さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ

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六章

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王家の密偵マルムフォーシュ伯爵は新国王イライアス陛下に報告した。

「カニングハム公爵は、つい出来心で、妻の元婚約者であるバムフォード辺境伯を『一緒に王都へ行こう』などと宣って誘い、結果、挑発してしまったのです」

これは事実。

「早速の番狂わせ。立派に成長したバムフォード辺境伯にカニングハム公爵夫人が惚れ直し、盛大な痴話喧嘩勃発と相成りました」

まあ、これも事実だ。

「この小競り合いで、主が不利益を被ると理解し元サヤ憎しとなったカニングハム公爵の部下たちが、事もあろうに『バムフォード辺境伯に叛乱の疑い有り』などという大それた作り話を吹聴した────というのが、この度の真相であります」

だいたい事実通りなのに、叛乱を無かった事にして上手くまとめている。
イライアス陛下は目尻を下げてにっこりと笑った。

「そういう事にしておこう。御苦労であった、マルムフォーシュ伯爵」

一応、謁見の間なので畏まった雰囲気ではあるものの、結局は身内に甘い男性同士といった空気で場が和んでいる。

「キティ」

イライアス陛下まで私をそう呼ぶ始末よ。

「二人してお揃いの指輪を嵌めるなど、全く可愛いものよ。慎ましく小指などで済ませておいては勿体ない。おいで。ティアラをあげよう」
「は……!?」

私は全身に稲妻が走ったような衝撃を隠せず、新国王イライアス陛下を凝視してしまった。
ドグラスはあやすように背中を叩いて促してくるし、受け取らないわけにもいかない。私は素早く進み出て跪き、とても美しいティアラを頭の上に乗せてもらってしまったりしている。

「……」
「結婚式はベールがあるから、披露宴で、また見せておくれ」
「……」

何か言わなければと思うものの、驚きと緊張と興奮で全く頭は働かず、更に喉もカラカラに乾いて声も出ない。
見兼ねたドグラスにそっと体を持ち上げられて、付き添われる形で元居た位置に戻った。

私は王家の密偵の助手ではなくなった。
私自身も王家の密偵と認められ、公私共にドグラスの相棒になるのだ────と理解して己を落ち着かせる。

この数日後。
カニングハム公爵から離婚の申し入れがあり、新国王はそれを許可したという報せがあった。
王家直々の密書を受け取った父は、ティアラを持ち帰った時同様に舞い上がり、私の出世を心から喜んでくれた。

母は最近、夏の疲れが後を引いているのか、少し元気がない様子だ。
秋が来て、冬が来る頃には回復しているだろうから、私はそっとしておくことにした。

ドグラスと私の父にも変化があった。
社交術に長けた二人は、私を通じて既に家族のような親しい関係を築き始めている。ドグラスが、慣習に従い一年は公に発表できないものの私を心から愛していると父に向かって熱弁したらしい。

そんなの、照れてしまうというものよ……。

考えてみて欲しい。
私は、父かドグラスのどちらかとは必ず毎日顔を合わせている。ドグラスにたっぷり甘やかされて家に帰ると、私がドグラスに甘やかされたと承知の父が満面の笑みで迎えるという構図なのだ。

いっそ、もう結婚したい。

「待つのってじれったいわね」

マルムフォーシュ伯爵家の馬車の中でドグラスに密着して不満を洩らした私の頭を、いつものように、ドグラスが優しく撫でた。

「だろう?俺の気持ちを味わえ」
「あなたはいいじゃない。誰からも揶揄われないし、気まずい相手もいない。結果的にずっと私を独占しているし」
「そう!キティは俺の~」
「憎いわ。一人だけ呑気に浮かれて」
「キティは嬉しくないのか?」

目尻を下げ、甘い微笑みを浮かべて甘い声で訊いてくる。

「嬉しいけれど、……恥ずかしいのよ。あちこちで、いろいろ言われて」
「言わせておけ」

ドグラスの指が私の頬を撫で、顎を捉える。
それから促されるままキスをした。

甘い余韻に酔い痴れている間に、ドグラスがキスを繰り返す。

私は今、正真正銘、噂通りマルムフォーシュ伯爵の恋人だった。
最近では、ついにあの遊び人が運命の相手を見つけたようだ……などと言われているらしい。
でも、もう見せかけの逢瀬ではなく、調査を抜きにした本当の恋人。噂は、真実だ。

今日はオペラに行くという口実だった。

その実、今日は、あの壮大な痴話喧嘩もとい叛乱が繰り広げられたバムフォード辺境伯領へ向かっている。
しかも、なんと長旅ではなく一瞬で到着する予定だ。

打ち合わせ通り、近くの森の中でユーリアとラルフ卿が待っていた。

「こっ、恐い……ッ!!」
「掴まれ、キティ!」

私たちは馬車ごと辺境の地へ飛ばされた。
あの黒い疾風に、成ったのだ……。

恐かった。

「ふぅ。ビリッと来た。キティ、大丈夫か?」
「大丈夫なわけないでしょう!!」

全く、馴れ合いというのは恐ろしいものである。
ドグラス的には、私は最初からヴァンパイアの瘴気に耐性があったようだし、一夏かけて慣れたからもう体験しても問題ないと判断したらしい。

冗談じゃない。
あの長旅を無に出来るのはヴァンパイアだけであって、私たち人間を巻き込まないでほしい。

「少し、胃が凭れる感じがするわ……」
「え?」
「空気を……」

ドグラスが甲斐甲斐しく私を馬車から下ろしてくれた。
そもそも、これから行われる儀式に立ち会いたいと口を滑らせてしまったのは私だ。この目で見届けるまでは、弱音を吐きつつでも踏ん張りたい。

今夜、バムフォード城で断罪式が執り行われる。
一方的な婚約破棄で駆け落ちした上、その数年後には無自覚でも叛乱軍の手引をしてしまったマーガレットが、謝罪の意を示すけじめの儀式らしい。

こんな珍しいものは一生に一度見れるかどうかもわからない。

ドグラスに体を支えられ、背中を摩られながら風を浴びる。
離れた土地は、風の匂いが違う。空気の味も違う。ドグラスが与えてくれた新しい人生には素晴らしい価値がある。少し奇怪なのも、また良しだ。

だから、マーガレットを見届けたい。

空っぽの馬車を見遣る。
ユーリアとラルフ卿は、馬を信頼できる宿に預けてから此方に合流する段取りになっている。

「私、お馬さんより強かったのね」
「慣れだろ」

そういうものかもしれない。
いずれにせよ、私の我儘で馬に我慢を強いるのは可哀相だから、これでよかったのだ。

「あの、通路の出口を見に行きたいわ」
「散歩だな」
「先日ユーリアが粉々にしていたところ」
「おぅ、行こう」
「私、バムフォード辺境伯の修復力には興味があるの」
「壊すのが得意な分、何か秘策があるかもしれない」
「あの方って、素手で岩も砕けるのかしら」
「柱を握り潰した話は聞いたことがある」
「え?人間……?」
「あれで人間だから、心底恐いんだよ」
「そうよね。食べ物が違うのかもしれないわ……」
「否、血筋だろう」
「……いえ、屈強にも程がある。市民まで強いのよ。この土地に、何か秘密があるはず……」
「キティ、燃えているな……!目がキラキラしてきた!」
「ええ!せっかく来たのだもの、突き止めてみせるわ!」
「いいぞ!」
「怪力辺境伯に突撃よ!!」

胃の凭れも解消し、だいぶ気分が乗ってきた。
私はドグラスと手を繋ぎ、バムフォード辺境伯が誇る堅牢な要塞都市を仰いだ。
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