さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ

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四章

30(ドグラス)

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シュテルン伯爵の九十回目の誕生日を祝う宴の前夜祭は盛大な盛り上がりを見せている。無論、明日の本番に備えて本人は不在である。

相変わらず挨拶の列は途切れなかったが、ふとした隙をついて素早く俺の隣を陣取った人物がいた。

「君から来てくれるとは、嬉しいな」

カタリーナは憮然とした表情のまま、一言も言葉を発さずにただ俺の隣に立っている。珍しい状態なのは気掛りだが、輝く若さを上品に際立たせる萌黄色のドレスがよく似あっていて、美しい。更に、随分と気合いを入れて結い上げたらしい髪も繊細な編みかたがされていて、美しい。

「綺麗だよ」
「……」

眩しいほど美しいカタリーナが怒っていることはよく理解できた。
できるだけ早く二人きりになり話を聞く必要がある。そうは思うものの、カタリーナの存在に気づいたかのように一度挨拶を済ませた貴族たちまでまた戻ってきて、長い時間を拘束された。

「御一緒にいらっしゃったのですか?」

興味津々といった様子でとある貴婦人が尋ねてきたとき、カタリーナが僅かに俯いた。建前上とはいえ、二人の仲をこれだけ豪勢な夜会で明言されるのは望んでいないだろう。
俺はカタリーナの腕に手を添えた。

「いえ、御両親と招かれていますよ。只、いると知っていながら放っておくなど、私の方が我慢できませんので」
「まあ、お熱いこと!」
「レディ・カタリーナは幸せ者ですわ!」
「冴えない幼馴染など、縁が切れて正解だったというところですな」

こうやって、要らぬことを言う奴がいる。

「あまり言わないでください。彼女は、今、私と幸せなのですから」

上品ぶって貴族たちを受け流しながら、当の幼馴染の姿が今のところ目に入らないのは実によかったと心から思う。
聞いた限りではカールシュテイン侯爵家は招待を受けているらしい。恐らく、婚約者としてロヴィーサ嬢に伴われ来ているはずだった。

「……」

まさか。
カタリーナは既に何処かで愛しの幼馴染を目にしてしまい、身も心も行き場を失くして、取り乱して俺の元へ逃げてきたのだろうか。
だから押し黙っているのか。

「では、そろそろ二人きりで過ごす時間をいただこうかな」

余所行きの上品さで取り囲む貴族たちを退け、カタリーナの背に手を添えて歩き出した。腕に手を掛けてくれてもよかったが、カタリーナは楚々とついてくるだけだった。

「サンルームに行こう。今の時間、星は見えるが人はいない」

耳元に囁くと、やっとカタリーナが頷いた。
周囲の視線など俺は気にならないが、カタリーナは違う。これだけの顔ぶれがある中で、二人きり個室に入るのはさすがに憚られる。カタリーナの品位に関わる問題だ。

夜のサンルームはどこか幻想的な雰囲気に包まれている。
実際、二人きりになるとカタリーナの表情は幾らか和らいだ。

「どうした?」

これでもかと優しく声をかける。

「私、ここが嫌いです」

カタリーナは俺を見ずに言った。声には微かな怒気が含まれている。そこで俺は、はたと思い至る。

あの幼馴染にばったり出くわしていたとしたら、怒りはしないはずだ。
今の時点でその心配がなくなり、俺も気が楽になった。更に、何があったかは知らないが怒るだけの出来事がまずあり、その上で一緒に来ているはずの両親ではなく俺の元に来た事実に内心静かに浮かれてしまう。

「嫌いか。理由は?」

我ながら、甘ったるい声が出た。
もう少し気を引き締めてもいいかもしれない。何しろ、カタリーナは怒っている。

「ふん」

ぷりぷりしている。
睨むような目つきで俺を見ても、可愛いものは可愛い。やっと目が合った。

「シュテルン伯爵の曾孫を御存じですか?」
「あぁ、何人もいるな」

まさか口説かれたとか?

「その中にアンジェリカという伯爵令嬢がいるのですが」

メリーポート伯爵令嬢の件があるから、相手が令嬢と言えど油断はできない。令息よりはましなくらいだ。

「纏わりつかれてしまって、その……私としては気が合わないのです」
「無視すればいい」
「それが、滞在中は一緒の部屋で過ごそうと言われて、押し切られてしまいまして……」
「……」

俺に助けを求めるほどのことだろうかと、一瞬、考える。
もしかして、俺と過ごす口実か?否、カタリーナに限ってそれはないか。余程、気が合わない相手なのだろう。俺にも同じ空気を吸いたくない相手の一人や二人や三人はいる。

「わかった。俺が、うまく言ってやる」
「お願いします」

お願いします?
カタリーナにしては殊勝な態度が気にかかった。

「……虐められたのか?」
「いいえ」

即答すぎた。
強がる顔なら見慣れたが、これは美しいというより可哀相だな。

気の毒に。
相手がシュテルン伯爵の曾孫となれば、オースルンド伯爵家のほうが弱い立場に立たされる。俺の新しい恋人と偽って連れ回したせいで、嫉妬に狂う貴族が出て来てもおかしくない。

俺の責任だ。
だが、俺のカタリーナに如何なる手も出せないことをわからせるのは難しくない。

「俺らしく、俺と最も近い客室を君専用に用意してもらおう」
「……ありがとうございます」
「そんな顔するなよ」
「失礼しました。考えてみると、泊りがけの時と同じ感じですね」
「そ」

美しく着飾って、俺を頼り、不貞腐れている。
こんな態度は、本来ならば気を許した相手にしかとらない。

「戻ろうか、キティ。まずは見せつけてやらないと」
「そうですね」

不服そうに答えつつ、カタリーナが俺の腕に手を絡めた。
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