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四章
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冷静になって考えてみると恐れ多いとは思うものの、マルムフォーシュ伯爵はやはり少し鬱陶しい。特に馬車の中では持て余す。切迫した状況ではないのにもかかわらず、異常なほど距離が近い。
節度ある付き合い方を提言してみてもいいかもしれない。
「……何故、一人でいる時まであの方のことを考えなければならないのよ……」
まったく、どうかしている。
それはそれとして、帰宅した私は父から意外なことを聞かされた。
シュテルン伯爵から招待状が届いている。
シュテルン伯爵は若かりし頃、先代国王の時代に功績を讃えられた名誉貴族だ。伯爵の中ではマルムフォーシュ伯爵に次ぐ地位といっても過言ではない。
この夏、御年九十才。
その誕生日を祝う宴にオースルンド伯爵家が招かれたのは驚きでしかなかった。更に驚いたのは、私個人がマルムフォーシュ伯爵の新しい恋人と噂されているという理由かと思いきやそうではなく、曾孫が非礼を働いたお詫びだということだ。
フォーシュバリ城の前庭で私にぶつかり飲み物を掛けた不作法なレッドメイン伯爵家の令嬢アンジェリカは、シュテルン伯爵の曾孫にあたる。そういえば、確かに、そう。
だからあの場で野放しにされ、自由奔放に振舞えていたのだ。
「……面倒ね」
立場上、謹んで招待を受けるべきであり、平に感謝するべきであり、アンジェリカにも好意的でいなければならない。
「……」
マルムフォーシュ伯爵の助手として遠方に調査に行けたりしないかしら。
アンジェリカとの接触が面倒なことこの上ないし、それに、もしかすると他にも会いたくない貴族が招待されているかもしれない。
「キティ、キティ。ワタシハ、キティ」
私は急ぎマルムフォーシュ伯爵に手紙を書いた。すると、マルムフォーシュ伯爵も招待されているのでシュテルン伯爵家で会おうという内容の返信があった。
この手紙のやり取りをしていたら、あっという間にシュテルン伯爵九十才の誕生会が迫り、私は暗澹たる思いで馬車に揺られることになってしまった。
緊張している両親と共に長い沈黙を共有するのは、正直、気まずい。
「ステファンと鉢合わせなければいいけれど……」
母が言わなくていいことを言った。
早めに着いた招待客は、広間や遊戯室、図書室、庭園など、各々が許される範囲で優雅な時を過ごしている。
私たちはオースルンド伯爵家として宛がわれた客室から極力出ないようにして、やり過ごす方針だった。
ところが。
「カタリーナ、私の部屋に来て!お友達がほしかったの。是非、ずっと一緒にいてちょうだいね!」
「……」
アンジェリカの奇襲によって、私は荷物を纏め、父母との別離を受け入れざるを得なくなった。
アンジェリカは自分専属のメイドたちを取り巻きにして延々と喋り続け、トランプだの花占いだのに興じ、私にも同じ気持ちで楽しむことを求めた。居心地は最悪だったけれど、失礼がないよう、私は努めた。
私のことをアンジェリカが下に見ているのは、メイドたちの態度からも伝わってきた。
トランプで少しでもいい手が出ようものなら、アンジェリカとそのメイドたちが甲高い声で笑いながら私を遠回しに揶揄し、違うゲームを始める。
焼き菓子を私にすすめたくせに、食べ方に難癖をつけてひそひそと笑い合う。
ドレスを貶す。
会話の中で意見を求めておきながら、私が答えようとすると遮る。
等々……
「まあ!カタリーナったら、本当に面白い方ね!」
「うふふふふ」
「きゃはは」
「ほら、もっと召し上がって!──きゃっ」
「!」
誰が偶然と思うだろう。
私はまた、飲み物を顔にかけられ、ドレスも汚されてしまった。
「……」
前髪と鼻の頭からぽたぽたと液体が垂れる。
「まあまあ、カタリーナったら。避けてくださればよかったのに」
「アンジェリカ様。御着替えして頂いたほうがよろしいのではないですか?」
「このまま前夜祭に出るのは失礼ですよ」
「アンジェリカ様なら許していただけるでしょうけれど、カタリーナ様では……」
「そうね、カタリーナ。私たち、ここで遊んでいるから、どうぞあちらで着替えてらして」
殺意まではいかないまでも、湧き上がる苛立ちをやり過ごすのに必死よ。
私は無言で姦しい輪を離れ、ベッドの傍に荷物を広げて粛々と身形を整えた。その時、ひそひそ声が届いた。
「……熱くなかったのかしら……」
今回も、フォーシュバリ侯爵家のペンダントは無事だ。もしかすると熱い紅茶を掛けられていたのかもしれない。ユーリアを呼び出せる特権以外どんな力が備わっているか、その全貌は明らかになっていないものの、少なくとも液体を避ける傾向はあるらしい。
とはいえ、着替えるには一度ペンダントを外す必要があった。
安心できない環境で外すことには抵抗を覚えるけれど、いくら下品で幼稚なアンジェリカ達がすぐそこにいるからといって、盗難の心配まではしていなかった。
前夜祭の為に萌黄色のドレスに着替え、しっかりとペンダントも首にかける。
それからじっくり時間をかけて髪を整え、二度と姦しい輪には戻らなかった。
正直、うんざりしていた。
