【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

文字の大きさ
31 / 53

30.愛する人と

しおりを挟む

 アントワーヌは、どういうわけかルネの事情を詳しく知っていた。
 ショコラ公爵家であれば、学園生の大まかな情報は掴むことができるのだということをルネが知ったのは、ずっと後になってからのことだ。そして、その力を行使すればもっと詳しいことも調べ上げることができるのだということも。

 アントワーヌの話は簡単だった。ルネがシャルルに近づいて仲良くなってほしいということだ。
 そうすれば、学園卒業後にはボンボン子爵家から除籍できるようにショコラ公爵家が取り計らうと。そして、ソルベ商会の財産がルネの手元に戻るようにすると。そして、ヒューゴと再び会えるように取り計らうと。

「そんな簡単に友人になれるものでしょうか?」
「わたしは殿下の側近だからね。うまく仲良くなれるような場面を作るよ」

 ルネの質問に対してのアントワーヌの答えは澱みがない。
 シャルルと仲良くするだけで、そんなに便宜を図ってもらえるものなのかとルネは首を傾げた。

 アントワーヌが言うには、貴族と平民では、人との付き合い方が全く違うということだ。ルネにとって、それは貴族教育で学んだことだが、実感としてはわかっていない。
 逆に言えば、平民と接触する機会のない貴族にも平民の感覚がわからないということになる。

「ボンボン子爵令息には、平民の学校に通っていた時の友人と接していた時のように殿下に接してほしいのだ。意に沿わない誘いは断れば良いし、断りにくい時にはわたしに言ってくれれば良い。殿下から嫌なことはされないように配慮すると約束しよう」

 ルネは、アントワーヌの話を、首を傾げながら聞いていた。どうしてルネがシャルルの友人にならねばならないのだろうか。ルネには、アントワーヌの目的がよくわからないし、交換条件として提示された内容についても自分にとって都合のよすぎる話だと思った。
 シャルルが学園にいる間に相応の経験をしてほしいのだという理由づけも、商家出身のルネの目から見れば胡散臭い。

 アントワーヌが提示してきた条件は魅力的だ。ルネはアントワーヌに騙されて貴族の玩具にされるのではないかと疑ったが、例えそうであったとしても下位貴族が高位貴族に、それも公爵家の継嗣に逆らえるわけはない。

 ルネはもう目をつけられてしまったのだから。

 最終的にルネは、ボンボン子爵家から除籍となり、ソルベ家の財産を取り戻せるというアントワーヌの言葉に一縷の望みを託して、その申し出を受けることにした。
 ルネは話をしているうちに、アントワーヌの言う通りにするしかないと思ったのだ。
 ルネは諦めたような気分で、アントワーヌに諾と答えたのだった。


 アントワーヌの言う通り、ルネはシャルルと出会ってすぐに『友人関係』を作ることができた。

 学園内では平等だといわれている。アントワーヌの求めもあり、ルネは平民の学校に行っていた頃と同じようにシャルルやカミュ、ジャックと接していた。しかし、シャルルだけがルネに対する距離感がおかしい。カミュやジャックは、自分たちと対するのと同じようにルネにも接するべきだとシャルルに苦言を呈したが、「ルネは小さくて可愛いから手が出てしまうのだ」と言ってシャルルはその苦言を受け流した。
 ルネは夏季の試験の頃になって、自分が引き受けたことが、アントワーヌが様々な便宜を図ると約束しても良いほどのことだと理解した。
 シャルルは、本当にただの友人であれば親切で、大らかで、良い人物なのだ。ルネは毎日のようにシャルルからカフェテリアで食事をしようと笑顔を向けられ、放課後は図書室での学習やカフェテリアでのお茶会に誘われる。勉強を教えてくれるのは、アントワーヌやカミュなのではあるが。

 しかし、シャルルは第一王子だ。

 ルネとアントワーヌとの約束がなくても、王族にこのように誘われては、断ることはできないし、他の友人を作ることは難しい。

 平穏な学園生活を送るのは無理だ。

 それよりも、アルファに囲まれた恐ろしい日々をやり過ごさなければならない。いや、恐ろしい人間は一人だけだ。
 シャルルがアルファとしてオメガのルネに好意を持っているのは、明らかだった。肩を抱かれる恐怖に鳥肌が立つ。
だけど、あからさまに嫌がっては不敬罪に問われるかもしれない。
 アントワーヌに目をつけられた不幸。シャルルに気に入られてしまった不幸。

 ルネは自分の運のなさを恨んだ。
 
 カミュとジャックは、自分たちがシャルルにうまく諫言をできなかったせいでルネが迷惑をこうむっているのだと思っていたのだろう。友人として接する範囲で勉強を教えてくれたり、周囲の嫌がらせから守ってくれたりした。
 アントワーヌも同様のことをしていたが、ルネはそれを契約の範囲内だと思っていたので、カミュやジャックに対するような感謝の気持ちを持つことはない。

 ルネがアントワーヌに感謝をしたのは、収穫祭が終わってしばらくしてからのことだ。


「ルネ、来週の休日は開いているか?」
「アントワーヌ様、予定はありません。また、何かさせる気ですか?」
「いや、今度はルネも喜んでくれると思うよ」

 見慣れたアントワーヌの微笑にルネはため息をつく。

 絶対裏があるのだろうと。

 とはいえアントワーヌは、少なくともシャルルが自分に執着している間は、害するようなことはしないだろうともルネは思っていた。

 当日は、ロジェに隠れ家のような店へ連れて行かれた。貴族や富豪がそれなりの金額を支払って秘密裏に会合する場所らしいが、それはルネにはわからない世界の話だ。

 ロジェは、ボンボン子爵家では家令の手伝いをし、ルネの外出時には護衛を兼ねた従者として付き添ってくれる。賢くて強いベータの青年だ。
 ロジェは、アントワーヌがルネにつけた護衛である。見張りも兼ねているのではないかとルネは思っていたのだが、そうではないらしい。

「ルネ様がボンボン子爵家から出奔することになっても、危険がないと判断すればそれをアントワーヌ様へお伝えするだけです」

 ロジェは淡々とそう告げる。
 ロジェが来てから、ルネのボンボン子爵家での扱いは良くなっていた。それもアントワーヌが何かしているのだろうが、教えてくれるわけではない。


 なぜルネがこの店に連れてこられたのか。その理由は、ロジェが教えてくれた。

「本当に……?」
「ええ、このようなことで嘘を教える必要はございません」

 思いがけない喜びに、ルネは胸を高鳴らせる。

 ルネは、待ち合わせていた応接室に現れたアントワーヌにエスコートされ、案内人が導いた部屋へとたどり着く。

「さあ、中へ入ろうか」

 アントワーヌはそう言って、物珍し気に部屋の様子を見まわすルネの背中を押した。ルネは、アントワーヌの言葉に頷いて部屋に足を踏み入れた。


「ヒューゴ!」
「ああ、ルネ! ルネ!」

 ルネは一年半ぶりに会うことができた、愛する人の名前を呼ぶと、その腕に飛び込んだ。

 ルネがアントワーヌに感謝する気持ちは、この時初めて生まれた。
 アントワーヌの手配により、その後ルネは何度もヒューゴと逢瀬を重ねることができたのだ。
 ルネはヒューゴとともに、成人して学園を卒業してからの二人の未来について話し合い、計画を実行していった。



 学園卒業後、ルネはボンボン子爵家から除籍となり、ソルベ家の財産を手にすることができた。
 ボンボン子爵は、ソルベ商会の遺産を横領した罪で罰金刑となった。相手が平民であったから軽い罪になったものの、経済的に厳しいボンボン子爵家が今後没落していくのは決定的となったといえる。


◇◇◇◇◇


「ルネもヒューゴも道中無事であるように。商売の成功も祈っているよ」
「アントワーヌ様、ありがとうございます。今後のお取引の方もお願いします」
「ショコラ公爵令息、ありがとうございます。コンフィ共和国にお越しの際はぜひうちの店にもお立ち寄りください」

 別れを告げるアントワーヌに、ルネとヒューゴは深く頭を下げた。

 ルネとヒューゴは、これからコンフィ共和国に進出したパルミエ商会の支店に向かう。卒業パーティーでの断罪劇のこともあり、ルネを悪く言う者もいると予想されるため、しばらくの間はシュクレ王国からは離れる予定だ。

 ルネには、ある時期まで恐怖感とともにシャルルに対する罪悪感があった。何かを企んでいるアントワーヌに協力して、シャルルを陥れているような気分になっていたからだ。
 しかし、カミュやジャックが止めているのにルネに触れようとすることが増えた頃からその罪悪感は薄らいでいく。
 そして、シャルルが卒業パーティーでフロレルを断罪しようとしたことで、ルネの中から罪悪感というものは欠片も無くなってしまった。
 自分で正式な調査もしないで婚約者を衆目の中で断罪しようとしたシャルルを、ルネは軽蔑した。たとえ王妃がシャルルを唆したのだとしても、国王として政治を行うのであれば、あのように軽々な判断をするべきではないだろう。平民のルネでもそう思うようなことをシャルルは実行したのだ。

 ルネにとってフロレルは綺麗で優しい人だった。気分が悪くて蹲っているルネを見つけて、医務室まで運ぶ手配をしてくれたのはフロレルだ。あの時も、フロレルが助けてくれたのだと言ったルネの言葉をシャルルは信用しなかった。

 シャルルは、フロレルが美しくて自分より賢いことが許せなかったのだとルネは思っている。
 そして、シャルルは王妃がルネを殺そうとしたことよりも、ルネが彼を怖がっていたことの方が衝撃だったのだ。婚約者であるフロレルのことも寵愛していたはずのルネのことも全く考えていない。
 自分だけが傷ついているのだ。

 ルネにはそう見えた。

「もう二度と会うことはないのだから、気にしなくていいよね」
「ん?ルネ、どうかしたか?」
「何でもない。ヒューゴ、大好きだ!」
「俺だって、ルネを愛しているよ」

 ルネはヒューゴと抱き合い、唇を寄せる。
 ルネは愛する人と新しい生活を始めるのだ。


「アントワーヌ様も、愛する人と結ばれ……るのかな……?」

 アントワーヌが愛する人と結ばれますようにと祈ることを、ルネは躊躇った。



しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

王女が捨てた陰気で無口で野暮ったい彼は僕が貰います

卯藤ローレン
BL
「あなたとの婚約を、今日この場で破棄いたします!」――王宮の広間に突然響いた王女の決別宣言。その言葉は、舞踏会という場に全く相応しくない地味で暗い格好のセドリックへと向けられていた。それを見ていたウィリムは「じゃあ、僕が貰います!」と清々しく強奪宣言をした。誰もが一歩後ずさる陰気な雰囲気のセドリック、その婚約者になったウィリムだが徐々に誤算が生じていく。日に日に婚約者が激変していくのだ。身長は伸び、髪は整えられ、端正な顔立ちは輝き、声変わりまでしてしまった。かつての面影などなくなった婚約者に前のめりで「早く結婚したい」と迫られる日々が待っていようとは、ウィリムも誰も想像していなかった。 ◇地味→美男に変化した攻め×素直で恐いもの知らずな受け。

伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き

メグエム
BL
 伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。

ノーマルの俺を勝手に婚約者に据えた皇子の婚約破棄イベントを全力で回避する話。

Q矢(Q.➽)
BL
近未来日本のようでもあり、中世の西洋のようでもある世界。 皇国と貴族と魔力が存在する世界。 「誰が皇子と婚約したいなんて言った。」 過去に戻った主人公が、自分の死を回避したいが故に先回りして色々頑張れば頑張るほど執着されてしまう話。 同性婚は普通の世界。 逃げ切れるかどうかは頑張り次第。 ※ 生温い目で優しく暇潰し程度にご覧下さい。

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

公爵家令息と幼馴染の王子の秘め事 ~禁じられても溺愛は止められない~

すえつむ はな
BL
代々王家を支える公爵家の嫡男として生まれたエドウィンは、次代の王となるアルバート王太子の話し相手として出会い、幼い頃から仲の良い友人として成長した。 いつしかエドウィンの、そしてアルバートの中には、お互いに友人としてだけでない感情が生まれていたが、この国では同性愛は禁忌とされていて、口に出すことすら出来ない。 しかもアルバートの婚約者はでエドウィンの妹のメアリーである…… 正直に恋心を伝えられない二人の関係は、次第にこじれていくのだった。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする【完】

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

処理中です...