apocalypsis

さくら

文字の大きさ
129 / 236
nosce te ipsum

viginti duo

しおりを挟む
 天弥は斎を見上げると、その美しい顔に妖艶な笑みを浮かべる。斎は、自分の総てを捉え魅了したその存在を見つめた。
「どういう事だ?」
 どれぐらい天弥を捜していたのか、携帯が着信を告げるまで、すでに辺りが暗くなり始めている事に気がつかずにいた。携帯の画面は公衆電話からを表示しており、期待と望みに震える指で通話ボタンを押した。すぐに天弥の声で、時間と場所を告げられ通話が途切れた。
「僕と取り引きをしたでしょう?」
 斎はその言葉に、空いた手で天弥の腕を掴んだ。一方的な電話であったが、話し方でどちらの天弥なのかはすぐに分かった。
「そうだったな」
 何が望みだったのかは分からないが、今目の前にいる天弥は最初から取り引きだと言っていた。
「随分と義理堅いんだな」
 斎に答えるように、天弥は誘い込むような視線を向ける。
「約束は守る主義なんです」
 天弥は斎のメガネへと向かって手を伸ばした。
「それで、好きでもない男に抱かれるのか?」
 天弥の手が止まる。
「そうです」
 笑みを浮かべ、日常の些細なことに答えるかのように、何事もなく返事をした。
 最初からこの天弥は、斎が必要だとか欲しいとは口にしていたが、斎を好きだと言ったことは無い。
「悪いが、取り引きは無かったことにしてくれ」
 そう言うと天弥の腕を掴んだ手に力を込め、自分の身体から引き離した。続けて、手にした本を天弥の胸元へと押し付ける。
「先生?」
 自分の予想とは違ったという不思議そうな面持ちで、斎を見つめた。
「この本も返す。だから……」
 一息置き、意を決したように口を開いた。
「天弥を返してくれ」
 その言葉に、天弥から表情が消えた。
「天弥は僕です」
 自らの存在を示すかのように強い意志を込め、斎へと言葉を向けた。
「今、俺の前にいる方が基本人格なんだと思うし、酷な事を言っていることも分かっている」
 無表情で佇む天弥を、真っ直ぐに見つめる。
「でも、俺が好きなのはずっと一緒に居た天弥なんだ」
 天弥は奥底で小さな針が突き刺さったような痛みを感じた。
「天弥は僕だと言ったはずです。先生が好きだと言うあれは、まったく別な存在です」
 ゆっくりと後退さり、斎から距離を取る。
「十三年間、あれは僕を閉じ込めて成り代わっていたんです。やっと、取り返すことが出来たんです。誰に何を言われようと、もう絶対に手放す気はありません」
 天弥との間に距離が出来、押して付けていた本を持つ手が、力なく落ちる。
「別の存在? 別人格じゃないのか?」
 時間は嫌というほどあった。天弥と会えなくなってから、何度も今までの事を反芻していた。その中で、天弥には人格が二つあるという仮説に基づいて、思惟を重ねてきた。
「そうです」
 一瞬の沈黙の後、斎はゆっくりと口を開いた。
「それでも、俺が天弥を好きだという事に変わりはない」
 奥底でざわめき出したものを押さえ込むように、天弥は胸元を強く抑える。
「天弥は僕だと言ったはずです。あれを、僕の名で呼ぶのは止めてください」
 斎の言葉で、天弥の奥底で沈黙していたものが再び意識を取り戻そうとし始めた。
「悪いが、俺にとっての天弥はあいつだけなんだ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...