さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ

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三章

19(ドグラス)

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「まあ!まあまあマルムフォーシュ伯爵!ようこそいらっしゃってくださいました!」

ウィリアムズ侯爵とその母君に出迎えられた。特に、母君イヴリンの興奮ときたら凄まじい。身嗜みは厳格で規律に厳しい印象を受けるものの、痩身なウィリアムズ侯爵の母君としては老化以外の肉体の膨張と弛みが目立つ。だが、それは決して悪いことではない。

ウィリアムズ侯爵が妻ではなく母親を伴い客人を出迎えているのが、悪い。

「旅の途中で通りかかりまして。是非、ご挨拶をと」
「ありがとうございます!どうぞ、何日でも御滞在なさって、お寛ぎくださいませ!」

俺はイヴリンに満面の笑みで謝意を伝えてから、荷下ろし途中の馬車を振り仰いだ。

「おいで、キティ!御挨拶を!」

計画通り。
ウィリアムズ侯爵たちの目をメリーポート伯爵令嬢に向けさせない為に、場違いな恋人役のカタリーナに注目させる。
当のメリーポート伯爵令嬢は髪を隠し、御者と共に荷下ろししているところだ。

カタリーナが馬車から降り立った。
本人にはしかめっ面をされっぱなしだが、今日この日の為だけにフリル尽くしのドレスを着てもらっている。

遊び人のマルムフォーシュ伯爵が最近連れ回しているという噂のオースルンド伯爵令嬢が、ドレスも宝石も与えられ、散々甘やかされて、上級貴族の城にまでのこのことついて来て、当然のように特別待遇で滞在しようとしている。
そう思ってもらうのが目的だ。

カタリーナが俺に笑顔を向けた。
演技とはいえ、最高に可愛い。

「まあ……」

早速、イヴリンが声を洩らした。

「可愛いでしょう?新しい恋人です。最近、愛しの幼馴染が他の令嬢と婚約してしまって傷心のところを、俺が真心こめて慰めている最中というわけです」
「そうですの……」
「どうか彼女にも優しく接してやってください。あ、そうだ」

俺は他意の無い笑顔をウィリアムズ侯爵アーヴィン卿に向けた。

「チェルシー夫人でしたね。是非ともキティと仲良くしてやってくださるよう、貴殿から頼んでいただけますか?」
「妻も喜びます」

かつて二人の令嬢の中を引っ掻き回し破壊した男が、余所行きの上品な笑顔で応じる。悪辣な印象は今のところ全くない人物だ。母親が傍にへばり付いている以外は、概ね、好人物に見える。

カタリーナが隣に並んだ。

「御辞儀して」

甘やかす声で命じると、カタリーナが無言のまま深く膝を折り挨拶する。

「ようこそ」

ウィリアムズ侯爵がにこやかに順応していたが、母君イヴリンのほうは一拍遅れて笑顔を作った。だが、カタリーナに注目しており侍女に扮するメリーポート伯爵令嬢の存在には全く気が回っていない。

成功だ。

更に、ユーリアが持たせたフォーシュバリ侯爵家の紋章を模したペンダントも功を奏した。どうも新調したドレスより、そちらに目が行くらしい。

「今夜はパーティーにしなくてはねえ。それも特別盛大なパーティーよ!せっかく、マルムフォーシュ伯爵が立ち寄ってくださったのだもの。ねえ、そうよねアーヴィン?」
「ええ、勿論です。母上」

親子の会話を聞くに、ウィリアムズ侯爵家の実権を握っているのは母君の方らしい。

執事から丁重に案内され、続きの間がある最上級の客室を宛がわれた。その間もカタリーナは甘やかされた新しい恋人役、メリーポート伯爵令嬢はその侍女役に徹している。

「どうぞお寛ぎくださいませ。すぐにお茶をお持ちいたします」

そう慇懃に会釈した執事が立ち去った瞬間、二人の伯爵令嬢が仮面を脱ぎ捨てた。

「あれではチェルシー様の立場がありません」
「あのアーヴィン様が母親の言いなりになるような男だったなんて……!」
「落ち着け、麗しき花たち」

二人とも、仲良く戦慄いている。

それにしても、メリーポート伯爵令嬢が危惧した通り、本来ならば当主の傍らに立つはずのウィリアムズ侯爵夫人の姿はなかったし、アーヴィン卿の一人娘であるはずの可愛い妖精クレアの影も見えない。

今夜のパーティーとやらが公的なものでなく、私的なものであることは確かだ。僅かな事前調査とはいえ、今夜、件のチェルシーが目に余る言動で辟易とさせてくれるのを願うばかりである。

「確かに、二人の令嬢の恋心を引っ掻き回すような男にしては、母親にべったりだな」
「……!」

メリーポート伯爵令嬢が忌々しげな溜息を洩らす。
カタリーナの方は、憮然とした態度で自ら荷物を次の間へと運び始めた。俺はメリーポート伯爵令嬢にそっと尋ねた。

「実際、どんな経緯だったのか、教えてくれるかい?」

ソファーに座るようすすめ、俺も向かいに腰を下ろす。
メリーポート伯爵令嬢は暫く言い淀んでいたが、俺の求めた経緯を簡潔にまとめた。

「はじめは私に急接近し、あとからチェルシーに言い寄られました」

それで最終的にはチェルシーの方と結婚した、と。

「私とチェルシーは、初めて激しくいがみ合い、罵り合い、口も利かなくなり、訣別しました」
「決め手はなんだったと思う?その……」
「愛され、選ばれた理由なら明確です。私よりチェルシーのほうが、遥かに可憐で、可愛くて、優しくて、侯爵夫人として相応しかったからです」
「君から見て、チェルシーはどうして君より侯爵夫人となるに相応しかった?」
「上品で……」

そこで、ふとメリーポート伯爵令嬢が何かに気づいた顔をした。

「従順だから、です」

如何にも母君イヴリンが好みそうな花嫁だ。
二人の伯爵令嬢の中を引っ掻き回したのが誰か。それも、確かめる必要がありそうだ。
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