32 / 53
31.アルファであれば
しおりを挟むルネとヒューゴと別れた後、アントワーヌは有名なショコラティエへ立ち寄る。そして、ショコラ公爵邸へ帰ってすぐに湯浴みをして着替えた。
「義父上はいらっしゃるか? この後、お会いできるだろうか」
「はい、確認してまいります」
アントワーヌは既にまとめてあった報告書を携えて、侍従に確認させたジョゼフとの面会時刻に面談室へと向かった。
面談室に入ったアントワーヌは、勧められるままにジョゼフの向かいのソファに座る。侍女はコーヒーをジョゼフとアントワーヌの前に供すると静かに下がった。
「アントワーヌ、後始末は終わったか?」
「はい。恙なく。もう彼らはシュクレ王国には帰ってこないでしょう。定期的に監視は続けますが」
「子爵令息……、ではもうなくなった彼の相手はアルファだったな。ふむ、よかろう」
アントワーヌの報告書に目を通し、その答えを聞いたジョゼフはコーヒーを口にして満足気に口角を上げた。
「ええ、他のアルファに取られそうだったと思っていますから、手放さないためには何でもするでしょうね」
シャルルの寵愛を受けていたオメガ。誰かに利用されることはないだろうが、国外に出してしまえば安心だろう。しかも伴侶はアルファなのだから、愛するオメガを囲い込むのは当たり前のことだ。
ルネとヒューゴの逢瀬の時には、アントワーヌがアルファの香りを少しだけルネにつけておいた。アントワーヌだけではなく、シャルルやカミュ、ジャックの香りが混じったものだ。
ヒューゴにはシャルルの状況を詳しく話していたから、理性では学園生活でついたアルファの香りが薄っすらと感じられるだけなのだと理解していただろう。
しかし、アルファの本能は理性のような判断はしてくれない。
おそらく、アルファの独占欲に駆られたヒューゴは、自分のオメガを守るためにルネが二度とシュクレ王国には足を踏み入れることのないように画策するだろう。
ヒューゴはルネを愛しているのだから、囲い込むのは当然だとアントワーヌもジョゼフも考えている。
しかし、囲い込まれるオメガのルネは幸せなのだろうか?
アントワーヌとジョゼフはそのようなことには思い至らないし、ルネとヒューゴの商会がうまく運営できて二人が幸せになれば良いだろうとは考えている。
どこまでもアルファとしての視点で。
「この話はこれで終わりだな。まあ、うまく行った方だろう。ショコラ公爵家の者であれば当たり前だが」
「はい、ありがとうございます。今後も精進いたします」
ジョゼフの言葉を聞いて、認められたのだとアントワーヌは少しばかり安堵した。
その様子を見ながらジョゼフはアントワーヌの買って来たチョコレートを口に入れ、ゆっくりと溶かして味わった。プラリネクリームの濃厚な味がジョゼフの口の中に広がっていく。
話に一拍置くかのようにコーヒーを一口飲んだジョゼフは、アントワーヌを見つめて笑顔を浮かべ次の話題を口にした。
「それで今後のことだ。近々、アントワーヌをショコラ公爵家の正式な継嗣として指名すると公表する。フロレルは、アントワーヌがショコラ公爵を継ぐことで異論はないそうだ」
「はい、ありがたく承ります。ところで……」
「ふふ、別にフロレルと番にならずとも、アントワーヌがショコラ公爵家を継げば良い。我が家の血筋であるのだからな」
「え……?」
ショコラ公爵家の正式な継嗣だと指名するという話を聞いて喜んだアントワーヌは、次に発せられたジョゼフの言葉を聞いて凍り付いた。
「義父上、シャルル殿下との婚約が解消されれば、どちらが公爵家を継ぐことになっても、わたしと義兄上を添わせてくださるのではありませんでしたか?」
「そうだな。そう、わたしはアントワーヌの幸せを願っていないわけではないが、可愛いフロレルの幸せも願っているのだよ」
「それはどういう……」
アントワーヌは、子どもの頃からフロレルのことを愛していた。フロレルとシャルルの婚約が決まった時には荒れてしまい、クレーム伯爵家では大変な騒ぎになったのだ。
ショコラ公爵家の養子になってからも、アントワーヌは不満気で、心が荒れている様子を隠すことはなかった。
荒れているアントワーヌにジョゼフは囁いた。
ショコラ公爵家に瑕疵をつけずにシャルルとの婚約を白紙にすることができれば、アントワーヌをフロレルと婚姻させても良いと。
だから、アントワーヌは学業だけでなく、権謀術数を憶えることにも力を注いだ。
美しいフロレル、大好きなフロレル。
愛するフロルが自分の番になってくれるのならと。
それなのに、ジョゼフからフロレルと番にならない可能性について話をされるのは、思いもかけないことである。
「ふふふ、どういうことかって? アントワーヌ、お前はフロレルに婚姻したいと、番になりたいと、一言も伝えていないのだろう? わたしは、婚姻させても良いと言ったけれど、絶対に婚姻させるとは言っていないよ? フロレルの意思というものがあるからね。無理矢理婚姻をさせる気はない」
「……!」
アントワーヌは笑みを浮かべるジョゼフを見て唇を噛んだ。そう、確かにアントワーヌはフロレル本人とは婚姻の約束はしていない。それどころか明確に愛を伝えることもしていない。
シャルルとの婚約が白紙になるまでは、思いを伝えることは控えたからである。
いや、シャルルとの婚約がなくなれば、フロレルは自分の番になるものだと、アントワーヌは思い込んでいた。
