衛騎士は、次の瞬間には地面に倒されていた。
「フロレルに触るな」
「アントワーヌ……!」
いつの間にフロレルの側まで来ていたのか。
アントワーヌは近衛騎士に素早く技をかけて転倒させると、フロレルを抱き寄せた。
怒りに満ちた上位アルファの威圧を浴びた近衛騎士は、うめきを上げながらも身動きできないでいる。
その様子を見て、俄かに近衛騎士たちは身構えたが、彼らが動く前に威厳のある声がその場を支配した。
「近衛騎士たちよ、ショコラ公爵家の者を拘束する必要はない。王妃をこの場から即刻退出させよ」
「はっ」
国王の命令を聞いた近衛騎士たちは、フロレルとアントワーヌを警戒するのをやめ、素早い動作で王妃の腕を取って扉へ向かう。
「放しなさいっ! 国王陛下、これはどういうことですか!」
「王妃よ、其方はやり過ぎた。この後、王宮に帰って沙汰を出す」
「お待ちくださいっ! 国王陛下っ! わたくしは……」
国王の命令によりあっという間に王妃は連れ出されていく。抗議する王妃の声が消えた後のホールには再び静寂が訪れた。誰もが王妃がいなくなった扉に注目し。押し黙っている。
そして、会場の中央で呆然と立ち尽くしているシャルルに目を向ける者は誰もいない。
「このパーティーはこれにて閉会としてほしいのだがよいかな?」
国王は威厳のある声で、学園長に尋ねると、彼は壊れた人形のようにこくこくと頷いて閉会を告げた。参加者もこれから気持ちを入れ替えてパーティーを続けることなどできないという雰囲気となっている。
国王は全体を見渡すと、再びみなに言葉を向けた。
「王妃と第一王子の無思慮な行動で、卒業パーティーを台無しにしてしまった。完全な埋め合わせにはならぬかもしれぬが、王宮にて代わりのパーティーを催すことを約束しよう。この後は領地に帰る者もいるであろうから、時期は追って知らせることとなるが……」
もちろん国王からのそのような提案に反論できる者などいるはずはない。
これから王宮の文官が日程調整をし、卒業生の領地からの旅費や宿泊費などもすべて算出して王妃とシャルルの私費からそれを捻出することになるのだが、それは別の話である。
そのパーティーはその場で解散となり、シャルルは呆然としたまま会場に取り残された。フロレルとアントワーヌだけでなく、カミュもジャックも、そしてルネも、いつの間にかその場から消えていた。
「誰もいなくなってしまったな……」
がらんとしたホールに、シャルルの独り言が虚しく響く。
「ははっ! 俺はルネに怖がられていたのか。ははっ! ははははは……」
笑い声を上げるシャルルの双眸からは、涙が溢れていた。
王妃の言葉に従って行動することで、シャルルはどれほどのものを失ったのか。
いや、そもそもどれだけのものが彼の手の中にあったのか。
何もかもが空っぽだ。
空っぽになった自分の身体を抱きしめながら、シャルルは笑い続け、涙を零し続けた。
◇◇◇◇◇
「国王陛下、あれ以上長引くようなら、どうしようかと思いましたよ?」
パーティーから数日後、王宮の応接室で国王と向かい合ったジョゼフは、薄ら笑いを浮かべながらそう言い放った。
国王と同じように黙ってこの事態を眺めていたジョゼフは、何もしない国王はある決断をしたのだろうと考えていた。
今回の断罪劇を『王妃権限』を使用して許可したのであるからには、国王はすべての責任を王妃に負わせる気なのだ。そう、王妃が『王妃権限』と言い出した時点で切り捨てたのだと。
しかし、近衛騎士がフロレルに手を出そうとした時点で、ジョゼフの堪忍袋の緒は切れるところだったのだ。国王がその後すぐに王妃を連れ出して事態を収束させたのは、ジョゼフの感情が切れるかどうかにおいては紙一重のタイミングであった。
「いや、わしの決断が遅いせいでフロレルを傷つけるところだったな……」
国王はその立場にある者とは思えないほど、憔悴していた。
ルネの馬車を暴漢に襲撃させた黒幕が王妃であったこと、その罪をフロレルに被せようと王妃が画策していたことは、既に騎士団が調べを終えていた。
それにより、フロレルとシャルルが婚約するという王命は白紙になったのだ。
国王の予定では、卒業式が終わった翌日にフロレルとシャルルの婚約の白紙を静かに公にし、王妃は病気療養のため東の離宮で静養するというように事態を収める予定であった。
「卒業パーティーで……、人前であれほどのことをしなければ、穏やかな東の離宮で静かに過ごさせるつもりであったのだが」
「北の離宮で王妃殿下がどれだけ持ちますかな」
北の離宮は、表に出せなくなった王族を監禁するところだ。国王の気持ちを察したように返したジョゼフの言葉は、応接室に冷たく響いた。
そもそもショコラ公爵令息であるフロレルと、シャルルとの婚約を望んだ王妃が、その婚約相手を陥れようとするなどとはあり得ないことだ。
だが、王妃はいつの頃からか、フロレルのことを疎ましく思うようになっていた。その時点で、王妃の行動はおかしくなっていたようなのだ。王妃に影響されたシャルルのフロレルに対する態度もそれに伴って変わって行ったようだが、どうしてそうなったのかが国王にはわからない。
「王妃は、北の塔までの道のりに耐えられるかのう……」
国王はため息とともにその言葉を絞り出した。
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