【本編完結】断罪必至の悪役令息に転生したので断罪されます

中屋沙鳥

文字の大きさ
72 / 86

72.最後の戦闘の授業が終わりました

しおりを挟む
 卒業式は学校が運営するが、卒業式の後に行われる記念パーティーは、生徒会主導で企画運営をすることになっている。
 準備で忙しいだろうと思いながらも生徒会に足を運び、僕たちはガラスペンを生徒会メンバーに贈った。

「わたしたちが思う、皆さんに似合う色のものを選びました」
「ううっ! ありがとうございます!」
「家宝にします!」
「大げさですね。」
「もったいないので使えません」
「いやいや、それを使って勉強してください」

 今年の生徒会メンバーは、王族であるラインハルト様からの贈り物をもらえる良い巡りあわせになっている。ガラスペンを使わないで置いておきたいという気持ちもわかるのだ。

「これからの卒業記念パーティーの準備に気合が入りました! ありがとうございます!」
「素晴らしいものにしてみせます!」

 その言葉を聞いて、僕たちは嬉しい気持ちになった。

 この学校の生徒でいられる期間もあと少しだ。ラインハルト様とは婚約者であるし、アルブレヒト様とディートフリート様はラインハルト様の側近として、マルティン様は護衛騎士としてお目にかかる回数は少なくないと思うが、フローリアン様とブリギッタ様とはあまりお会いできなくなるだろう。
 そんなことを考えていると、寂しくなる。
 いろいろなことがあったから、少しセンチメンタルになっているのかもしれない。

 人は同じ場所にとどまり続けることはできないのだ。


「それでは、最後の授業を行う!」

 フィンク先生がいつものように大きな声で授業開始を告げる。いつもと違うのは、これが最後の授業であるということだ。
 フィンク先生はそれぞれの進路に合わせて、これからの戦闘に対する心構えを、実践を交えた形で教えてくださる。フィンク先生に対して乱暴な人だという印象を持っていた生徒も多かったようだ。しかし僕は、本当に生徒のことを考えてくれる先生だったと思っている。

 もう間もなく最後の授業が終わると思われる頃、フィンク先生が僕の方を見てにやりと笑った。

「ラファエル・エーリッツ・フォン・メービウス。前へ」
「はい」

 フィンク先生に名を呼ばれ、僕は前に出る。

「最後に、俺が、この戦闘の授業で首席の成績だったメービウスと模擬戦闘試合を行う。これが、この学年の皆への餞となる。しっかり受け取れ。
 いいな、メービウス」

 いつもより、きりっとした顔でそう言い放ったフィンク先生は、全体を見渡してから最後にラインハルト様に目を合わせた。ラインハルト様は、フィンク先生に応えるように美しい微笑を浮かべられた。
 それによってラインハルト様から模擬戦闘試合を行う許可が出たと、僕は認識する。

「はい。最後の模擬戦闘試合に選ばれたことを、光栄に思います。よろしくお願いいたします」

 フィンク先生の戦闘の授業では、最終日に首席の生徒がフィンク先生と手合わせできる栄誉を授かる。戦闘の科目についてはマルティン様と首席争いをしていたのだけれど、僕がそれを勝ち取ったのだ。

 審判役にはマルティン様が指名された。これも、例年次席の生徒が引き受ける役割だ。

「フィンク先生、ヒムメル侯爵令息、審判としてこの試合については時間制限を設けたいと思います。十分間で勝負がつかない場合は引き分けと判断し、試合を終了します」
「おう、わかった。さすが、アイヒベルガーだな。良い判断だ」
「承知いたしました。全力を尽くします」

 はっきり言って、フィンク先生と十分間も戦い続けることができる自信はない。だけど……全力で戦い抜くのみだ。
 僕は演習場の中央に出て、模擬戦闘用の剣を構えて戦闘態勢に入る。フィンク先生も僕の正面に立って剣を構えた。いつになく、真剣な顔をしていらっしゃる。

「試合開始!」

 マルティン様の宣言で模擬戦闘試合の火ぶたが切って落とされる。

 僕は風の魔力を纏って、フィンク先生に近づき、一太刀浴びせようとする。僕の剣を受けてはじいた後、フィンク先生の剣が僕に振り下ろされた。

 ガキィン

 フィンク先生の剣とそれを受け止めた僕の剣がぶつかって、金属の鋭い音がする。
 フィンク先生の剣は重い。こんなのをずっと受けていたら、体力が持たない。そもそも対人戦は苦手なのだ。十分は長い。その前に決着をつけたい。
 使っているのが刃を潰した模擬剣だといっても、ぶつかれば大けがをする。

