さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ

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四章

26(ラルフ)

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心地よい冷気に満ちた室内に、ユーリアが一人の女を伴い帰還する。

ウィリアムズ侯爵家の幼い令嬢クレアを誘拐し、人買いに売り渡した愚かな罪人。
ソレル・ハーンは汚れた囚人服に身を包み、恐れに息を詰まらせて震えている。

「……!?」

視界を遮るように立った僕の目を見て、更に怯えた。

「やってみて、ラルフ」

罪人の向こう側でユーリアが僕を見守っている。
僕は罪人の頬に手を当て、耳の後ろ、顎の骨に指を食い込ませるようにして動きを封じた。

「────血を捧げろ、ソレル・ハーン。お前は一族の糧となるんだ」

力の使い方は、喉に注がれ血管を泳ぎ新しく僕を作り直したユーリアの血が教えてくれる。導かれるままに、糧の目を通し精神を侵す。魂の形を絡み取る。

「…………はい……仰せの儘に……」

支配した罪人の向こうでユーリアが破顔し、小さな拍手を僕に送る。

「凄い!上手よ!」
「君が見つけてくれたんだ。僕は、才能があるのかもしれない」
「そうよ。おめでとう、ラルフ。さあ、みんなに見せに行きましょう」

夢遊病者のように佇む糧の支配は呆気ないほど容易かった。言葉の通り意のままで、これなら日頃の小間使いとして働かせることも、喉の渇きを満たす家畜としても管理しやすいだろう。

慣れてきた古城の中を、ユーリアと並んで歩く。
謁見の間まで空間を飛ばず散歩してくれるのは、僕がまだそこまで到達していないからだ。自分が彼女たちと全く同じ力を使えるようになるとは、まだ信じきれない。だが、そう長くはない時間をかけて、そうなるのだろう。

謁見の間に入る。

フォーシュバリ侯爵家当主の影が玉座にある。
月光を背負う身体は小さく、古典的な深紅のドレスと王冠に圧し潰されやしないかと不安にさせられる。

表のフォーシュバリ侯爵役を務めるカルネウスと、夫人役のエヴァが既に待っていた。今の時代にユーリアの両親役を務める二人だが、一族の中での位はユーリアより下だと明かされた時は驚いた。

何よりも驚いたのは、ユーリアが真の当主に次ぐ特別な地位にあるということだ。

ユーリアが一族の中でも異質な存在であることは、古城の中で暮らしてすぐに気づいた。僕はユーリアしか知らなかったから全員がそうだと思っていたのだが、真の姿があれほど白亜を纏うのは彼女だけだった。その意味は、今はまだ教えられていない。

一族の長。
真のフォーシュバリ侯爵の御前にユーリアが跪く。

「イリス様。ラルフが初めて糧を調達しました。お味見を」

ユーリアの言葉を受けて、当主が小さな手で手招きする。僕は念じ、薄汚れた罪人の姿のままの糧に念じる。ソレルがふらふらと進み出てユーリアよりも前で跪き、緩慢な動作で右手を掲げた。

「さすが、ユーリア様が見初めたお相手ですね」

カルネウスが感嘆の呟きを洩らす。
義理の父親になると思っていた恰幅のいい中年男が崇拝と服従を示す姿には、未だ慣れない。

「どれ」

当主が玉座を下り、糧の手首で味を見た。そして、紅い唇を肉から離さないまま、高い声で問う。

「孕んでいるな?」
「はい。私たちの子どもとして育てます」

ユーリアの声は、仮初の家庭を築く喜びに満ちている。

「一人で満足できるか?」
「はい。後は、殖やします」
「そうか。好きにしろ」
「ありがとうございます」

当主が糧の手を離し、滑るように此方を向いた。

「ラルフ。よくやった」

僕も跪いた。
十歳にも満たない少女の見た目をしたヴァンパイア一族の長の、白銀の髪が夜風に靡く。人として生きていた頃の僕と同じ色の髪。新参者の僕が厚遇されるのは、何もユーリアの伴侶に選ばれた男だからというだけではないのかもしれない。

僕は、特別、美しいのかもしれない。
この夜の闇に時を留める世界で。

エヴァがあの歌を口ずさみ始めた。
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