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18話 落ちてた王子②
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「──貴様ら! ふざけるなよっ、俺を誰だと思っているんだっ!!!」
物置小屋に縛り付けられた王子はわたしたちの姿を認識するやいなや、大声で喚いた。さっき、最後に見たときはグルグル巻きのミノムシ状態だったのに、今の彼は縄の束縛はだいぶスッキリとモデルチェンジしていた。
「……元気だな」
「いやさあ、このままじゃおしっこできないって騒がれてさー、そういえばそうだな、って。さっき縄縛り直したんだよ」
「ああ、それで……」
……柱に繋がれた犬みたいになっているんだ……。王子の腰には縄が巻きついており、そしてその縄の先は物置小屋を支える太い柱に括られていた。縄の伸びる範囲での行動の自由はあるが、大した長さはない。キャンキャンと吠え立てるたび、縄はピンピン張り詰めていたが、ただそれだけだった。
「……王子、どうしてお一人で壁の外なんかにいたんですか?」
「……どうして、だと? 決まっている! お前を迎えに来たんだ!」
「は?」
面倒だからとっとと核心の部分を聞こうとしたら、予想だにしない答えが返ってきて、わたしはポカンと脱力する。
「あなたが、わたしを追い出したのに?」
「そうだ。しかし、我が父が寛大なことに『聖女が二人いてもいいだろう』と仰ってな。それで特別に、俺直々にお前を迎えに来てやったというわけだ!」
「……お一人で?」
「ああっ」
普通、あんなところに放り出されたら死ぬだろう。実際、イージスが発見しなかったら死んでいただろうに。……つまり、それってほぼほぼ「貴様は死んでも構わん」って送り出されたってことでは……と、思うんだけど……。
なぜか王子は自信満々に胸を張ってドヤ顔して、わたしに手を差し伸べていた。
「……まあ、正妃は難しいが、第二妃くらいにはしてやってもいいだろう。戻ってきたら、お前の両親の治療費くらいは出してやろう。なあに、王家にははした金さ」
なぜ、王子はわたしがさも王子と結婚したがっている前提でお話をしているんだろうか? 馴れ馴れしく、ジロジロと舐め回すような目で見られて気持ちが悪い。……今日は着慣れた聖女服を着ていてよかった。たまに着ているメイドのお仕着せだったら、さらに面倒くさい絡み方をされていたことだろう。
「……エミリーの護衛もつかなかったのですか?」
「エミリーは忙しいんだ! まあ、俺はこのように、一人であってもお前を見つけ出すという使命を遂行できたわけだしな……」
(草原でぶっ倒れたのを運よくイージスに拾われただけじゃん……)
心の中だけで突っ込む。機嫌よくふんぞり返っているなら、ふんぞり返らせておいた方が面倒がない。
「……エミリーは、やはり忙しいのですね……」
「ふふん。エミリーは貴様と違って、本物の聖女だからな? ……そうそう、お前を『本物の聖女じゃない』と教えてくれたのも、エミリーだぞ?」
「そうですか」
そんなことはどうでもいい。だって、実際にエミリーは本物で、わたしはニセモノだったんだから。
「……メリア、もういいだろう。この男と話しても、お前に得られる利はない」
魔王さまが、ポンとわたしの肩を叩く。肩に触れた大きな手を振り返りながら、「やっぱり魔王さまに触られてもビリビリ感電しないなあ」と不思議な気持ちになる。
「イージス、引き続き見張りを頼む。まあ、大したことはできんだろうが」
「おい、貴様ら! 俺はこの国の王子だぞ、こんなことをしてタダで済むと思っているのか!?」
「残念だが、俺たちはお前の国の国民じゃない。お前は自分が今いるここは何処だと認識している?」
青い瞳をスッと狭めて、魔王さまは冷たく言い放つ。王子は一瞬たじろいだけれど、すぐに歯を噛み締めて、魔王さまを睨み返した。この人、胆力は無駄にすごいな。
「……まさか、貴様ら、『魔族』か?」
「そうだ。お前たちが切り離して封じた外の世界の住人だ。どうやら、俺たちが眼を覚ましたことは、気づいていなかったんだな?」
