【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

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29.奪われる

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 アントワーヌの馬車が到着したのは、余裕のある下位貴族や富裕な平民が使うような宿屋だ。

「アントワーヌ様、ご案内いたします」
「うむ、ロジェ、最後まで頼むぞ」
「かしこまりましてございます」

 今はルネの従者として仕えているロジェの迎えを受けて、アントワーヌが彼を労う。そして、ロジェの案内する宿屋が経営するレストランの個室へと、アントワーヌは向かった。
 ロジェが開けた扉の中へ足を踏み入れると、ストロベリーブロンドの髪を揺らして小柄な青年がアントワーヌへ近づいて来る。

「アントワーヌ様! いらっしゃいませ」

 挨拶をしてから綺麗な礼をしたルネは、マゼンダの瞳でアントワーヌを見上げた。

「こんにちは、ルネ。その表情だとそちらもうまく行ったみたいだね」
「はい! アントワーヌ様のおかげです。ね、ヒューゴ」
「ショコラ公爵令息、この度は大変お世話になりました。おかげさまで、ルネと新しい生活を始めることができます。」

 アントワーヌの言葉に笑みを深めたルネは、隣に立つ背の高い青年を見上げた。こげ茶の髪に緑色の瞳で柔和な顔をした青年ヒューゴは、アントワーヌに深々と頭を下げた。

「それはよかった」
「はい、アントワーヌ様とお知り合いになれて、僕たちは幸運でした」
「ええ、感謝しています」

 ルネとヒューゴは見つめ合って微笑み、アントワーヌにその笑みを向けて感謝の意を表した。


◇◇◇◇◇


 ルネは、ボンボン子爵家に養子に入る前はルネ・ソルベという名前であった。

 ルネは、ボンボン子爵の妹、ドナと平民の商人でソルベ商会を営むユーグ・ソルベの間に生まれた一人息子だ。ソルベ商会は大手というわけではないが、堅実な商売を営んでおり、ルネは平民にしては裕福な家庭で育ったといえる。
 オメガのルネは、十四歳の時にソルベ商会と取引のあったパルミエ商会の次男で四歳年上のアルファ、ヒューゴ・パルミエと恋に落ちる。ルネとヒューゴの付き合いはどちらの両親からも祝福され、二人はいずれ婚姻を結ぼうと約束をした。そう、二人はルネの成人とともに籍を入れる予定であったのだ。

 ルネの運命が変わったのは、十六歳の時のことだ。

 ドナとユーグが、馬車の事故で儚くなってしまったのだ。両親の葬儀で泣きじゃくるルネをヒューゴが慰める姿は、周囲の涙を誘った。
 両親は亡くなってしまったが、ルネはまだ成人しておらず、ソルベ商会を相続するにしても十八歳となるまでは後見人が必要となる。
 葬儀後の話し合いで、ルネの婚約者であり、既に二十歳となっていたヒューゴ・パルミエがルネの後見人となり、いずれ婚姻を結んでソルベ商会を継承することとなった。それまでは、ソルベ商会の切り盛りはヒューゴが行う。もちろん、パルミエ商会もルネとヒューゴを支援する予定であったのはいうまでもない。

 ところが葬儀も終わり、相続の手続きをしている時に、ルネの元にボンボン子爵が現れたのだ。ボンボン子爵は、放漫な領地経営により生活が苦しくなっていた。もともと結婚してから交流のなくなっていた妹夫婦の訃報も、ボンボン子爵は無視するつもりであったのだ。香典がもったいないからという極めて低俗な理由によって。
 妹夫婦が幾ばくかの財産を残していることを知ったボンボン子爵は気持ちを変えた。そう、その財産を自分のものにしようと画策したのだ。
 そしてボンボン子爵は、貴族としての力を使って、希少なオメガである可愛らしいルネを養子にし、ルネの持つソルベ商会の財産を実質的に自分の手に納めてしまった。商会の土地も権利も売られてしまい、ルネには何も手渡されることはない。
 平民同士の婚約は貴族のように契約書を作らないため、二人の仲を裂くのもボンボン子爵にとっては簡単なことであった。ルネとヒューゴの婚姻の約束は最初からなかったことにされてしまったのだ。

 ルネは嘆き悲しんだ。
 両親の財産を奪われてしまったことを。
 愛するヒューゴと引き離されてしまったことを。
 どこかの知らないアルファに嫁がされてしまいそうなことを。

 何度かルネは逃げ出そうとしたが、うまくいくことはなく、見張りが厳しくなっただけであった。

 そして一年間の貴族教育の後、ルネは王立学園の第三学年に編入することが決まった。もともと商会を継ぐために勉強を続けていたルネは、編入試験にも高得点を取ることができた。

「学園内で金持ちのアルファを捕まえて来い。そうでなければ、こちらで嫁ぎ先を探してやるからな」

 下卑た笑いを浮かべてルネにそう言い放つボンボン子爵は、吐き気がするほど気持ち悪い。
 好きでもないアルファを捕まえる気はないし、ボンボン子爵が用意する嫁ぎ先などそれこそ考えるだけでぞっとする。
 しかし、まだルネが金持ちのアルファに対する『商品』であるうちは、虐げるつもりはないようだ。学園にいる間に、何か手立てを打てるかもしれない。

 ルネはそう考えて、学園で学び、人脈を作り、逃げ出すだけの力を付けようと決心したのだ。


「君、第三学年に編入してきたルネ・ド・ボンボン子爵令息だね? はじめまして」

 編入してきてすぐのことだ。ルネは、図書室で銀色の髪に濃い青の瞳を持つ美しい青年にそう声をかけられた。
 洗練された物腰で優しい笑顔を浮かべるその青年からは、上位アルファらしい威圧がふんわりと感じられた。

 もしかしたら、わざとそういう威圧をしているのかもしれない。

 ルネはそう思った。

「……そうですけど。いったい貴方は……」
「これは失礼。わたしはアントワーヌ・ド・ショコラという。お見知りおきを」
「ショコラ公爵令息?」

 ショコラ公爵家といえば、シュクレ王国でも大きな力を有する貴族家だとルネでも知っている。現公爵の実子は第一王子の婚約者であり、同年齢の従兄弟が養子になってショコラ公爵を継ぐといわれている。
 ルネが受けた1年間の貴族教育の中でも王族の次に名前が上がっていた公爵家の令息だ。

 そのような人に声をかけられて、ルネはマゼンダの瞳を見開いて身を強張らせた。

「ボンボン子爵令息、そんなに固くならないで。うん。可愛らしいね。いい感じだ。わたしは、君に少しばかり相談があるのだけれど、時間をとってもらえないかい?」
「相談……?」
「そう、相談に乗ってほしい」

 そう言って微笑んだアントワーヌの美しい笑顔がなぜか恐ろしくて、ルネは身震いをした。



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