apocalypsis

さくら

文字の大きさ
53 / 236
quaecunque sunt vera

undeviginti

しおりを挟む
 荷物を入れた鞄を手に持つと、斎から渡された鍵を見る。今日は、もう少しだけ一緒にいられる。そう思うと嬉しくて、手の中の鍵を、宝物を扱うかのようにそっと握り締めた。
 上機嫌で玄関へ向かい、外へ出る。すぐに、玄関前に立ち尽くすまだ若い女性の姿が目に入った。誰か生徒の父兄だろうかと考え、そのまま足を踏み出す。あまり女性を見つめては失礼かと思い、なるべくその姿を見ないように軽く頭を下げると、その横を通り過ぎた。
 駐車場には、斎の車を含めてすでに三台しかなく、大半の教師がすでに帰宅したことを物語っていた。
 キーレスのボタンを押し、斎の車の鍵を開ける。助手席のドアを開けると煙草の香りが広がり、天弥を包み込む。
 助手席に乗り込み、鞄を足元へと置くと、斎が来る方向に視線を向け見つめた。狭いフロントガラスは視界が悪く、辺りの様子を見渡せる訳ではなかったが、斎の姿を見つけられさえすれば十分なものであった。
 ゆっくりと運転席へ向かって手を伸ばした。狭い車内は、お互いの体温や鼓動が分かるのではと思うぐらい、距離が近い。後輪駆動式、いわゆるFR車のため、運転席と助手席の間には隔たりがあるが、お互いの距離が気になるほどでもなかった。
 伸ばした手を下ろし、シフトノブに触れる。本当はハンドルに触れたかったが、一度ロックを掛けてしまった事があり、それからは触れない事にした。
 斎の事を考えながら外を見ていると、待ちわびたその姿が見え、急いで車外へと飛び出した。
 近づいてくる斎に向かって走り出す。それに気がついた斎の足も速まる。
「待ったか?」
 お互いの距離が無くなると足を止め、斎が尋ねた。同じく足を止め、すぐに天弥は首を横に振り答える。
「それじゃあ、少しドライブでもして帰るか」
 その言葉を合図に、二人は車へと向かって歩き出した。天弥が、手にした鍵を斎に向かって差し出したとたん、強い風が渦巻き辺りの土や小石を巻き上げた。
 斎は上半身を屈め、天弥を庇うように腕を上げた。天弥は辺りを見回す。風が吹いているのは分かる。木々が揺れ、土埃が舞い、斎も風に煽られている。だが、天弥は何も感じなかった。天弥だけ、辺りとは切り離されたかのように、風一つない穏やかな状態であった。
 天弥は、視線の先に人影を捉えた。遠目ではあるが、女性だということが分かる。それは、先ほど玄関ですれ違った相手の姿だった。
「天弥、大丈夫か?」
 視線を斎の元へ戻したとたん、風が止んだ。慌てて先ほどの女性がいた場所へ視線を向けたが、そこにはもう、その姿は無かった。
「天弥?」
 何もない場所を見つめる天弥を不思議に思い、呼びかける。
「え?」
 斎の声に反応し、天弥は再びその姿を視界に収める。
「どうかしたか?」
「あ、いえ……。凄い風でびっくりしちゃって……」
 先ほどの強風が嘘のように、辺りは穏やかで微かにそよぐ風を感じるだけだった。
 笑顔を自分に向ける天弥を見て、斎は不安に駆られる。昨夜の事も、風絡みだった。急速な不安に駆られ、天弥の腕を掴み車へと向かって歩き出す。腕を引かれ、天弥もその後に続く。
「先生?」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...