「……は、ハハハハ! なるほど、それでメリアはお前らを頼ったんだな!」
「……王子?」
笑い出した王子を半眼で見つめる。
「メリア! 父は貴様を第二の聖女として受け入れると言ったが! 俺は違うぞ、やはり、貴様は俺の見立て通り、『魔族の女』だったんだな!?」
「……はあ?」
「聖女と偽っていた貴様の力! あの禍々しさ、俺は見抜いていた! やはり俺の目は正しかった、お前の追放は正しかった!」
ギャンギャンと掠れた声で王子は叫び、わたしを指差す。王子が、わたしの力に恐れを抱いていたことは知っていた。国王陛下の命で、無理矢理婚約者にさせられていたけど、彼にとってもその命令は不名誉なことであったことも。
すでに知っていることを改めて言われても、衝撃はない。けれど、ぶつけられた悪意に傷つきはする。
わたしは、わたしなりに求められてきたことをやってきただけなのに。あの国に生まれて、王に望まれて王宮に勤めて、求められてきた仕事をしてきた。それだけなのに。
わたしは、『魔族』というのが、邪悪ではないことに気付いていた。けれど、この王子は『魔族は邪悪なるもの』という認識の上でわたしを『魔族の娘』と呼んでいる。
彼はわたしを侮辱しているし、わたしの両親も侮辱しているし、魔王さまやイージス、ディグレスさんたち魔族のことも。
「……メリア。すまん。この男に余計なことを喋らせてしまった。先に、屋敷の中に戻ってくれ」
「あ、ありがとうございます。わたし、大丈夫ですよ。魔王さま」
魔王さまの穏やかな声で、ハッと我にかえる。強張っていた顔をはにかませてわたしは魔王さまのお顔を見上げた。
魔王さまの深い青色の眼をじっと見ていると、気持ちが落ち着く。わたしは、相当ひどい顔をしていたんだろう、魔王さまはずっと眉をひそめ、心配そうなお顔でわたしのことを見つめてくださっていた。
そして、魔王さまはしばらくそうしていた後、わたしの背を小屋の出口に向かってそっと押した。
「──ははん、おまえ……メリアのこと好きなんだろう!」
魔王さまに促されて、物置小屋から立ち去ろうとしたわたしだけど、下品な笑い声に、思わず振り返る。
柱に縛り付けられながらふんぞり返って、このバカ王子は何を言っているんだろう。
「はーあぁ、残念だったなあ? お察しの通り、コイツは俺の元婚約者! 俺のツバつきだ」
「何を言って……!」
触ったら電撃ビリビリするから、何もできなかったくせに! 確かに、権力と立場にものを言って迫られたことはありましたが!
王子の虚言と、魔王さまの優しさを踏み躙るような下卑た揶揄に憤り、わたしは王子に向かって足を一歩踏み出していた。
「……メリア」
魔王さまが、ふんわりとわたしの肩を抱いてそれを静止する。
王子の眉がピクリと動いた。目を大きく開き、わたしの肩に触れる魔王さまの手を凝視しているのがわかった。
「……触れもしない女を、自分のものと称するとは。面白い冗談だな」
「……!」
魔王さまは冷たく言い放つ。成り行きを見守っていたイージスもぴゅうと口笛を吹いた。
「は、は、やっぱり、お前、『魔族の女』なんじゃないか! なるほど、そうか、だから、父上はお前を野に放つのを心配しておられたのだな! そうやって、魔族に取り入るだろうと!」
「メリア、もう行くぞ」
「は、はい」
魔王さまがわたしの手を引いて、小屋の扉に向かっていく。結構強い力で引っ張られたけど、嫌ではなかった。早くこの場所からわたしを退散させてやろうとする、魔王さまの優しさだと思ったから。
小屋を出て、屋敷に戻るまでの短い距離も魔王さまは私の手を握ったままだった。外に出ると、風が冷たくて、わたしはなんとなく魔王さまの手のひらをギュッと力を込めて握り返す。なぜか、心細い気分になっていた。
わずかに魔王さまの手が一瞬だけ強張って、けれど、魔王さまもしっかりとわたしの手を握りしめたままにしてくれて、ちょっと安心した。
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