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20話 聖女エミリーの限界①
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◆
──かくして、『聖女エミリー誘拐作戦』いや、『聖女エミリー保護作戦』は決行された。
「基本的には輸送護衛の時には行き帰り共に馬車を伴っているんですけど、外国からこられた方を送った後、一人で帰国することがあるんです! 狙うならその時かと!」
「そうだな、なるべく穏便に混乱のないように行いたい。聖女一人のところを攫っていくのが理想だな」
きっと、エミリーはわたしの姿を見れば話を聞いてくれると思う。というのも、国王陛下が追放されたわたしを探しているのならば、きっとエミリーにも捜索を指示しているだろうからだ。
なんたって、外は魔物の世界。自由に探索をできるのは聖女エミリーしかいない。
魔王さまには外国のお客様を送った帰りなら一人です、とは言ったが、わたしを探しに単独で行動しているエミリーに遭遇できる可能性も高いのでは踏んでいた。
そして、我々は日がなエミリーを誘拐するチャンスを狙って、北の関所へと続く街道付近に張り込んでいたのだが。
「あのピンク髪のフワフワなのが聖女か?」
「はい! 今日は……団体さん連れていますね」
「帰りもお客さん連れてきてますね……」
「行きよりも人数が増えているな」
「今日は馬車が多いな」
「そうですね、商人たちの護衛だと思います」
「……馬車が増えたな」
「あ、あれは郵便物を運ぶ馬車ですね、あの模様が目印なんです」
「聖女、遠目から見てもわかるくらいグッタリしているんだが」
しかし、運悪くなかなかエミリーが一人になる機会には恵まれなかった。
国と国を行き来するのにもそれなりに日数がかかる。この調子ではエミリーお一人帰り道に遭遇するのに何ヶ月もかかるかもしれない。もしかしたら、わたしがいない分、護衛の仕事を詰めつめに詰められてて一人で気ままに帰るなんてスケジューリングがされていないのかもしれない。
こんなんじゃ、エミリーにわたしの捜索指示が出されていても、捜索に行く余裕のないのではないか?
「……メリア。『聖女』というのに休みはないのか……?」
「エミリー、出ずっぱりですね……。きっと結界の張り直しとか、細々した仕事もあるだろうから……本当に大丈夫かな……。もう、大騒ぎになってもいいから連れ去りましょうか……」
魔王さまは日に日にやつれていくエミリーにひどく同情的な目を浮かべていた。わたしも見るからに疲弊していくエミリーをただ見ているだけというのはとても辛い。
わたしと魔王さまは『エミリー保護作戦』の計画の練り直しを余儀なくされようとしていた。もう、『誘拐』するしかない。誘拐する上で、なるべき穏便に済むやり方はないか。そういう方向性で詰めていくべきだとなってきていた。
そんな折、予想だにしなかった展開が待っていたのだった。
「おーい! なあなあ、なんかまたヤバそうなやつ拾ってきたんだけど!!!」
「また!?」
早朝、わたしと魔王さまが朝の日課の畑の手入れをしているところに、イージスが大きく手を振りながら帰ってきた。『また』である。イージスが人を拾ってきたのはわたしを入れてこれで三人目。拾いすぎだ。しかし、それは置いといて。
驚くべきは、小脇に抱えられたその少女。
「……エミリー……!?」
かつての同僚、わたしたちが躍起になって『誘拐』いや『保護』しようとしていた聖女エミリーがそこにいた。
「エミリー!」
イージスに支えられてヨロヨロとしていたエミリーがわたしの声に反応して、顔をあげる。目が合うと、エミリーは薄い赤紫の瞳を「信じられない」とばかりに大きく見開いた。
「……メリア、さん……?」
「エミリー!」
駆け出した私はエミリーにそのままの勢いで抱き着いた。エミリーもぎゅう、と抱き返してくれる。
「メリアさん!? ほんとうに、メリアさん!?」
「うん、わたし! エミリー! 久しぶり!」
「うっ、う……うえぇ……うえええん!」
エミリーはわあっと声をあげて泣き出した。
「わ、わたし、私、もう、メリアさんにはあえないって、思っててぇ」
「うん」
「だって、私のせいで、メリアさん、追い出されちゃったし、私、それからっ、何も、何もできなくてぇ」