 魔獣なら一気にやってしまえばいいのだけれど。フィンク先生の、どのあたりを狙おうか。

 僕の迷いを見透かしたように、フィンク先生は火魔法を纏わせた剣を僕に向けてきた。
 生徒相手にこれを向けるのだから、フィンク先生は本気だ。わかっていたけれど。

 僕は、風を纏わせた剣を振るってから、自分に防護壁を作る。風に煽られた火が一気に燃えあがって、フィンク先生の動きが止まる。その間に僕は少し距離をとる。

 周囲からどよめきが起きている。しかしフィンク先生はまだまだ、こんなことでやられてはくれないだろう。

「くそっ、メービウス、卑怯な真似を!」
「卑怯ではございません。これは、魔法騎士の常道だと先生が教えてくださったのです」
「くっそー! 優秀な生徒はこれだからな!」

 そして常道では、火魔法相手に僕の氷魔法は不利なのだ。風を有効に使うに限る。
 風を纏わせた剣をフィンク先生にぶつけようとしては受け止められ、こちらはフィンク先生の剣を躱す。一進一退の試合となる。

 起死回生の一手はないものか。

 僕は、フィンク先生の剣を躱して背面に回り込み、地面に向かって氷魔法を放つ。
 ミシミシと音を立ててフィンク先生の足元が凍っていく。体には至らないように調整したので、靴が凍り付いてしまったはずだ。

「うえっ! 足が動かねえっ」

 火魔法で足元の氷を溶かそうとして隙ができたフィンク先生の剣を持つ手元を狙い、僕は剣を振り下ろした。

 ガキィン

「ええっ」

 フィンク先生は、足元を固められたままで。僕の剣を受け止めて、押し返したのだ。

「ええいくそっ! 押し返すのが精いっぱいだわ」

 これは、もう一太刀浴びせなければ、僕は剣に風を纏わせ大きく振り上げた。
 そのときだった。

「試合終了です。両者とも引いてください。フィンク先生とヒムメル侯爵令息の試合は、時間切れの引き分けといたします」

 マルティン様が辺りに響き渡る声で、試合終了を告げられたのだ。

「アイヒベルガー、もう少し延長できないか!」
「マルティン様、どうにかなりませんでしょうか」
「……おそらくこうなることと思っていたから、時間を設定したのです。お二人とも、引き分けで納得してください。
 まあ、俺たちは良いものをみせていただきましたけれど」

 フィンク先生と僕の訴えを、マルティン様は軽く蹴飛ばされて、ばしばしと手を叩かれた。すると、皆がそれに呼応するように拍手を始めてしまったので、フィンク先生と僕は礼をしてその場を下がることしかできなくなってしまった。

「ラファエル、素晴らしい試合だったよ。よくあのフィンク先生に食い下がったね」
「ありがとうございます。でも……勝ちたかったです」

 ラインハルト様は喉の奥で笑いながら、僕の頭を撫でてくださった。
 ラインハルト様の優しさが心に沁みる。でも、勝てなかったのは悔しい。

 正気を取り戻したフィンク先生が授業終了の合図をなさり、それで僕たちの戦闘の授業の課程はすべて終わった。

「フィンク先生ありがとうございました!」「感謝しています!」「ありがとうございました!」

 皆が口々に礼を言いながら、演習場を後にする。僕が今後この場所に立つことがあるとすれば、王族の伴侶として表彰を行う時ぐらいしかないのだろう。

 感慨深く演習場を眺めていると、フィンク先生に声をかけられた。

「メービウス、最後に言っておきたいことがある。
 お前は強い。戦闘においてはお前に勝てる奴は少ないだろう。
 しかし、お前にとってこれから必要なもんは、守られる覚悟だということは覚えておけ」
「守られる覚悟……ですか?」

 フィンク先生が真剣な表情でお話をしてくださる。これは、とても大切なことなのだと思っていらっしゃるのがわかる。

「そうだ。お前は王族の伴侶になるんだ。お前自身がいくら強くても、よほどの有事でもなければお前が前に出るわけにはいかない」
「……僕が戦ってはいけないということでしょうか」
「お前が戦おうとすると、お前を守る護衛がむしろ危険にさらされるっていうことを理解しろ。もちろん戦わないといけないときもあるだろうが、大人しく守られることを受け入れる覚悟をしとけよ。それが、周囲の奴らを守ることになるんだ」

 戦って人を守るのではなく、守られることでむしろ周囲を守るのだと、それを意識したことはなかったような気がする。

「ご助言をありがとうございます。僕が守られることで、周りの人も守られると……、そう覚悟します」
「お前は優等生だからな。俺の言ったことを吸収してくれると信じてるぞ。な、守られる強さを持って生きて行けよ」
「フィンク先生、ありがとうございます」

 フィンク先生は笑って、僕の頭を撫でてくださった。
 王族の伴侶として守られる覚悟、守られる強さ。その新しい認識を持つこと。
 

 僕は、フィンク先生の餞の言葉を胸にして、演習場を後にした。
 



しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。

竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。 あれこれめんどくさいです。 学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。 冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。 主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。 全てを知って後悔するのは…。 ☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです! ☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。 囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

処理中です...