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「オファロン伯爵の話か?」
「レーラを選ぶような子爵の御親戚ですもの、所詮は馬鹿なのです。出戻りの娘が恥ずかしくて『病人の世話もでき秘密を守れる者』などと条件を付けて探していらしたの。信じられないほど安い給金で。娘が駄目だからって肝心の孫息子まで見限っていたのですわ。本当に最低の父親」
嘲笑するとパトリシアは信じられない行動に出た。
大袈裟な泣き真似でミランダを揶揄し始めたのだ。
「『どうしたらいいのロザリー!デズモンドは相続させてもらえないかもしれないわ!どうして私ばかりこんなに不幸なの!?どうして!?どうして!?』」
狂気を疑わざるを得ない振る舞いにもグレッグは動じない。
「オファロン伯爵にも非はあるが、君ほどじゃない。子供に目を付け忍び寄るなど外道だな。紹介状はどうした。まさか自分で書いたのか?」
グレッグには私のありもしない恋文をパトリシアが捏造していた事も話している。
パトリシアは急に黙り込んだ。恐らく真実だからだ。
倫理観の欠如したパトリシアがどんな悪事に手を染めていようともう驚かない。それはグレッグも同じようだった。
「なるほど。そう言えば貴族の邸宅に忍び込むのも初めてではなかったな。雇用についても君の嘘がどれだけ含まれている事やら。案外、君から接触したのでは?私たちの周りで弱味を握れそうな相手を探したんじゃないか?」
「どうしても私を悪者にしたいのね。あなたの一族はみんな頭がおかしいわ。その子を選んで受け入れて守っているのだもの。馬鹿ばっかり」
ついにグレッグが嘲笑した。
パトリシアといると心が邪悪な感情に侵される。私たちはもうこの邪悪な存在を人生から追い出すべきだ。
「毎度毎度、異常な執着には度肝を抜かれるよ」
「全てレーラが悪いのです」
「そんなにレーラが羨ましいか?」
「馬鹿な事を仰らないで!」
敵意を剥き出しにしたパトリシアが壁伝いに立ち上がり、帳面をグレッグに投げつけた。グレッグは反応せずもう一歩距離を詰める。
「馬鹿はどちらだ、パトリシア」
「あなたよ!レーラは私に巣食う病魔そのもの!羨ましくなんかありません!」
「そうは聞こえない。君はレーラの全てが欲しいんだ」
「違う!」
「ああ、違う。君はレーラにはなれない。君は落ちぶれた小賢しい没落令嬢で──」
「違う違う違う!!」
「詐欺師だ」
「そこまでにして、グレッグ」
私は静かに声を掛けた。
パトリシアが息を止める。
グレッグは静止し私を待っていた。グレッグに並びその腕に触れ、私は告げる。
「充分よ。捕まえて」
「はぁ!?」
パトリシアの声は裏返り、その顔は暗がりでもわかるほど蒼褪めていく。
「何を血迷っているの……?ワイズ子爵、なんとか言ってあげてくださいな。嫁ぎ先で親戚一同が集まっている中、騒ぎを起こしたら、一生の汚点になりましてよ?レーラにそんな肩身の狭い思いをさせて、あなたは心が痛みませんの?」
「なぜ早朝この小部屋に集められたと思っているの?私のために、騒ぎにならないよう配慮してくれたのよ」
「……」
「お望み通り、誰にも悟られずあなたを闇に葬るわ。それがあなたの望む私なのよね」
「いいのかい?」
グレッグが小さく尋ねる。
「子供たちを守りたいの」
簡潔に告げ私はグレッグの腕から手を離した。
「レーラ……あなた……!」
「パトリシア、私を恨まずに反省してほしいの。幼馴染だったあなただもの、さすがに絞首刑だけは避けたいわ。元貴族令嬢なのだからせめて模範囚として静かに贖罪の日々を送ってちょうだい」
「贖罪ですって!?私が何をしたのよ!!」
叫ぶパトリシアにグレッグが詰め寄る。
「君は身分を偽り貴族の館に侵入し幼い伯爵令息の身を脅かした」
「レーラのせいよ!」
「そして嘘と妄想で子爵夫人を陥れようと執拗に付け回し、罵倒し、危害を加えようとしている」
「それこそ妄想だわ!子爵!レーラに騙されないで!目を覚まして!!」
「君こそ目を覚ませ。さっき私に何を投げた?頬が切れた」
「子爵のくせに図に乗らないで!私一人に罪を着せて英雄にでもなったつもり!?絶対にレーラを勝たせたりしない!逮捕するならしなさいよ!全て言いふらしてあなたたち二人まとめて破滅させてやるわ!!」
罵詈雑言を撒き散らしながら小部屋を飛び出そうとしたパトリシアの前に、大きな影が立ち塞がる。
「!」
オファロン伯爵だった。私たちが話している間に追いついたようだ。
「……旦那様……違うんです、私……!」
オファロン伯爵に続き、グレッグの叔父ウィンスレイド伯爵が押し入って来る。オファロン伯爵が手を回しておいてくれたのだろうか。
小部屋は大の男が三人も入ると窮屈で、少ない調度品が邪魔しパトリシアの逃走経路を完全に塞いで追い詰めた。
三人は無言のまま、喚くパトリシアを縛り上げ口に猿轡を噛ませ麻の袋を頭に被せる。
完全な罪人の扱いで少なからずショックを受けた。相手がパトリシアだからではなく、単純に逮捕の瞬間という緊迫感に呑まれたのだ。
「後は任せろ。妻の傍についていなさい」
ウィンスレイド伯爵はグレッグに命じると、廊下に顔を出し人気の無い事を確認してからオファロン伯爵と共にパトリシアを連れて出て行った。
小部屋に静寂が満ちる。
私は低く薄暗い天井を仰ぎ、細く息を吐き出した。
終わったのだ。
グレッグが私をそっと抱きしめて徐々に腕の力を強めていく。私はグレッグの背に腕を回し抱擁を返した。
愛する人を抱きしめている。
腕の中でその幸せを噛み締めた。
「レーラを選ぶような子爵の御親戚ですもの、所詮は馬鹿なのです。出戻りの娘が恥ずかしくて『病人の世話もでき秘密を守れる者』などと条件を付けて探していらしたの。信じられないほど安い給金で。娘が駄目だからって肝心の孫息子まで見限っていたのですわ。本当に最低の父親」
嘲笑するとパトリシアは信じられない行動に出た。
大袈裟な泣き真似でミランダを揶揄し始めたのだ。
「『どうしたらいいのロザリー!デズモンドは相続させてもらえないかもしれないわ!どうして私ばかりこんなに不幸なの!?どうして!?どうして!?』」
狂気を疑わざるを得ない振る舞いにもグレッグは動じない。
「オファロン伯爵にも非はあるが、君ほどじゃない。子供に目を付け忍び寄るなど外道だな。紹介状はどうした。まさか自分で書いたのか?」
グレッグには私のありもしない恋文をパトリシアが捏造していた事も話している。
パトリシアは急に黙り込んだ。恐らく真実だからだ。
倫理観の欠如したパトリシアがどんな悪事に手を染めていようともう驚かない。それはグレッグも同じようだった。
「なるほど。そう言えば貴族の邸宅に忍び込むのも初めてではなかったな。雇用についても君の嘘がどれだけ含まれている事やら。案外、君から接触したのでは?私たちの周りで弱味を握れそうな相手を探したんじゃないか?」
「どうしても私を悪者にしたいのね。あなたの一族はみんな頭がおかしいわ。その子を選んで受け入れて守っているのだもの。馬鹿ばっかり」
ついにグレッグが嘲笑した。
パトリシアといると心が邪悪な感情に侵される。私たちはもうこの邪悪な存在を人生から追い出すべきだ。
「毎度毎度、異常な執着には度肝を抜かれるよ」
「全てレーラが悪いのです」
「そんなにレーラが羨ましいか?」
「馬鹿な事を仰らないで!」