前夜祭で両親かマルムフォーシュ伯爵と合流できたら、すぐ便宜を図ってもらおう。そのくらいの我儘は許されるはずだ。可能なら、いっそ帰りたい。
「……」
とても待ち遠しい。
今すぐにでもマルムフォーシュ伯爵に会いたい。
節度ある付き合い方を提言してみてもいいかもしれない。
「……何故、一人でいる時まであの方のことを考えなければならないのよ……」
まったく、どうかしている。
それはそれとして、帰宅した私は父から意外なことを聞かされた。
シュテルン伯爵から招待状が届いている。
シュテルン伯爵は若かりし頃、先代国王の時代に功績を讃えられた名誉貴族だ。伯爵の中ではマルムフォーシュ伯爵に次ぐ地位といっても過言ではない。
この夏、御年九十才。
その誕生日を祝う宴にオースルンド伯爵家が招かれたのは驚きでしかなかった。更に驚いたのは、私個人がマルムフォーシュ伯爵の新しい恋人と噂されているという理由かと思いきやそうではなく、曾孫が非礼を働いたお詫びだということだ。
フォーシュバリ城の前庭で私にぶつかり飲み物を掛けた不作法なレッドメイン伯爵家の令嬢アンジェリカは、シュテルン伯爵の曾孫にあたる。そういえば、確かに、そう。
だからあの場で野放しにされ、自由奔放に振舞えていたのだ。
「……面倒ね」
立場上、謹んで招待を受けるべきであり、平に感謝するべきであり、アンジェリカにも好意的でいなければならない。
「……」
マルムフォーシュ伯爵の助手として遠方に調査に行けたりしないかしら。
アンジェリカとの接触が面倒なことこの上ないし、それに、もしかすると他にも会いたくない貴族が招待されているかもしれない。
「キティ、キティ。ワタシハ、キティ」
私は急ぎマルムフォーシュ伯爵に手紙を書いた。すると、マルムフォーシュ伯爵も招待されているのでシュテルン伯爵家で会おうという内容の返信があった。
この手紙のやり取りをしていたら、あっという間にシュテルン伯爵九十才の誕生会が迫り、私は暗澹たる思いで馬車に揺られることになってしまった。
緊張している両親と共に長い沈黙を共有するのは、正直、気まずい。
「ステファンと鉢合わせなければいいけれど……」
母が言わなくていいことを言った。
早めに着いた招待客は、広間や遊戯室、図書室、庭園など、各々が許される範囲で優雅な時を過ごしている。
私たちはオースルンド伯爵家として宛がわれた客室から極力出ないようにして、やり過ごす方針だった。
ところが。
「カタリーナ、私の部屋に来て!お友達がほしかったの。是非、ずっと一緒にいてちょうだいね!」
「……」
アンジェリカの奇襲によって、私は荷物を纏め、父母との別離を受け入れざるを得なくなった。
アンジェリカは自分専属のメイドたちを取り巻きにして延々と喋り続け、トランプだの花占いだのに興じ、私にも同じ気持ちで楽しむことを求めた。居心地は最悪だったけれど、失礼がないよう、私は努めた。
私のことをアンジェリカが下に見ているのは、メイドたちの態度からも伝わってきた。
トランプで少しでもいい手が出ようものなら、アンジェリカとそのメイドたちが甲高い声で笑いながら私を遠回しに揶揄し、違うゲームを始める。
焼き菓子を私にすすめたくせに、食べ方に難癖をつけてひそひそと笑い合う。
ドレスを貶す。
会話の中で意見を求めておきながら、私が答えようとすると遮る。
等々……
「まあ!カタリーナったら、本当に面白い方ね!」
「うふふふふ」
「きゃはは」
「ほら、もっと召し上がって!──きゃっ」
「!」
誰が偶然と思うだろう。
私はまた、飲み物を顔にかけられ、ドレスも汚されてしまった。
「……」
前髪と鼻の頭からぽたぽたと液体が垂れる。
「まあまあ、カタリーナったら。避けてくださればよかったのに」
「アンジェリカ様。御着替えして頂いたほうがよろしいのではないですか?」
「このまま前夜祭に出るのは失礼ですよ」
「アンジェリカ様なら許していただけるでしょうけれど、カタリーナ様では……」
「そうね、カタリーナ。私たち、ここで遊んでいるから、どうぞあちらで着替えてらして」
殺意まではいかないまでも、湧き上がる苛立ちをやり過ごすのに必死よ。
私は無言で姦しい輪を離れ、ベッドの傍に荷物を広げて粛々と身形を整えた。その時、ひそひそ声が届いた。
「……熱くなかったのかしら……」
今回も、フォーシュバリ侯爵家のペンダントは無事だ。もしかすると熱い紅茶を掛けられていたのかもしれない。ユーリアを呼び出せる特権以外どんな力が備わっているか、その全貌は明らかになっていないものの、少なくとも液体を避ける傾向はあるらしい。
とはいえ、着替えるには一度ペンダントを外す必要があった。
安心できない環境で外すことには抵抗を覚えるけれど、いくら下品で幼稚なアンジェリカ達がすぐそこにいるからといって、盗難の心配まではしていなかった。
前夜祭の為に萌黄色のドレスに着替え、しっかりとペンダントも首にかける。
それからじっくり時間をかけて髪を整え、二度と姦しい輪には戻らなかった。
正直、うんざりしていた。
前夜祭で両親かマルムフォーシュ伯爵と合流できたら、すぐ便宜を図ってもらおう。そのくらいの我儘は許されるはずだ。可能なら、いっそ帰りたい。
「……」
とても待ち遠しい。
今すぐにでもマルムフォーシュ伯爵に会いたい。
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