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31.アルファであれば
しおりを挟むルネとヒューゴと別れた後、アントワーヌは有名なショコラティエへ立ち寄る。そして、ショコラ公爵邸へ帰ってすぐに湯浴みをして着替えた。
「義父上はいらっしゃるか? この後、お会いできるだろうか」
「はい、確認してまいります」
アントワーヌは既にまとめてあった報告書を携えて、侍従に確認させたジョゼフとの面会時刻に面談室へと向かった。
面談室に入ったアントワーヌは、勧められるままにジョゼフの向かいのソファに座る。侍女はコーヒーをジョゼフとアントワーヌの前に供すると静かに下がった。
「アントワーヌ、後始末は終わったか?」
「はい。恙なく。もう彼らはシュクレ王国には帰ってこないでしょう。定期的に監視は続けますが」
「子爵令息……、ではもうなくなった彼の相手はアルファだったな。ふむ、よかろう」
アントワーヌの報告書に目を通し、その答えを聞いたジョゼフはコーヒーを口にして満足気に口角を上げた。
「ええ、他のアルファに取られそうだったと思っていますから、手放さないためには何でもするでしょうね」
シャルルの寵愛を受けていたオメガ。誰かに利用されることはないだろうが、国外に出してしまえば安心だろう。しかも伴侶はアルファなのだから、愛するオメガを囲い込むのは当たり前のことだ。
ルネとヒューゴの逢瀬の時には、アントワーヌがアルファの香りを少しだけルネにつけておいた。アントワーヌだけではなく、シャルルやカミュ、ジャックの香りが混じったものだ。
ヒューゴにはシャルルの状況を詳しく話していたから、理性では学園生活でついたアルファの香りが薄っすらと感じられるだけなのだと理解していただろう。
しかし、アルファの本能は理性のような判断はしてくれない。
おそらく、アルファの独占欲に駆られたヒューゴは、自分のオメガを守るためにルネが二度とシュクレ王国には足を踏み入れることのないように画策するだろう。
ヒューゴはルネを愛しているのだから、囲い込むのは当然だとアントワーヌもジョゼフも考えている。
しかし、囲い込まれるオメガのルネは幸せなのだろうか?
アントワーヌとジョゼフはそのようなことには思い至らないし、ルネとヒューゴの商会がうまく運営できて二人が幸せになれば良いだろうとは考えている。
どこまでもアルファとしての視点で。
「この話はこれで終わりだな。まあ、うまく行った方だろう。ショコラ公爵家の者であれば当たり前だが」
「はい、ありがとうございます。今後も精進いたします」
ジョゼフの言葉を聞いて、認められたのだとアントワーヌは少しばかり安堵した。
その様子を見ながらジョゼフはアントワーヌの買って来たチョコレートを口に入れ、ゆっくりと溶かして味わった。プラリネクリームの濃厚な味がジョゼフの口の中に広がっていく。
話に一拍置くかのようにコーヒーを一口飲んだジョゼフは、アントワーヌを見つめて笑顔を浮かべ次の話題を口にした。
「それで今後のことだ。近々、アントワーヌをショコラ公爵家の正式な継嗣として指名すると公表する。フロレルは、アントワーヌがショコラ公爵を継ぐことで異論はないそうだ」
「はい、ありがたく承ります。ところで……」
「ふふ、別にフロレルと番にならずとも、アントワーヌがショコラ公爵家を継げば良い。我が家の血筋であるのだからな」
「え……?」
ショコラ公爵家の正式な継嗣だと指名するという話を聞いて喜んだアントワーヌは、次に発せられたジョゼフの言葉を聞いて凍り付いた。
「義父上、シャルル殿下との婚約が解消されれば、どちらが公爵家を継ぐことになっても、わたしと義兄上を添わせてくださるのではありませんでしたか?」
「そうだな。そう、わたしはアントワーヌの幸せを願っていないわけではないが、可愛いフロレルの幸せも願っているのだよ」
「それはどういう……」
アントワーヌは、子どもの頃からフロレルのことを愛していた。フロレルとシャルルの婚約が決まった時には荒れてしまい、クレーム伯爵家では大変な騒ぎになったのだ。
ショコラ公爵家の養子になってからも、アントワーヌは不満気で、心が荒れている様子を隠すことはなかった。
荒れているアントワーヌにジョゼフは囁いた。
ショコラ公爵家に瑕疵をつけずにシャルルとの婚約を白紙にすることができれば、アントワーヌをフロレルと婚姻させても良いと。
だから、アントワーヌは学業だけでなく、権謀術数を憶えることにも力を注いだ。
美しいフロレル、大好きなフロレル。
愛するフロルが自分の番になってくれるのならと。
それなのに、ジョゼフからフロレルと番にならない可能性について話をされるのは、思いもかけないことである。
「ふふふ、どういうことかって? アントワーヌ、お前はフロレルに婚姻したいと、番になりたいと、一言も伝えていないのだろう? わたしは、婚姻させても良いと言ったけれど、絶対に婚姻させるとは言っていないよ? フロレルの意思というものがあるからね。無理矢理婚姻をさせる気はない」
「……!」
アントワーヌは笑みを浮かべるジョゼフを見て唇を噛んだ。そう、確かにアントワーヌはフロレル本人とは婚姻の約束はしていない。それどころか明確に愛を伝えることもしていない。
シャルルとの婚約が白紙になるまでは、思いを伝えることは控えたからである。
いや、シャルルとの婚約がなくなれば、フロレルは自分の番になるものだと、アントワーヌは思い込んでいた。
ジョゼフがアントワーヌを騙したわけではない。アントワーヌの認識が甘かったのだと、今ならわかる。
「フロレルは婚約が白紙になった時から、継嗣はアントワーヌにと言っていた。自分は古代語の研究をしながら趣味の天文学を納めたいと言ってね。アントワーヌとともに過ごそうという印象はなかったな。むしろ、一人で暮らすことを考えていたようだ。ねえ、アントワーヌ。婚約が白紙になってから何日経っていると思う?」
「それはでも……、すべてが片付いてからと思っておりましたので……」
「遅いね。フロレルは婚約が白紙になった時点で、『アントワーヌが望む人と添わせてやって』と言っていたよ。ふふ、アントワーヌが望んでいるのは自分のことだとは、全く思っていない様子だった。それぐらいのことも伝えられていないのはどうかな?」
ジョゼフに話を詰められて、アントワーヌは有効な返答ができずにいる。アントワーヌは、嫌な汗が額を伝っていくのを感じた。表情を保つことができているのかどうかもわからない。
そんなアントワーヌを見て、ジョゼフは面白いものを見るかのように微笑んでいる。
「ま、いずれにしてもわたしもシャルロットもフロレルに幸せになってほしいと思っている。アントワーヌがフロレルの愛を得ることができれば、わたしたちも喜んで婚姻を認めよう」
ジョゼフの言葉を聞いて、アントワーヌは項垂れた。
しかし、アントワーヌの濃い青色の瞳には、決意が宿っている。
上位アルファであれば、真に自分の望むオメガを手に入れるためには何でもするはずだ。
ジョゼフはそう思いながら、アントワーヌの姿を眺めていた。
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