ジョゼフがアントワーヌを騙したわけではない。アントワーヌの認識が甘かったのだと、今ならわかる。
「フロレルは婚約が白紙になった時から、継嗣はアントワーヌにと言っていた。自分は古代語の研究をしながら趣味の天文学を納めたいと言ってね。アントワーヌとともに過ごそうという印象はなかったな。むしろ、一人で暮らすことを考えていたようだ。ねえ、アントワーヌ。婚約が白紙になってから何日経っていると思う?」
「それはでも……、すべてが片付いてからと思っておりましたので……」
「遅いね。フロレルは婚約が白紙になった時点で、『アントワーヌが望む人と添わせてやって』と言っていたよ。ふふ、アントワーヌが望んでいるのは自分のことだとは、全く思っていない様子だった。それぐらいのことも伝えられていないのはどうかな?」
ジョゼフに話を詰められて、アントワーヌは有効な返答ができずにいる。アントワーヌは、嫌な汗が額を伝っていくのを感じた。表情を保つことができているのかどうかもわからない。
そんなアントワーヌを見て、ジョゼフは面白いものを見るかのように微笑んでいる。
「ま、いずれにしてもわたしもシャルロットもフロレルに幸せになってほしいと思っている。アントワーヌがフロレルの愛を得ることができれば、わたしたちも喜んで婚姻を認めよう」
ジョゼフの言葉を聞いて、アントワーヌは項垂れた。
しかし、アントワーヌの濃い青色の瞳には、決意が宿っている。
上位アルファであれば、真に自分の望むオメガを手に入れるためには何でもするはずだ。
ジョゼフはそう思いながら、アントワーヌの姿を眺めていた。
533
あなたにおすすめの小説
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
王女が捨てた陰気で無口で野暮ったい彼は僕が貰います
卯藤ローレン
BL
「あなたとの婚約を、今日この場で破棄いたします!」――王宮の広間に突然響いた王女の決別宣言。その言葉は、舞踏会という場に全く相応しくない地味で暗い格好のセドリックへと向けられていた。それを見ていたウィリムは「じゃあ、僕が貰います!」と清々しく強奪宣言をした。誰もが一歩後ずさる陰気な雰囲気のセドリック、その婚約者になったウィリムだが徐々に誤算が生じていく。日に日に婚約者が激変していくのだ。身長は伸び、髪は整えられ、端正な顔立ちは輝き、声変わりまでしてしまった。かつての面影などなくなった婚約者に前のめりで「早く結婚したい」と迫られる日々が待っていようとは、ウィリムも誰も想像していなかった。
◇地味→美男に変化した攻め×素直で恐いもの知らずな受け。
伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き
メグエム
BL
伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。
ノーマルの俺を勝手に婚約者に据えた皇子の婚約破棄イベントを全力で回避する話。
Q矢(Q.➽)
BL
近未来日本のようでもあり、中世の西洋のようでもある世界。
皇国と貴族と魔力が存在する世界。
「誰が皇子と婚約したいなんて言った。」
過去に戻った主人公が、自分の死を回避したいが故に先回りして色々頑張れば頑張るほど執着されてしまう話。
同性婚は普通の世界。
逃げ切れるかどうかは頑張り次第。
※
生温い目で優しく暇潰し程度にご覧下さい。
追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される
水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。
行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。
「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた!
聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。
「君は俺の宝だ」
冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。
これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
トップアイドルα様は平凡βを運命にする【完】
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
白銀オメガに草原で愛を
phyr
BL
草原の国ヨラガンのユクガは、攻め落とした城の隠し部屋で美しいオメガの子どもを見つけた。
己の年も、名前も、昼と夜の区別も知らずに生きてきたらしい彼を置いていけず、連れ帰ってともに暮らすことになる。
「私は、ユクガ様のお嫁さんになりたいです」
「ヒートが来るようになったとき、まだお前にその気があったらな」
キアラと名づけた少年と暮らすうちにユクガにも情が芽生えるが、キアラには自分も知らない大きな秘密があって……。
無意識溺愛系アルファ×一途で健気なオメガ
※このお話はムーンライトノベルズ様にも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる