さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ

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六章

74(ラルフ)

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カニングハム公爵家の叛乱軍から大量の糧を得ることができたのは、なかなか嬉しい収穫だった。一族も大喜びだ。
中には絶対に女性の血がいいという者もいるが、そもそも予定外の収穫だったので不満は出ていない。

僕の実力が至らなかった為に真っ新な心で生まれ変わる結果となっていたレッドメイン伯爵家の令嬢アンジェリカも、数多い練習台を得て急成長を果たした。

従順なアンジェリカは壮年以上の男によく懐く。
実の曾祖父シュテルン伯爵とも良好な関係を改めて築いていたが、いつ吸血衝動に駆られ羽目を外すかと少し心配していた。
そういった意味でも、カニングハム公爵家の兵士たちは重宝している。

僕は新たな糧の一人、レイモンドに離婚を命じた。

マーガレットという些か下品な女性に僕自身は何ら思い入れはないが、ユーリアが望んでいる。

僕はユーリアの過去を何も知らなかった。
それがカタリーナの命を救おうという時に、初めて過去の片鱗を知った。

戸惑いは数分も続かなかった。只、カタリーナの命の危機に際してユーリアと語らう時間が取れなかったのは歯痒い。

今、僕は棺桶の蓋の上に座っていた。
カタリーナが人生の幕を下ろすその瞬間まで温存させておく、彼女専用の秘薬。もうスから始まるあの名前は必要ない。ロヴネル伯爵家は誰かが継ぐだろう。

「ありがとう、ラルフ」

ユーリアがやや気まずそうに表情を曇らせているのは、やはり過去を気にしているからだ。
僕は座ったまま、正面に立つユーリアの手をそっと握った。

「どういたしまして。君の為なら、なんだってするよ。知ってるはずだよね」
「……ええ」
「よかったら、昔話を聞かせてくれる?」

ユーリアの全てが欲しかった。
肉の味も、血の味も、全て知りたかった。
併しそれは、僕と出会った時代の、僕のユーリアという範囲でしか物事を考えられなかった未熟さ故の欲でしかなかったのだ。

「昔……」

ユーリアは言いづらそうにしている。
僕は微笑みを絶やさずに待った。待って、ユーリアが口を噤むなら、もう聞かなくていいとも思っていた。

でも、ユーリアは話してくれた。

「昔、赤ちゃんが消える事件があったの。弟のダミアンもその時に妻子を亡くして……復讐の為に封印を解いた」

当時、国王が予言者の助言で叛逆者の誕生を阻止する為に、国の内外を問わず赤ん坊を殺させたらしい。
僕はそれに似た話を知っていた。只、古い書物で読んだ神話の一つだった。

「一族の力を得てダミアンは復讐を果たした。私は、弟の魂を救う為にずっと祈りを捧げていた。──それで、神様から『白の鍵』を授かったのよ。みんなを救えるように」
「……じゃあ、君は古代の神殿で生きた、元聖女ということ?」
「そう……っ」

ユーリアが僕の掌の中から手を引き抜いて顔を覆った。

「私、あなたよりずっとお婆ちゃんなの……!」
「……」

気になるのは、そこか。

「ごめんなさい……!!」
「謝ることないよ。驚いたけど、君は君だし」
「でも、私……前に結婚していて……」

まあ、聞きたかったのはそこだ。
ユーリアが生きてきた永い年月を考慮すると、ずっと独り身だったという方が不自然でさえある気がする。

「うん」
「この国に来て、出会った人で……」
「ちなみに何年前?」
「三……」
「三十年?」

否、それだと計算が合わない。
マルムフォーシュ伯爵を子孫だと言った。ヴァンパイアの血が限界まで薄まり只の人間になる程度の代を挟んでいるとなると……

「三百年?」
「いえ、あの……」
「三千年……?」
「…………」

まさか。

「三万……!?」
「いえ!違う、三千年弱くらい」

凄い。
ヴァンパイアに成り、永遠の命を持つ体になったという自覚はあったが、それを現実に落とし込んで考えてみたのは今この瞬間が初めてかもしれない。

「正確には、ええと……今年でたぶん二八七〇……七四年くらいかしら……」
「いや、そこまでいくともう下二桁は誤差の範囲だよ」
「呆けてしまったわけじゃないのよ?」
「わかってる」
「ラルフ……」
「わかってる、大丈夫」
「でも、あなたからしたら私、やっぱりお婆ちゃんだから……」

どうしてもそこが気になるらしい。
ユーリアの可愛い女性らしさに、僕は寧ろ優しい気持ちにしかなれない。

僕は棺桶から立ち上がり、ユーリアをそっと抱きしめた。

「すぐに追いつくよ」

耳元で囁く。

「これから先もずっと一緒にいるんだから。君はいつだって、僕の可愛いユーリアだ」
「ラルフ……」

ユーリアが静かに僕に身を委ねる。
細い体を抱きしめながら、彼女が幾度も別れを経験し、その度に深く傷ついてきたのだと思うと切なくなった。

約束した。
僕だけは、さよならを言わないと。

「マルムフォーシュ伯爵は血が薄れた子孫だと言ったよね」
「ええ……」
「という事はつまり、確認だけど……当時の相手は人間……?」
「そうよ。人として天寿を全うしたの」

よかった。本当によかった。一族の中に居たらどうしようかと思っていた。

「寂しかったね」

僕はユーリアの永い孤独を溶かせるよう願いながら、彼女を抱きしめ続ける。

今は、キスはやめておこう。前の夫という人物が生涯をかけてユーリアを愛し永遠の眠りに就いたなら、彼女の愛も滅びはしない。
心変わりとも、浮気とも違う。
ユーリアが前の夫を偲ぶなら、僕はその間、待ちながら彼女を守る。それができるのは、この僕しかいないのだから。

「……」

棺桶の中で醜い未練が蠢いた。
術を掛け直す必要がありそうだ。僕の力で変異させた弊害か、同族の中でも強力なヴァンパイアになってしまった。だが、管理は容易い。

カタリーナ。
君は永遠を願うだろうか。

永遠の愛へと背中を押してくれた君を、僕は、ユーリアと共に守り続けるよ。必ず。
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