「うん」
「おしごと、忙しいし、メリアさんいないし、わた、私……私……」
「エミリー、頑張っていたのね」
「う、うう、ごめんなさい、私が、あの王子に、メリアさんのこと、言わなかったら」
「そんなことない。あの王子は最初から私のことは聖女と思っていなかったんだから。遅かれ早かれ、追い出されていたわよ」
ぐずぐずとエミリーは鼻をすする。
「私、違うんです。メリアさんは、本当は『聖女』じゃないのに、一緒にお仕事してくれて、嬉しいし、助かってるって、そういう風に、言ったのにぃ……」
エミリーはまたわあっ! と堰を切ったように泣き出した。
そんなことは、最初からわかっている。エミリーは私を悪い風に言う子じゃない。あの王子が歪んだ捉え方をして伝えてきただけだと、そんなことは分かりきっていた。
わたしはただただ、エミリーの細い体をギュっと抱きしめた。
◆
「なんかさあ、一人で草原フラフラしててさあ」
イージスが軽い調子で話す。
明らかにやばい眼をしながら、エミリーは一人、草原を徘徊していたらしい。
国王陛下に命じられて、休む間のなく。先日わたしたちが見かけた輸送護衛を終えてすぐに出立したそうだ。
──こんなの見つかるわけない、無理、帰りたい、帰りたくない、日没までには帰って、今度もまた輸送護衛にでかけて行かなくちゃいけない。無理、無理、無理。
ブツブツ言いながら、よろめきつつも寄ってくる魔物を聖なる光を持って滅しながら徘徊している様はイージスいわく、『見物』だったそうだ。
聞いているだけで、痛々しい。
彼女を見かけたら後先のことなんて何も考えずに駆け寄ってしまえばよかった。後悔しかない。
そして声をかけると相当警戒はされたけど、「メリア」と一言わたしの名前を出したらついてきてくれたという流れらしい。
まさか、イージスが拾ってくる形で彼女に会えるとはさすがに想定していなかった。イージスに人間拾い癖がついていてよかった。『聖女』という認識で拾ってきたわけではなかったらしいイージスは、わたしの喜びようを見て「へー、よかったな」とあんまり興味なさそうに軽く言っていた。イージスにも一応、『エミリー保護作戦』の話はしていて彼女の容姿も伝えていたんだけど……まあ、ともかく、なんにしろ、これで『エミリー保護作戦』は穏便に達成されたのだった。
──かくして、『聖女エミリー誘拐作戦』いや、『聖女エミリー保護作戦』は決行された。
「基本的には輸送護衛の時には行き帰り共に馬車を伴っているんですけど、外国からこられた方を送った後、一人で帰国することがあるんです! 狙うならその時かと!」
「そうだな、なるべく穏便に混乱のないように行いたい。聖女一人のところを攫っていくのが理想だな」
きっと、エミリーはわたしの姿を見れば話を聞いてくれると思う。というのも、国王陛下が追放されたわたしを探しているのならば、きっとエミリーにも捜索を指示しているだろうからだ。
なんたって、外は魔物の世界。自由に探索をできるのは聖女エミリーしかいない。
魔王さまには外国のお客様を送った帰りなら一人です、とは言ったが、わたしを探しに単独で行動しているエミリーに遭遇できる可能性も高いのでは踏んでいた。
そして、我々は日がなエミリーを誘拐するチャンスを狙って、北の関所へと続く街道付近に張り込んでいたのだが。
「あのピンク髪のフワフワなのが聖女か?」
「はい! 今日は……団体さん連れていますね」
「帰りもお客さん連れてきてますね……」
「行きよりも人数が増えているな」
「今日は馬車が多いな」
「そうですね、商人たちの護衛だと思います」
「……馬車が増えたな」
「あ、あれは郵便物を運ぶ馬車ですね、あの模様が目印なんです」
「聖女、遠目から見てもわかるくらいグッタリしているんだが」
しかし、運悪くなかなかエミリーが一人になる機会には恵まれなかった。
国と国を行き来するのにもそれなりに日数がかかる。この調子ではエミリーお一人帰り道に遭遇するのに何ヶ月もかかるかもしれない。もしかしたら、わたしがいない分、護衛の仕事を詰めつめに詰められてて一人で気ままに帰るなんてスケジューリングがされていないのかもしれない。
こんなんじゃ、エミリーにわたしの捜索指示が出されていても、捜索に行く余裕のないのではないか?