敵意を剥き出しにしたパトリシアが壁伝いに立ち上がり、帳面をグレッグに投げつけた。グレッグは反応せずもう一歩距離を詰める。
「馬鹿はどちらだ、パトリシア」
「あなたよ!レーラは私に巣食う病魔そのもの!羨ましくなんかありません!」
「そうは聞こえない。君はレーラの全てが欲しいんだ」
「違う!」
「ああ、違う。君はレーラにはなれない。君は落ちぶれた小賢しい没落令嬢で──」
「違う違う違う!!」
「詐欺師だ」
「そこまでにして、グレッグ」
私は静かに声を掛けた。
パトリシアが息を止める。
グレッグは静止し私を待っていた。グレッグに並びその腕に触れ、私は告げる。
「充分よ。捕まえて」
「はぁ!?」
パトリシアの声は裏返り、その顔は暗がりでもわかるほど蒼褪めていく。
「何を血迷っているの……?ワイズ子爵、なんとか言ってあげてくださいな。嫁ぎ先で親戚一同が集まっている中、騒ぎを起こしたら、一生の汚点になりましてよ?レーラにそんな肩身の狭い思いをさせて、あなたは心が痛みませんの?」
「なぜ早朝この小部屋に集められたと思っているの?私のために、騒ぎにならないよう配慮してくれたのよ」
「……」
「お望み通り、誰にも悟られずあなたを闇に葬るわ。それがあなたの望む私なのよね」
「いいのかい?」
グレッグが小さく尋ねる。
「子供たちを守りたいの」
簡潔に告げ私はグレッグの腕から手を離した。
「レーラ……あなた……!」
「パトリシア、私を恨まずに反省してほしいの。幼馴染だったあなただもの、さすがに絞首刑だけは避けたいわ。元貴族令嬢なのだからせめて模範囚として静かに贖罪の日々を送ってちょうだい」
「贖罪ですって!?私が何をしたのよ!!」
叫ぶパトリシアにグレッグが詰め寄る。
「君は身分を偽り貴族の館に侵入し幼い伯爵令息の身を脅かした」
「レーラのせいよ!」
「そして嘘と妄想で子爵夫人を陥れようと執拗に付け回し、罵倒し、危害を加えようとしている」
「それこそ妄想だわ!子爵!レーラに騙されないで!目を覚まして!!」
「君こそ目を覚ませ。さっき私に何を投げた?頬が切れた」
「子爵のくせに図に乗らないで!私一人に罪を着せて英雄にでもなったつもり!?絶対にレーラを勝たせたりしない!逮捕するならしなさいよ!全て言いふらしてあなたたち二人まとめて破滅させてやるわ!!」
罵詈雑言を撒き散らしながら小部屋を飛び出そうとしたパトリシアの前に、大きな影が立ち塞がる。
「!」
オファロン伯爵だった。私たちが話している間に追いついたようだ。
「……旦那様……違うんです、私……!」
オファロン伯爵に続き、グレッグの叔父ウィンスレイド伯爵が押し入って来る。オファロン伯爵が手を回しておいてくれたのだろうか。
小部屋は大の男が三人も入ると窮屈で、少ない調度品が邪魔しパトリシアの逃走経路を完全に塞いで追い詰めた。
三人は無言のまま、喚くパトリシアを縛り上げ口に猿轡を噛ませ麻の袋を頭に被せる。
完全な罪人の扱いで少なからずショックを受けた。相手がパトリシアだからではなく、単純に逮捕の瞬間という緊迫感に呑まれたのだ。
「後は任せろ。妻の傍についていなさい」
ウィンスレイド伯爵はグレッグに命じると、廊下に顔を出し人気の無い事を確認してからオファロン伯爵と共にパトリシアを連れて出て行った。
小部屋に静寂が満ちる。
私は低く薄暗い天井を仰ぎ、細く息を吐き出した。
終わったのだ。
グレッグが私をそっと抱きしめて徐々に腕の力を強めていく。私はグレッグの背に腕を回し抱擁を返した。
愛する人を抱きしめている。
腕の中でその幸せを噛み締めた。
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