「……メリア。『聖女』というのに休みはないのか……?」
「エミリー、出ずっぱりですね……。きっと結界の張り直しとか、細々した仕事もあるだろうから……本当に大丈夫かな……。もう、大騒ぎになってもいいから連れ去りましょうか……」
魔王さまは日に日にやつれていくエミリーにひどく同情的な目を浮かべていた。わたしも見るからに疲弊していくエミリーをただ見ているだけというのはとても辛い。
わたしと魔王さまは『エミリー保護作戦』の計画の練り直しを余儀なくされようとしていた。もう、『誘拐』するしかない。誘拐する上で、なるべき穏便に済むやり方はないか。そういう方向性で詰めていくべきだとなってきていた。
そんな折、予想だにしなかった展開が待っていたのだった。
「おーい! なあなあ、なんかまたヤバそうなやつ拾ってきたんだけど!!!」
「また!?」
早朝、わたしと魔王さまが朝の日課の畑の手入れをしているところに、イージスが大きく手を振りながら帰ってきた。『また』である。イージスが人を拾ってきたのはわたしを入れてこれで三人目。拾いすぎだ。しかし、それは置いといて。
驚くべきは、小脇に抱えられたその少女。
「……エミリー……!?」
かつての同僚、わたしたちが躍起になって『誘拐』いや『保護』しようとしていた聖女エミリーがそこにいた。
「エミリー!」
イージスに支えられてヨロヨロとしていたエミリーがわたしの声に反応して、顔をあげる。目が合うと、エミリーは薄い赤紫の瞳を「信じられない」とばかりに大きく見開いた。
「……メリア、さん……?」
「エミリー!」
駆け出した私はエミリーにそのままの勢いで抱き着いた。エミリーもぎゅう、と抱き返してくれる。
「メリアさん!? ほんとうに、メリアさん!?」
「うん、わたし! エミリー! 久しぶり!」
「うっ、う……うえぇ……うえええん!」
エミリーはわあっと声をあげて泣き出した。
「わ、わたし、私、もう、メリアさんにはあえないって、思っててぇ」
「うん」
「だって、私のせいで、メリアさん、追い出されちゃったし、私、それからっ、何も、何もできなくてぇ」
「うん」
「おしごと、忙しいし、メリアさんいないし、わた、私……私……」
「エミリー、頑張っていたのね」
「う、うう、ごめんなさい、私が、あの王子に、メリアさんのこと、言わなかったら」
「そんなことない。あの王子は最初から私のことは聖女と思っていなかったんだから。遅かれ早かれ、追い出されていたわよ」
ぐずぐずとエミリーは鼻をすする。
「私、違うんです。メリアさんは、本当は『聖女』じゃないのに、一緒にお仕事してくれて、嬉しいし、助かってるって、そういう風に、言ったのにぃ……」
エミリーはまたわあっ! と堰を切ったように泣き出した。
そんなことは、最初からわかっている。エミリーは私を悪い風に言う子じゃない。あの王子が歪んだ捉え方をして伝えてきただけだと、そんなことは分かりきっていた。
わたしはただただ、エミリーの細い体をギュっと抱きしめた。
◆
「なんかさあ、一人で草原フラフラしててさあ」
イージスが軽い調子で話す。
明らかにやばい眼をしながら、エミリーは一人、草原を徘徊していたらしい。
国王陛下に命じられて、休む間のなく。先日わたしたちが見かけた輸送護衛を終えてすぐに出立したそうだ。
──こんなの見つかるわけない、無理、帰りたい、帰りたくない、日没までには帰って、今度もまた輸送護衛にでかけて行かなくちゃいけない。無理、無理、無理。
ブツブツ言いながら、よろめきつつも寄ってくる魔物を聖なる光を持って滅しながら徘徊している様はイージスいわく、『見物』だったそうだ。
聞いているだけで、痛々しい。
彼女を見かけたら後先のことなんて何も考えずに駆け寄ってしまえばよかった。後悔しかない。
そして声をかけると相当警戒はされたけど、「メリア」と一言わたしの名前を出したらついてきてくれたという流れらしい。
まさか、イージスが拾ってくる形で彼女に会えるとはさすがに想定していなかった。イージスに人間拾い癖がついていてよかった。『聖女』という認識で拾ってきたわけではなかったらしいイージスは、わたしの喜びようを見て「へー、よかったな」とあんまり興味なさそうに軽く言っていた。イージスにも一応、『エミリー保護作戦』の話はしていて彼女の容姿も伝えていたんだけど……まあ、ともかく、なんにしろ、これで『エミリー保護作戦』は穏便に達成されたのだった。
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